表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽国史 一  作者: いちのはじめ
12/137

カミツレ 三

 辰港たつのみなと事故・・から一週間。並比良なみひら達は病院にいた。そしてそれは大きな権力に巻き込まれた事でもあった。


登場人物

 若智覚わかちかく:若い<守人もりと>。

 秦巻薫はたまきかおる:モデルのような<守人もりと>。

 並比良和司なみひらかずし:ある決意を秘めた<守人もりと>。

 知野陽音ちのよういん火繰ひくり家の参謀役。


用語

 レイヤー:眼鏡型の情報端末。

 太京たいきょうこくの首都。

 髙木たかぎ太京たいきょうの西南に位置する、辰港たつのみなとがある地方。

 「若智わかちの手術は成功したそうです」

 その若智わかちが、幾重にも横に切り取られたスリット状硝子の向こう側に、ぷかりと浮かんでいる。薄赤い液体の中で一糸纏わぬ姿で、髪を剃られた頭からは、幾筋もの細い線が脊椎に沿って腰にまでびっしりと、生えている。それはまるで蜘蛛の巣に捕まった昆虫のようにもみえ、また、中で液体が攪拌しているのか、時折、彼の表情が屈折して歪んで見えた。

 目にかかる前髪と、左でとめた長い黒髪。丸い目の瞳は薄青く、高い鼻に厚い唇の顔立ちは少し幼く見えるが、小さな顔はモデルのようでもある、秦巻はたまき。やって来た足音に、そう答えた。

 「そうか……良かった」

 少し長い黒髪を後ろで束ねられるくらいで、まつ毛は濃く綺麗な楕円の瞳は黒、シャープで角ばった輪郭に硬そうな鼻にレイヤーをかけた、並比良なみひらがため息交じりに。

 この部屋は暗く、スリットからの明かりでお互いの顔が赤い。

 「秦巻はたまきはどうなんだ?」

 並比良なみひらが視線を落とした先、車磁気浮遊椅子に座った治療帯衣の秦巻はたまき

 「私は大丈夫です、身体中の骨にひびが入ったようですが、安静にしていれば。それよりも……」

 顔を上げかけて言い淀み、視線を外した秦巻はたまき。同じく治療帯衣を着て正面に立つ並比良なみひらの左腕の袖には、何も通っていなかった。

 「俺自身が断った」

 「」

 その言葉には、赤い血の力強さが、そう感じた秦巻はたまき

 「若智わかちと同じように治療を受ければ治ると、そう言われたが」

 秦巻はたまきが顔を上げる。

 「何故ですか?」

 「強くなる為だ」

 間髪入れず並比良なみひら。浮かぶ若智わかちを見ながら。続けて。

 「今朝警備主任の望月もちづきさんが、見舞いついでに挨拶しに来た」

 「……」

 勿論秦巻(はたまき)は知っているが、見舞いに来る程の付き合いではないと思っていた。だから、違和感。

 「太京たいきょうへの異動が決まったという事でね」

 秦巻はたまきの眉間にしわが寄る。

 「彼は自分が栄転できたのは我々のお陰だと、ひどく感謝していたよ」

 どういう事です、と低い声でせっかくの美形も棘のある表情に。

 「彼は何も見ていない、あの日<影梁かげはり>を見たのは我々だけだ」

 故に彼にとってあれは事故であり、警備主任中の出来事であるにも関わらず、責任問題に巻き込まれもせず栄転できたのは、並比良なみひら達がかばってくれたからで、その為の怪我であると。

 「そう彼は思っているよ」

 「何ですかそれはっ」

 思わず出した大声に、肺が痛んだ秦巻はたまき。顔を歪めて。

 秦巻はたまきが憤るのも無理はない。まるで事実とは異なるし、事件自体がなかったかのような扱いだからだ。

 「報道では事件事故両面から捜査中とありました、私は」

 力み過ぎてまた肺が痛む。

 「……あの出来事を、きちんと、伝えたんです」

 それなのに一体どういう事なのか、秦巻はたまきでなくてもそう思うだろう。命を失いかけたのだし、並比良なみひらはその代償の、左腕。それがあったからこそ、秦巻はたまき若智わかちも、命だけは助かったのだ。

 「私は退院次第、事実を伝えようと思います、いや、病室からでも」

 そう言うと、秦巻はたまき若智わかちへ視線を流した。怒りだろうか、頭の芯に赤黒いものが生まれてきたのを感じていた。

 同じく若智わかちを見ながら並比良なみひら

 「昨日、知野陽音ちのよういんの使いが来た」

 その名前に反応して視線を戻す秦巻はたまき

 「あの日の事は口外するなと、レイヤーも没収されたよ」

 思わず声を荒げる秦巻はたまき、を一瞬早く残る右手で制して、続ける。

 警備主任の望月もちづきが、次の日にわざわざ挨拶しに来たのも。

 「口止めの一環だよ」

 その言葉を聞いて、きつく上がっていた肩から力が抜ける秦巻はたまき。そう、事実を話せば、望月もちづきの栄転は白紙となるだろう。そして、それは自分達の周囲にも及ぶのだと、理解させる為の挨拶だと分かったからだ。

 「近いうちに、秦巻はたまきの所へも来るだろう」

 力なく、秦巻はたまきは車磁気浮遊椅子に沈んだ。

 「……並比良なみひらさんは、どうするんですか?」

 沈んだまま、秦巻はたまき

 「もちろん太京たいきょうへ行く」

 髙木たかぎに戻ってくるなと言われたよ、と並比良なみひら。少し自虐的な声に聞こえただろうか、秦巻はたまきの表情が険しくなる。そして。

 「私は、真実を告げようと思います。恐らく、火繰ひくり家を敵にまわすでしょう、けれどっ、例え<守人もりと>としてやっていけなくなったとしても……」

 視線が交錯する二人。スリットからの明かりが、互いの顔を赤く照らす。

 「正しいと思った事をすればいい、その怒りは至極真っ当だ、だが」

 一旦言葉を区切る並比良なみひら若智わかちへ一度視線を送って一呼吸、続けて。

 「外側へ出たら、何を言っても変わらない、本当に変えたいなら、内側へ入る事だ。一番困難な道ではあるが」

 「 」

 秦巻はたまきは何も言わなかった。ただ、さっきまで頭の芯にあった、赤黒い何かが、別のものに変わって行くような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ