双頭録 五
早芽桜と別れてから数日、舞雪形の門をたたき、早葉甲斐に弟子入りをした、空矢政継と黒田量。その通常とは異なる剣術に戸惑いながらものめり込んでいく。
登場人物
空矢政継:若い<守人>。舞雪形を習う。
黒田量:若い<守人>。舞雪形を習う。
早葉甲斐:舞雪形の師匠。<守人>で元<墓守>。
赤城羊宗:早葉甲斐の弟子。
山紅幸隆:早葉甲斐の弟子。
夕谷時雨:早葉甲斐の弟子。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
舞雪形:剣術の形の一つ。風に舞う雪のように、変幻自在で予測不能な動きをする。
磁気形状記憶砂嚢:粒子が固有の磁気を帯び、全体が揃うと、その磁気情報に従って元の形状に戻る性質がある。
「始め」
静かだが、力のある落ち着いた声で言った。その男は見た目に壮年で、短い黒髪を後ろに流し、引き締まった顔つきで、鼻口はやや神経質な印象だが、凛とした黒い瞳が、見る人をはっとさせる人物だった。
雑居ビルの十二階、広く円形で天井は打ちっ放し、床には板をはめ込み、窓には全てブラインドが下がっている、道場。
そこで剣を構えるは、まとまりない黒髪に上がった眉毛と、挑戦的な黒い瞳、道着姿の空矢。
目の前には、敵に模したダミー人形が構え返している。そして周囲には、先程の壮年の男が立ち、さらに外側、黒の短髪に細い眉、優しい眼にレイヤーをかけ、道着姿の黒田と、同じく、道着姿の複数の男達が、座ってそれを見ていた。
「ふっ」
小さく鋭い息を吐き、真っ直ぐ、ダミーへ斬りつける。瞬間、反応したダミーが空矢の剣を受けようと、剣を上げる。
が、しかし!
そのダミーの剣の下へ滑り込むようにして、空矢の切っ先、ダミーの胴体を捉え。
「ぬ」
剣が食い込み。
だんっ、と床を震わす左足。そのままダミーの右脇を抜けるように。
「 」
渾身。
「がっ」
ダミーを引き裂いた!
おお、と歓声があがり、ダミーの上半身が床に落ち。
「そこまで」
落ち着いた声を聞き、空矢は剣をしまい礼をした。そして。
「甲斐師、いかがでしょうか?」
「よく鍛えてあるね、我流でありながら大したものだ」
壮年の男が応える。
未だかつて、一度目の試合で、このダミーを捉えた者はおらず、その例にもれず、黒田も失敗していた。無骨ではあったがそれをやってのけたのは、甲斐師としても驚きであった。
嬉しそうに笑っている空矢に、甲斐師が。
「それでは、もう一度構えてみなさい、今度は教えた舞雪形で」
そう言うと甲斐師は、落ちていたダミー上半身を、元に戻すと、みるみるうちに裂け目が修復され、元の状態になった。磁気形状記憶砂嚢と呼ばれるものである。
言われるまま、空矢は舞雪形で剣を構えた。それは普通と違い、利き手の右手に力を入れて、左手からは力を抜いておくという、通常の剣術的には逆の考えだった。
この一週間、ずっとやってるけど、正直、違和感が無くならない。
「同じように、打ち込めそうかね」
落ち着いた声で甲斐師。
無理である。全く力が入れられず、打ち込む事さえできない。
「では代ろう」
そう言われて、一礼して下がる空矢。甲斐師が、一流の刀の使い手である事は承知しているが、その力の抜き具合に、実戦での使い方がいまいち想像できずにいた。それは黒田も同じ事で、それと知った甲斐師が、この場を設けたのだった。
そしていよいよ、舞雪形の実践的な威力を知る機会がきたのだった。
甲斐師の目の前には、ダミー人形が構え返し、周囲はある種の緊迫感、しんと静まり返る、道場。
「!」
滑るように甲斐師が動き、空矢が反応する。ダミーの剣が真っ直ぐ、素早い動きで突き出された。それが甲斐師の身体を貫く、と思う軌道をそれて、まるで甲斐師の刀に吸い寄せられているかのように、ダミーの手から抜けて半回転、ダミーの胴に突き刺さり、空矢と同じくダミーの脇をすり抜けたと同時に。
「あっ!」
思わず声が漏れた空矢。
ダミーの胴体が、跳ねるように切断されたのだった。
おお、と感嘆と拍手が自然と湧き上がるが、空矢は驚きすぎて微動だにしなかった。
一礼して甲斐師。
「これが舞雪形だよ、速さも力も相手が上回っていたとしても、それを利用して勝つ、剣術の極意だ」
「失礼します」
道場の入口から声が。甲斐師が振り向くとそこには、短くまあるい茶色の髪に、眠そうな茶色い瞳、色艶の良い肌に童顔の男が、磁気浮遊式貨物箱を従えて立っていた。もう一人隣にいた人は、一緒に届けに来た者なのか、直ぐに振り返ると戻っていってしまった。
「あ、え?」
童顔の男がおろおろしたが、甲斐師が荷物を受け取る為レイヤーを取って戻ってくると、商品を綺麗に並べて待っていた。
「ご注文いただいた、特注の振り棒三十本分となります、ご確認ください」
ふむ、と、一つ一つ手に取り軽く素振り、問題ないと確認しつつ、全部で五人の弟子達を呼び、一人ずつ渡していく。
空矢、黒田も手渡され、そしてすぐに気づく。それは柄頭側が、柄全体から分けられて紐で繋がっているだけの不安定な状態、まるで不良品のような状態だったのだ。
「今日から皆、その振り棒にて練習を行うように」
無事商品受領して帰っていく業者に、ねぎらいの言葉をかけ終えて甲斐師が。
なる程、これは一筋縄ではいきそうもないなと、空矢と黒田は思った。
だがこの出会いが、内戦時、彼等に大いに役に立つ事になるのであった。




