三目家伝 三
風間福児は家の存続をかけて策謀をめぐらす。少しでもその確率を高める為、竹野中と計画を進めるが、その答えは残酷だった。
登場人物
赤実陽:
風間福児:風間家の当主。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
「福児、何か考え事?」
猫のような丸い顔、短く真っ白な髪とうっすら光に透けた肌、濃いまつ毛に赤い瞳と目の周囲、尖った鼻先に小さく濃い色の唇。まるで少女のような陽が、黒いチョーカーを付けて瞬間、全身に服を纏い鏡を見ながら声を掛けた。
「ん? そんな風に見えたかな?」
短く清潔感のある黒髪に、優しくもどこか冷徹な黒い瞳。細身で肌つやの良い顔の福児が、これも細身のスーツへ瞬間的に着替えて。
「うん」
陽が、タブレットケースから錠剤を一つ口に放り込むと、みるみるうちに黒髪、白い肌へと変わっていく。ピンクのレイヤーをかけ、瞳が黒く見えるのを鏡で確認し終えると、振り返り。
「ずっと考え事してるみたいだったから」
その言葉に少し目を開いて福児、ため息。
「陽に隠し事はできないな」
福児は困ったような、少しくすぐったいような気持ちで、それを嬉しく感じる。
ちょこっとだけ駆け寄る陽。その周囲で波紋と香りが広がる。
「陽なら何でもするよ」
「……そうだな」
真っ直ぐな瞳の陽。その言葉どおり、何でもするだろう、し、事実何でもしてきたのだ。しかし外部の出来事であれば、万が一の時、陽を三目家で匿えるが、内部での争い事となると、福児では守りとおす方法が、できる限り三目家から離れてもらう以外ないのだ。
そんな状況に巻き込むわけには……。
真っ直ぐな瞳の陽。
「 陽には、話しておこう」
なあに、とまた少し近寄って、波紋、覗き込む陽に、思わず近づきその頬に右手で触れる福児。気持ちよさそうに目をつむる仕草が、いっそう猫のようだと、福児は思った。そして、一呼吸。
「三目家はもう長くないよ」
えっ、と身体を起こしつつ、福児の右手を自分の頬に抑えたまま、陽。
もって数年、王位継承後一年、というところだな、と低い声で言う福児に、無くなっちゃうの? と陽。
「永遠に続くものなんてないからね」
それよりも、と切り替えて。
「やってもらいたい事がある」
福児の言葉を受けて、手を離し真っ直ぐな姿勢をとる陽。福児がレイヤーをかけて、左掌を中指で操作すると、ある情報が陽のレイヤーに表示された。
「かっこいいおじ様」
そこに表示されたのはプロフィールで、藍河宗玄という名前の、ロマンスグレーの言葉がよく似合う精悍な男だった。
特に抑揚もなくそう言った陽だが、どこかで見た事がある気がする。
「数年前まで、代王を勤めていた男だ」
ああー、とそういえばこんな顔だったような。
ベッドに座りながら続ける福児。
「数年以内に、須々木王が退位して新王に代わる」
「あれ?」
でもまだ須々木王はそこまでの齢でもなかったような、と陽。その通りだと返して福児は。
「須々木王の権力が陰ってきているんだ」
それならなおの事、残って権力を高めようとするでしょ? そう思うも、陽の思考が読み取れるのか、頷きつつ福児が続ける。
「各大臣の選出権利は王にあるが」
これには政治力、平たく権力がものをいう。故に、権勢が衰えた状態では、その大臣達を制御し続ける事も、すげ替える事もできない。しかし。
「それらを一遍に辞めさせる方法なら、あるんだ」
「……」
そこまで政治に興味がないから、はてと考えて陽。
「あ、それでか」
ぴん、ときた。
そう、王が退位する事で、大臣達も全て一旦辞職となるのだ。自分に属さない大臣達を権力中枢から追い出し、自分の操り人形として次期王を送り込み、権力を強化しつつ、同時に仲間で大臣を選出していくと。
「そういう事さ、須々木王が推薦する次期王は、那美樫奉斎だろう」
陽のレイヤーにそのプロフィール。綺麗な灰色の七三分けに、四角く堀の深い藍色の瞳が映し出された。
「そこで陽には、対抗馬を出すであろう藍河宗玄側を探ってほしいんだ」
「うん分かった」
ぱんと張った瑞々しい声で応えると。
「じゃあすぐに行ってくるね」
早速くるり、振り返り部屋を出ていく。広がる波紋と香り。
「あぁそうだ、陽」
再度振り返り、波紋と香り、目を大きく見開いて首をかしげる陽に。
「流石に相手が相手だ、なるべく変装しておくように、気をつけて」
身体が軽くなったような気がして。
「うん!」
元気よく出ていった。
床は深い青色の水のよう、天井は有るのか否か、まるで空の上、至る所に植物が浮き、さながら空の楽園のような部屋。
「ふう」
立ち上がり、香りと波紋をひきながら、陽が出ていった扉とは別の、やたら分厚い扉をくぐる。
そこは壁一面が紙の本で覆われた部屋で、その中身は古今東西、来歴不明なものも含めた歴史書物ばかり。他には、あちらこちら椅子と机が不揃いに置かれ、中央には円形で腹の高さの、豪華な本棚があり、その中には小さな机と向かい合った椅子、その下座に、竹野中竜兵衛が座っていた。
風間に気づくと。
「風間様」
立ち上がり一礼。
近づきながら右手で返事を返す風間。
「それで?」
本棚に屈み左肘をついて風間。
横に立ち、竹野中。
「光芽守靖様と藤間忠四郎様は合意したようです、また真三忠蔵様と女柳佳津様以外の家も、これに従います」
「予想通りか」
レイヤーに、名前の挙がった二人のプロフィールを表示しながら、身体を起こし思案する風間。
「真三忠蔵様は先代からの怨みによるもの、女柳佳津様は反対ではなく中立という立場です」
「……真三忠蔵はこちらにつくかな?」
首をさすりつつ風間の問いに。
「無理でしょう、三目家本家の血筋を恨んでおります」
即答する竹野中。
だろうなと、小さくこぼすと、レイヤーの表示を消して竹野中に向き直る風間。
それを受けて直立、姿勢を正す竹野中がふと気づいて、風間のネクタイに細い指の両手が触れ、下がり気味のノットを絞り直し、ディンプルの形を綺麗に整える。その時、少し指が滑ったのに気づいて風間が。
「体調の方はどうだ?」
直し終えて一歩下がり一礼すると。
「お気遣いありがとうございます、問題ありません」
陽とは違い、美しさではなく、病的な肌の白さの竹野中。
「 今後の見立ては?」
「金と時間をかけて政治へ、恐らく藍河宗玄側に取り入る算段と思われます、理由の」
一つには、須々木王側に火繰家と月帝家の二大勢力があり、安定した力関係を保っている為、第三勢力として入りづらい事。二つ目は逆に、藍河宗玄は強力な名家を持っていない為、傘下に加われば、三目家の存在は、重きを置かれるであろう事。そして。
「三つ目は、資金力です」
そう、金である。三目家全体の収益は、藍河宗玄にとって非常に魅力的だろう事は、想像に難くない。権力の維持には金がかかり、ましてやそれを拡大し維持し続けるとなれば、幾万倍にも、幾らあっても困るものではないのだ。
「では今しばらく、風間家は無事という事だな」
金を生み出している間は、と口の端を上げる風間に、その通りですと、竹野中。続けて。
「次期王が確定となりましたら、事実上のとりつぶしとなるでしょう」
「長くはないか」
竹野中に背を向けるようにして、本棚に腰をもたれかけ、ため息、天井を仰ぎ見る風間。
「風間家が生き残る為には?」
の問いに、竹野中は簡潔に一言。
「死ぬ事です」
光芽守靖様にとっての敵は風間様であって、風間家ではありませんと、簡潔に明確。
「……陽が悲しむな」
紙の匂い。本の匂い。




