白若竹 八
負傷したが大した事ない陽。しかし<影梁>に襲われた事から、南代香北が重要人物だと気が付く。
登場人物
赤実陽:早芽桜と身分を偽っている。
多々良真琴:<掛り>技師。
用語
<影梁>:諜報活動に秀でた者、もしくはそれを職業としている者。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
電柵:磁気式の防具。
「くっそー……」
猫のような丸い顔、長い黒髪と白い肌、濃いまつ毛に赤い瞳と目の周囲、尖った鼻先に小さく濃い色の唇、陽。いや、今は早芽桜として、外壁面と平行に続く、奥行きの無い変ったホテルの一室で、眉間に皴を寄せて口をへの字に曲げたまま、ベッドに仰向けになっていた。
昨夜の事を繰り返し思い出し、どこでどうすべきだったか、何度も考えてしまう。
「くそぅ……」
相手は<影梁>一人だった。たった一人の<影梁>にやられるなんて、考えもしなかった。
「いや」
最初から戦っていれば、結果は違っていた、きっと。あの時、色々と考えての行動だったが、今にして思えば失敗を避ける為という考えが仇となった。消極的だった。逃げ腰だった。それが失敗を招いた。
「よし、次は」
攻める、倒す、積極的に行く。繰り返し頭の中で反芻する、陽。
隠密を旨とする<影梁>においては、甚だ疑問のあるアウトプットだが。
「……」
ベッドの上で足を投げ出したまま、上半身を起こし腕を組む陽。窓の外は一面の曇り空。
「……南代香北に<影梁>がついてた」
黒のレイヤーに、色白の男が表示される。続けてもう一人、石和希具視を表示。
「……」
藍河宗玄の事務所を、頻繁に出入りしているのは石和希具視だ。その彼には<影梁>はついていなかった。もしいた事に気づいてなかったとしても。
「南代香北の<影梁>は、殺しに来た」
という事は、少なくとも彼に関する何かが重要で、それを守る必要があった。
両手を後ろについて、上半身を支える。
「……」
石和希具視がそう仕組んだ? いや、<影梁>を雇えるとは思えない、調べたところ、少なくとも陽の方が遥かに裕福だし、だとしたら。
「誰が<影梁>を?」
南代香北自身がそういう事をするとは思えない。器の小さい、中身の無い見てくれだけの男だ。青千院には出入りできるようだけど。
「……当てた、かな?」
藍河宗玄の事務を出入りしている人は、まだ他にも沢山いたけど、どうやら。
「よし」
ベッドから降りて立ち上がる陽。足の痛みはもう殆どない。
後ろの髪の毛に左手を入れると、しゅっと短髪になり、その手にはヘアーゴムが握られていた。今度はチョーカーに手をやると、一瞬でスカート姿から、灰色トレーナーにスパッツ姿へと切り替える。レイヤーに触れて、黒のから透き通ったピンク色にすると、鏡の前で自分を確認。
「ん」
左足の包帯が目立つので、靴に触れてブーツ状に。今度はスパッツが似合わなくなったから、長めのショートパンツに変更すると。
「よし」
部屋を出ると同時に、レイヤーでチェックアウトして、別人としてホテルを後にした。
曇りの空は街を全体的に、白っぽく霞ませていた。
「んー……」
あの感覚はどうやら無いようだと、一安心しつつも、わざと遠回りして帰る事にする陽。
「ふぁ」
自動軌道機に乗ると、昨夜は襲撃に備えて熟睡できなかったから、強い睡魔が波となって繰り返し襲ってくるが、数十回とそれを噛み殺して、四回乗り換えた四つ目の駅で降りた。
「ん……ふぁー」
大きく伸びをする身体は細くしなやかで、その目立つ容姿と相まって、周囲の視線を浴びる陽。
気にせず歩き出した先は、しかし自分の部屋ではなく、途中、お店で昼食を買い、行儀悪くも歩き食いしながら着いた先は。
「多々良さーん」
広い工場内に陽の声が響き、壁際で作業していた、短くまあるい茶色の髪に、眠そうな茶色い瞳、色艶の良い肌に童顔の頬の多々良が顔を上げて。
「あっ、赤実君」
嬉しそうに彼を出迎えた。
お土産と言って、さっき陽が食べていた、軽食と同じ物を渡すと、わあありがとう、と言って早速食べ始めた。お腹が空いていたのか、陽が驚く程、一気に食べ終えた多々良。
「っぷー、美味しかった、ありがとう」
小麦粉を丸く薄く伸ばして焼いた生地に、色々な具材を入れて丸めただけの物なのだが。
「良かった、実はさぁ」
作ってもらいたい物があるんだ、との言葉に、その眠そうな目を大きく開いて。
「いいよ、どんなもの?」
んーとね、と周囲を見回して、しかし他の事に気づき。
「何? これ?」
そう言って陽が駆け寄った先に。
「手、腕? 左の」
作業台の上にいくつも、様々な形と素材の、腕、腕、腕。
「うん、それね、義手なんだ」
何でも、私生活での動作が不便であっても、丈夫で軽く、簡単に脱着できる腕を。
「作ってほしいって、そういう依頼を受けたんだよ」
そう作業台まで来て話す多々良はとても嬉しそうで、つい陽も嬉しくなる。
「凄いね、義手まで作っちゃうんだ」
普通、義手はほぼ完璧に動作する仕組みの物があって、あとは接合部を個人の状態に合わせるだけで使えちゃうから。
「一から製造って、受けてるところがないんじゃないかな」
それで、多々良の工房を見つけたという事らしい。
「それで? 赤実君のは?」
あ、そだ、と少しぼんやりしかけた陽が、作業台にあった、コインより少し小さい、親指先より少し大きい程度の、円板形の物を左手に乗せて。
「これ」
「?」
ただの余った鉄板。
「これくらいの電柵を作って欲しいんだ、出力が大きくて長時間で、手で使っても衝撃が少ないやつ」
「 えっ」
小型で高出力長時間駆動は、いずれ誰かに依頼されるとは予想していたが。
「手で使ってもって……、手で使うの?」
「うん」
童顔には大きく黒いレイヤーの下で、眠そうな目が変な形で困っている。そんな多々良を可愛いなと、まるで関係ない事を思う陽。
「……うーん、じゃあ、まあ、そうだね、取り敢えず、挑戦は、してみよう、か」
「ありがとー」
そう言う陽の視点は、定まっていないよう見えて。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ん、眠い……」
昨夜から殆ど寝てない為、眠気のピークがきてしまい、何故だか慌てて多々良が仮眠場所を作ると、お礼もそこそこ、陽はとけるように眠り込んでしまった。
「綺麗な寝顔」
一つ伸びをして多々良。
「もうひと頑張りしようっ」
頼られるのが、とてもうれしかった。




