白若竹 七
福児に言われ、代王派の藍河宗玄を調べている陽。次期王候補は誰なのか? しかしその陽を狙う<影梁>が現れる!
登場人物
南代香北:麻金皇王の側男。
石和希具視:藍河宗玄に取り入り、麻金皇王に近づく策謀家。
赤実陽:
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
磁気傘:浮遊式の磁気力で雨を弾く傘。
電柵:磁気式の防具。
<影梁>:諜報活動に秀でた者、もしくはそれを職業としている者。
電足帯:足の裏に着ける移動補助具。
「そんな事、俺出来ません」
そう言ったのは、見た目の美しい青年だった。まつ毛は濃く長く、瞳は黒く大きくその周囲はうっすらと赤く、丸い顔は小さく色白で、どこかの令嬢と見まごうばかりの容姿。
「南代、お前がやるわけじゃない、藍河がやるんだ」
レイヤーをかけた目に剣のある独特の表情を持ち、やや伸びているが髪は濃い灰色で、口元は常に薄く笑っているようで、決して第一印象が良いわけではない、少し小柄な男。
「でも、石和希さん」
ドーム状の広い高級洋食店の中、中央の柱の上に大きな調理場があり、沢山の料理人が手際よく作業をこなす。そして出来上がった料理を、そこから放射状に伸びている長い通路を歩いて、人が直接運んで来ていた。通路側からは他の客を見る事はできず、客同士、顔を合わせないよう、徹底されていた。
窓には雨、街の明かりが流れて揺れる。
「いや、上手くいっている、今日だってそうだろう」
石和希は断定した物言いで、ゆったりと、椅子に手足を広げて、皇王は何と言った、と。
「皇王陛下は、俺に、政治的見地があると」
反対に南代は肩をすぼませ、うつむき加減、常に指を動かしている。
「その癖」
止めろと言っただろと、鋭く石和希。手をテーブルの下に隠す南代。
「皇王の側男にもなれた、全て私の言った通りになってるだろう、問題ない」
ドーム状の広い高級洋食店の中、中央の柱の上に大きな調理場があり、沢山の料理人が手際よく作業をこなす。そこから放射状に伸びている長い通路を歩いて、給仕が終わった食器を下げていく。客は専用のエレベーターと出入口を使い、客同士、顔を合わせないよう、徹底されていた。
外は雨、街の明かりがぼんやり霞んでいる。
「石和希具視と、南代香北、と」
レイヤーにそう表示されているが、自分が調べたそれ以上の情報は、まだ何もなかった。
猫のような丸い顔、長い黒髪と白い肌、濃いまつ毛に瞳にレイヤーと、尖った鼻先に小さく濃い色の唇、陽。
いつもと違い、髪は長く後ろでまとめて、耳にはイヤリング、胸には膨らみがあり、少女のよう、ではなく少女そのものだった。
高級洋食店から出てきた二人を、喫茶店から見ている。
この七日間、陽は藍河宗玄について、色々調べまわっていた。本人に近づく事はできないので、彼の事務所を出入りしている人間を、一人ずつ調べていた時、目に剣のある独特な表情の、少し小柄な男、石和希具視の存在を知ったのだった。そしてもう一人。
「……」
黒く大きい瞳に、色白で目の周りが少し赤い、美しい青年、南代香北。
取り敢えず喫茶店で会計をすまそうと、レイヤーに出た少し高いハーブティー代の支払いを済ませ、二人の後を追う陽。小さい円盤状の磁気傘を、軽く上に上げるとレイヤーが反応して、それが陽の頭の上に設置され、雨粒を弾いたのを確認すると、後を着けていく。
しかし出てきた二人は、別々に超高架道路へと上がっていき。
「おっと」
どうしたもんか、と考え、石和希は昨日、住んでいる所まで追跡したので、今回は。
「あっちかな」
営業終了間際の商業施設の中を抜け、上へと上がっていく南代。その後ろを、目視できない死角から追っていく陽。レイヤーの望遠解析機能を活用して、ものに反射した相手の姿を捉えていたのだ。
「何だろうね」
陽には相手がうなだれているような、元気がないように見えていた。実際、南代は元気がないが、しかしその理由を、陽が知る由もない。
そして外、陽は超高架道路の層に出ると、再び磁気傘を設置して、相手の後を追う。
「!」
が、びりびりと肌に突き刺さる、あの感覚!
に、思わず止まりそうになるが、振り向きもせず、立ち止まりもせず、平常を装って、歩く。
この感覚、港の工事現場で<守人>に睨まれた時に感じた、あの感覚。
南代はやってきた自動磁気式車を止めると、さっさと乗り込み、どこかへ向かってしまった。
「……」
少しだけ、呼吸が浅くなったのが分かった。
レイヤーを操作し、自分も自動磁気式車を呼び寄せる。南代香北の追跡は諦めた。偶然、彼の後ろを歩いていた、単なる一般人を決めこみ。
「……」
雨の様子を確認する演技、自然にこなして、到着した自動磁気式車に乗り込んだ。
「ふう」
少し大きめの、深呼吸、ため息。
「……」
目的地を、工場地帯の手前、ぎりぎり繁華街付近に設定。周囲を見渡したい衝動を、飲み込むように堪え、発車。
「……」
直接、部屋には帰るつもりはなく、目的地付近のホテルを予約。部屋からそう遠くもなく、土地勘の優れた場所で、いざとなれば工場地帯に逃げこめるとして、瞬間的に選んだ。
絶対、身元ばれちゃ駄目。
そう、強く。陽の身元がばれれば、万が一、福児に累が及ぶかもしれないからだ。
絶対駄目。……でも、もう追ってこないかな? 南代香北の見張りだろうか? たまたまあの場にいたから? それに見つかった? だけ? そうだとすれば、彼は重要人物?
「……」
手鏡を出し、化粧を確認するふりの陽。その鏡で後ろを、周囲を確認するが、見える範囲に、追跡してくる自動磁気式車は無かった。
「ふぅっ」
外は雨、街の明かりが、雫できらきらと揺れている。
普通の店は閉まって、街は賑やかさと大きな明かりから、静寂と小さな明かりの時間へ。
繁華街に隣接したホテル街に、自動磁気式車が到着し、陽が降りる。
「……ふぅ」
小さくため息、少し雨に濡れたが、ゆっくり磁気傘を取り出し設置し、一旦伸びをする。
「はあっ」
反動で肩がさがった。自動磁気式車が再びどこかへ走り去っていく。
攻勢側じゃなく守勢側で、しかも縛りがあるのは思ったより疲れる、取り敢えず今日はホテルにと。
超高架道路層から、地上に降り立ったその時。
「!」
びりびりと肌に突き刺さる、あの感覚! まだいる! 追跡されていたっ!
ゆっくり歩く陽。電柵を起動、出力を最大に。
これは間違いない、<影梁>だ。
こんな風に、自動磁気式車を使ってもなお、それとばれずに追跡できる技術は、<影梁>でなければ不可能だった。その場合問題は。
相手の能力はどの位?
陽より上か下か? 上ならまず巻く事は不可能。しかし同等か下であればその場合。
何人?
始末してしまえるなら、福児に迷惑が及ばない為、一番確実である。だが複数の場合。
陽が<影梁>ってばれて、どこの家と繋がっているか徹底的に調べられちゃう。
こうなるともう消去法である。確率的に、巻く、始末する、では不確定要素が大きすぎる。だから。
「ふふふふ、ふん」
鼻歌。
あくまで無害な一般人を、最後まで演じきる事に、陽は決めた。
レイヤーに、予約したホテルまでの道順が表示され、ゆっくり、歩く。
「ふふー」
距離が遠く感じる。こんな事なら普通に歩けばよかったと、首筋が硬くなるのを感じつつ、みぞおちが熱くなる。
「ふん、ふふ、ふーん」
そう、この選択肢にも。
「ふふふ」
もう一つの。
「ふふふふふん」
可能性が。
「ふ」
それは!
一閃。
雨と空気を切り裂く、鋭く冷たい一撃が陽のうなじを捉えた! はずの短剣が空中で弾かれ地面に落ちる。雨音にかき消える鈍い落下音。思わず走る陽!
磁気傘が制御から外れ地面に落ち、濡れるも構わず駆け抜ける。振り返らない。
もう一つの選択肢、それは、怪しきは消す、であった!
状況が切迫、もしくは少しの油断も許さない程重要な場合、相手をいなかった事にしてしまえば、問題そのものが消えるからだ。それによって生じる将来の不確定要素よりも。
それ程重要人物って事っ。
一気にかなりの距離を走ったが、電足帯も使わず、水を吸ったスカートが、いらいらする程動きを遅くしていた。
いや、使った方が……、いや。
「はあ、はあ」
大通りまで出て、いったん建物を背にし、後ろの様子をうかがう陽。
「……」
雨で詳細は見えずらいけど、降る雨粒が不自然な動きをすれば、そこに何かあると分かる。だから気を付ければ、おいそれとやられる事はないはずだけど。
「……」
電柵の蓄電が尽きた。
「……」
戦うかそれとも。もう呼吸は整っていた。そして最初の問い、相手<影梁>の能力は陽より上か下か。そして何人いるのか。
「よし」
行動は決まっていた。相手が消しに来ているのだから、最悪を想定して全力を尽くすしかなかった。
陽はチョーカーに触れると、水が弾かれ、スカートで可愛らしい格好から、ぴったりと引き締まったトレーナーにショートパンツとタイツ姿、それを濃い灰色で統一させると、電足帯を起動。
「」
一気に大通りを矢のように渡り切る。
そろそろ十一時になろうという頃合い。通りを行き交う人の姿は見えず、しかしホテルへ近づく程、繁華街、人の姿も多くなる。そうなる前に、決着をつける必要があるが。
「っ」
再び物陰につく陽。
「まいったな」
濡れた髪を手で拭う。びりびりと肌に突き刺さる、あの感覚。
相手は徹底して<影梁>だった。正面から戦わず、しかし慌てる事なく、じっくり様子をうかがい続け、好機がくるまでいくらでも待つ。
どうする?
感覚的に、どうやら相手は一人のようだと。何故なら、陽を囲うような行動をとらないからだ。陽は武器を持っていないが、それであれば、攻撃を避けつつ、どうにか巻ける気がして、そうしようと決める。
電柵が使えないの痛いけど、電足帯で。
この場を切り抜ける事に決めた。賑やかな人の気配、繁華街の中心地は直ぐそこ。最悪の想定、人目を気にする<影梁>の考えを利用して、いざとなればそちらへ逃げ込めるように、この場所でけりをつけると。
「ふっ」
息を鋭くはき、物陰を出てると同時に屈みこんで、左へ、射出されたかのように滑りだした。その瞬間、今頭のあった場所で弾けた金属音。
短剣、二本目。見られている。
「」
反対側の建物の影へ滑り込んだ。直前の場所、短剣が当たったであろう場所を確認。
「……」
雨。
どこから投げた?
分からなかった。結構な勢いだから、それなりに近い距離のはず、としかし陽の予想した場所に物陰なし。
「? ……!」
びりびりと肌に突き刺さる、あの感覚!
電
相手は、
足
ずっと、
帯
移動、
で
しながら、
飛びのく!
攻撃していた!
真上から短剣っ、飛びのく陽を予測した軌道っ、落下加速っ、鋭い一撃!
「あっ」
左足首に急激な冷気、瞬間、熱気。転がる陽。雨と繁華街の灯り、浅い水を叩きつける音。陽、両手のひら地面を叩く、勢い良く身体がその場から弾かれる。再び転がる陽。
「……っ」
その勢いで立ち上がり、腫れあがった手から落ちる電足帯。振り返り相手を見る。
「」
雨の中、特徴のないパーカーのフードを被り、その表情は見えず、濡れて張り付いたパンツは、普通の灰色スラックスだった。そして相手の足元、雨でゆがんだ、繁華街の灯りの境界線の向こう側に、立っていた。
「おいっどうしたっ?」
「!」
陽の背後から、若い男の声。それに反応してパーカーの<影梁>は、その場を去っていった。
「っふぅ」
逃げたのか。
「おいっ怪我してんじゃねえか」
雨の所為か、まとまりない黒髪に上がった眉毛と、挑戦的な黒い瞳の剣を下げた青年が、そう言って陽を抱え上げ。
「わっ」
陽は反射的に左手を相手の顔に向けた。
「病院か? 病院だな、どこだ?」
軽々抱えて、取り敢えず繁華街側へ振り向き、光が届く中、陽を見て。
「あんた怪我の具合は……っ」
陽の濡れた顔を見るなり、急に固まる青年。
「え? あの、その、ん?」
陽は相手の変化についていけず、面食らって、そこへ。
「ちょっと落ち着けよ、相手が困ってるだろ」
そう言ってもう一人、黒の短髪に細い眉、優しげな眼にレイヤーをかけ、長短日本の剣を下げた青年が窘めた。
「えっと、あ、失礼しました……」
視線があらぬ方向を向いたまま、青年が。返して陽。
「いいえ、ありがとうございます」
抱えている青年の顔が、真っ赤な事に気づいて、思わず陽は少し、笑った。




