双頭録 三
太京駅武市ビル<守人>騒動から数日、政継と量はその時知り合った川瀬と会い、哭腑衆と呼ばれる恐るべき衆について知る。それはいよいよ内乱が近づいてきているかのように、二人には思えたのだった。
登場人物
空矢政継:若い<守人>。
黒田量:若い<守人>。
川瀬正二:太京の青警察。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
余食:元々は洋食からきている言葉。
自動歩行者補助昇降機:上下移動する動く歩道。
太京:陽の国の首都。
<守人>:近接戦闘職者。
草平衆:影松桐蔭が作った新しい衆。
青警察:治安を専門とする警察。
哭腑衆:太京に昔からある衆。
「あ、ここっす」
茶色く無理矢理まとめた癖毛は前で切りそろえられ、丸い目に凹凸の少ない鼻と口、全体的にマスコット的な印象を持たせるような、愛嬌を感じる風貌の青年が、席を立ちあがって手を振ってきた。
「おう」
手を挙げて返事を返す政継に、後ろからついてく量。二人のレイヤーには相手の名が、川瀬正二と表示されていた。
円柱形の建物内は、美味しそうな匂いで満たされており、一階席から上の席まで全て窓に沿って作られた、硝子張りが天井まで続く吹き抜けの、ここは巨大な余食カフェーだった。その空は透き通った青色。
川瀬正二のいる二階席へ、螺旋状の自動歩行者補助昇降機で上がっていく。各席には特定の自動歩行者補助昇降機でなければ行けない、個性的な作りの余食カフェーだった。
「空矢さん黒田さん、改めてありがとうございました、記録を見返したんすけど、あれ、間違いなく死んでましたね」
お二人に助けてもらわなかったら今頃は、とそう言って首をさする仕草は、その愛嬌からかおどけてるようにしか見えなかったが。
「そりゃ何より」
「それじゃあ感謝ついでってわけじゃないが、あの日の事について教えてくれないか?」
「いいっすよ、任務に関わらない事でしたら」
席へ着く三人。薄茶色のテーブルには、色々なメニューの載った機器が座席分、設置されている。それと窓際には開閉する箱型があり、それが一階まで続いていた。
あの日、政継と量が太京へ着いた日、駅近くの建物で、話し合いをしていた<守人>衆同士が突如争いだした、太京駅武市ビル<守人>騒動と呼ばれる事件。世間では金だの権力だの、お決まりの揉め事だといわれているが、量が知りたいのは正しい事実だけである。
「時事情報局じゃあ何でも、衆同士の争いとかいってるけど?」
草平衆に二人の逮捕者がでたというが、それ以上の情報は分らなかった。
奥に政継、隣に量、向かいは川瀬で、先ず量が早速切り出した。まるで関心がないのか、電子型注文機を操作し始める政継。
「そうっすね、自分青警察なんで捜査情報は持ってないんすけど」
何でも、哭腑衆と草平衆の会議があったとかで、だからその衆同士の。
「争いだって事らしいっすよ」
「それぞれの衆については?」
太京じゃあ有名なんすけど、と川瀬の説明によると、哭腑衆は藍河宗玄に関わりのある衆で、超実践主義だという。草平衆は最近できた衆で、出自を問わず誰でも受け入れる為、急激に拡大して今一番勢いのある衆だという。
「って事はあいつは哭腑衆だな」
注文し終えた政継が、腕を組みふんぞり返りながら眉間に皴。
「誰でもいいなんて衆に入るようなもんじゃねえ」
あいつ? と視線を量に移した川瀬。右肘掛けについた腕に軽く顔を傾けながら。
「川瀬君の首を落とそうとした相手さ」
いぃ、とひきつりながら首をさする川瀬は、先程と違って縮みあがった。不意を突かれたからか、やはり恐怖心が残っているらしい。
「ふうん、じゃあ川瀬はあいつについて何も知らないんだな」
口をへの字に、拗ねたような表情で政継が言うと。
「し、知らないっす、哭腑衆は基本、情報を外部に出してないっすね」
早口になる川瀬。
「おっ」
テーブルわきの箱型が開き、そこには、政継が勝手に頼んだ料理が入っていた。料理を取り出しそれら、じゃがいもとベーコンを辛く炒めてチーズを溶かした物、クスクスを豚の油で炒め香味野菜を散らした物、平目のムニエル、山菜の天ぷら、を政継が適当に並べた。
早速それぞれ手に取る三人。物は良くないがその分量があるので、三者三様、次々と平らげていく。
「あ、そうだ、草平衆についてだったら少し知ってるっすよ」
政継の勢いに煽られて、勢い良く食っていた川瀬がふと気づいて。しかし。
「やられてた方だろ? 正直<守人>としてどうなんだあれ?」
政継は興味を持てる程、実力があるようには思っていなかったのだ。有象無象を飲み込んだポンコツだろうと。
「戦は数だからな、それを強くするのも弱くするのも、結局、頭次第さ」
右肘をついて量が。
「でも会議してたんだろ? あの場に頭がいたんじゃねえの?」
もりもり食べながら言う政継に。
「あ、いなかったっす」
草平衆の頭領は影松桐蔭という男で、政継達より若く、私財を全て投げ売って衆を作ったのだという。頭が良いと評判だが、いささか過激で言動に問題がある為、どこかの家で重用される事もなく、草の根的活動を続けてきたのだという。
「その影松ってのは強いのか?」
もりもり食べるが、人の分はとっておくと政継。
「んーと、同僚の話なんで、どれくらい正確かは分かんないっすけど」
試合では並の<守人>よりは、という感じらしいが、いざ実践となると。
「恐ろしい相手になる、か」
取り分けられた皿を寄せながら量が。まだ、政継もだが、実戦を経験した事がないのだ。
「何でも外国で戦争を経験してるらしいっす」
川瀬も自分の分を寄せると、ようやく食べ始めた。腕を組み、への字口で政継が。
「実践、か」
それを体験した者と、そうでない者の差はおそらく、想像以上なのだろう事は予想つく。
「あいつは間違いなく実戦経験者だな」
その言葉に、思わず水で流し込んで、また首をさする川瀬。
「い、……でもお二人なら、あいつに勝てるんっすよね?」
「……」
食べ物を、つつくだけの量を見る政継。
「……人を殺すという現実だな」
呟く量。
その現実は、もう、直ぐそこまで、やってきていた。




