カミツレ 五
騒動の太京を離れ、一人修行の為新たな地に赴く並比良和司。静かだが固い思いを抱いて。
登場人物
並比良和司:隻腕の<守人>。
氷室鉄斎:<墓守>。常若に住む。
用語
自動軌道機:高い位置に敷かれたレールに沿って進む交通機関。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
霜雫の剣:通常より細く長い剣。
「何の為の争いだ……」
北へ向かう自動軌道機から見下ろす眼下に、暴動と化した人の群れが見える。それは周囲を巻き込んで、徐々に大きく膨らんでいく、怪物のように思えた。
少し長い黒髪は後ろで束ね、まつ毛は濃く綺麗な楕円の瞳は黒、そして黒のレイヤー、シャープで角ばった輪郭に硬そうな鼻と口の、並比良和司。
しかしその景色も、急激に加速していく車両の中では、早回しの映像のようで、現実感に乏しい作り物に思えた。
左腕に触れる。
服を着ていれば普通の腕に見えるそれは、しかし指の動きが不自然であった。
街の景色は工場地帯に変わり、それもわずかな時間で、山岳風景へと移り変わっていく。
ここまでのぼったのは初めてだな。
そんな風に素朴な景色を眺めていると、車内アナウンスが次の停車駅を告げた。
「常若駅に到着いたします――」
到着した自動軌道機から降りたのは並比良だけで、がらんとした、こうも人のいない景色は、ある意味新鮮だった。
自動垂直昇降機で地上へと向かう。そこから見える夕暮れの景色は、作りかけの都心とでも云おうか、急に、そこに街が発生してしまったような、変な違和感を覚えた。もっとも、そう感じているのは並比良だけではないらしく、街の俗称が、途中都市、と後で知った。
山の向こう側へ、太陽が急激に降りていった。
今日はもう何をするでもなく、まずは宿を探そうと、レイヤーで検索。適当な宿へ入ると、早速、上半身を脱いで、姿見鏡で左腕の状態を確かめた。
「……」
肉との接合部が赤く腫れている。同じ肌色だが、その肘関節機構を隠そうともしない作りで、直ぐ上の上腕には、不自然なモールドの跡がぐるりと一周していた。
その手を、左腰に下げた霜雫の剣にかける。
「ふっ」
素早く引き抜く。
ぴっと、美しく、素早く、真っ直ぐに構えた姿が鏡に映る。しかし。
「ん……」
左腕には痛みと痺れ。右手の握る位置もずれていた。
剣をしまい、もう一度、繰り返す。更にもう一度、そしてもう一度、繰り返す。
誰よりも早く、剣を抜けるように。
こうして夜は更けていった。
次の日、朝早くからシャワーを浴び身なりを調え、上等とはいかないがこざっぱりとした服装に着替えると、霜雫の剣を左腰に下げ宿を後にした。
レイヤーに流れてくるニュース情報は全てカットし、道案内機能のみ、それを頼りに不案内な街中を進む並比良。首都より少し冷たい風が吹く。
「こっち、か?」
街中と云っても山がすぐ隣にあって、少し歩けば大抵、林か山に入る事になる。そして案内は、山の急な斜面へと並比良を誘っていた。
街中より、いっそう冷たい風。
鍛えた身体であっても病み上がりにはきつく、息が切れ始め左腕がずきずきし始めた頃、その建物は見えてきた。
それは白く、一見古風だがよく見ればそうともいえず、かといってどこかで見た形でもない、不思議な建物だった。
「ふう」
玄関に立ち、レイヤーを外して収め、腰から剣を外すと一呼吸、並比良は呼び鈴を反応させた。
「 」
扉が開き、少し奥まったところから。
「入りなさい」
の言葉に、失礼いたします、と靴を脱ぎ中へ入る並比良。踏み進む廊下の床板は一足ごとに軋み、途中の閉じられた扉を過ぎ正面、開け放たれた先に、声の主は一人立っていた。
「失礼いたします、氷室鉄斎先生でいらっしゃいますでしょうか」
質問ではなく並比良が抑揚を抑えつつも、明瞭に。
そこには、引き絞った無駄のない身体つきに、白髪、細く白い肌に、うっすらと目の周りは赤く、神経質そうな壮年の男が立っていた。
そうだ、との答えに。
「突然不躾な訪問をお許しください、私は並比良和司と申します」
氷室鉄斎先生に剣のご指導を仰ぎたく、ここまでまいった次第です。
「……何の形を習ったかね?」
「亡き師、久二亥治郎に鴻灘形を習いました」
「何故それを続けない?」
穏やかに聞こえる口調だが、その意図は鋭く届く。
「どの衆、形であっても、最も重要なのは基礎と心得ます、また私にはそれが全く足りていないと知り、先生を頼らせていただいた次第です」
右掌で顔を覆う氷室鉄斎。
「……その左腕はどうした?」
「壊しました」
その言葉に顔を向け見る。真っ直ぐ見返す並比良。
朝の山の中、鳥のさえずりが賑やかに響く。
「……好きな部屋を使いなさい」
こうして並比良は、新たな師につく事となった。
あの日、秦巻に強くなる為と言った、並比良の決意。




