火繰家伝 十四
次期王選の中、王道派による逆転の一手である火繰家の会社、白印株式会社が立ち上がった。そこへさっそうと現れたのは那美樫奉斎。露出を増やし、また演技によりつくられた懐の深い人物像を広める事に成功する。しかし、そんな中でも、王道派が流した噂を河智聖子は気にしていた。そしてついに辰港へ動き出した原井円生が、火繰家に迫る。
人物紹介
知野陽音:火繰家の参謀、および河智聖子の教育係。
三岡芳蔵:火繰家の財務担当。一言多い。
河智聖子:火繰家の当主。若く未熟者と思われがちだが非常に決断力がある。
那美樫奉斎:王道派の次期王候補。代王派へ下種な噂を流した本人。
須々木雅義:陽の国の王。各大臣の一新を図り、次期王選を開始した。
瀬地幸田:金剛衆の頭目。<墓守>。真面目で古風な人物。
南代香北:代王派の次期王候補。最初は皇王の側男だったが、様々に利用される事で次期王候補となった。
原井円生:元公安大臣。王道派議員であったが議員を辞職し、現在は統帥本部大佐。
暮里竜星:火繰家に見いだされた若い議員。優れた統制力を持つ。大窪透とは幼馴染。
大窪透:火繰家に見いだされた若い議員。優れた頭脳と事務能力を持つ。暮里竜星とは幼馴染。
用語
時事情報局:日々の出来事を扱う情報放送局。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
火繰家:王道派名家。鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。次期王選を迎え、岐路に立つ。
東亜藍潮計画:陽の国に、一帯で最大の港を作る計画。火繰家が中心となって進めている。
青警察:重武装した治安部隊。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。武断的で古風な考えの衆。
<守人>:近接戦闘職者。
青千院:太京にある政治の中心地。この広大な敷地中に、様々な政治機構がおさまっている。
奥義衆:三目家に仕える諜報活動に長けた衆。
風間家:三目家の分家で流通を扱っている。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
辰港:東亜藍潮計画の一部。
「少し遅れましたが、どうにかこぎつけましたね」
壁に映した時事情報局の映像を観ながら、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い、知野陽音が息を吐きつつそう言った。
「そうですね、三岡さんには感謝の気持ちでいっぱいです」
同じく力を抜いた優しい笑顔の、切りそろえた前髪に後ろへ流した黒い髪で、美しくも鋭く赤茶色の瞳にレイヤーをかけた、河智聖子が応えた。
映像にはその当人である、面長で矢印のような鼻にレイヤーをかけた、三岡芳蔵が記者会見を行っていた。
これは火繰家による投資会社設立発表で、あの名家で、陽の国において鉄鋼業と武器製造を一手に担っている事から、その話題性は十分であり、ここでいう話題性とは、手堅く儲けられる事を意味していた。それが事実となるかは、当然運用次第なのだが、火繰家は東亜藍潮計画も主導している事から、大規模な発表となり、その会社、白印株式会社の受付窓口には、既に長蛇の列ができ、混乱やテロを警戒して、青警察や金剛衆の<守人>が警戒あたる程であった。
そして映像の中の三岡が、この会社設立に最も尽力してくれた人物として。
『紹介いたします、那美樫奉斎様です』
それは派手でも仰々しくもないが、記者団やそれを囲む人々の熱量と、三岡の絶妙な間のとり方も相まって、思わずその場にいた人達は、ただの拍手がスタンディングオベーションへと変わっていった。
綺麗に七三分けの灰色がかった短髪で、横にまっすぐと四角い目に濃く深い藍色の瞳、輪郭のしっかりした顎にやや厚めの唇をした、那美樫奉斎が壇上で、頭を下げ手を振る。
それは、映像を通して観ていた、河智や知野まで感動する程であった。
会社設立発表会は、その瞬間から王道派次期王のお披露目会へととってかわり、三岡もその流れを止めないから、拍手が鳴りやむ前から再開した質問攻めは、全て那美樫に集中していった。
いくつか辛辣な質問も飛んだが、驚く程のユーモアと余裕を見せてそれらをこなし、そこへ儲け話を持ってきたといわんばかりの、それでいて嫌みのない話術に、彼の評価は一気に上がっていく事となった。
「見事な方ですね」
河智からすれば、現王である須々木王より度量があるように思えたのだ。
しかしこれは、河智がより詳しく知っているのが須々木王で、那美樫をあまり知らない事が原因だった。
「柔軟性でいえば、須々木王よりあるとの話も聞きます、実際には、公務を行うようになってからの判断となりますが」
知野が応えた。
青千院内に用意された、火繰家用の執務室にて、まだ蒸し暑さの残る季節の中、空調を強めに効かせている。
「さて」
敢えて区切るように言葉を選ぶと知野は。
「これで一つの仕事は、無事に終える事が出来ました」
これで気を抜いている場合じゃないと、そう意味と理解して河智が座り直し、姿勢を正した。
「奥義衆が、色々と動き回っているいようですね」
知野が発表会映像の隣に、別の映像を映した。
それは赤根山の本拠地を出入りした、奥義衆<守人>の回数図であった。
「多少の数え漏れはあるとしても、増加傾向にある事は間違いありません」
それに対し、驚きの表情で河智が。
「このように、詳細まで数えられるものなのですか?」
相手も知られた衆である。河智としてはそんな簡単にいくものなのかと、不思議に思ったのだ。
そうですね、と座ったまま知野。
「勿論、奥義衆もこちらが見張っている事は、百も承知です。知られても困らない程度」
もしくは知られたところで、対処のしようがない場合、こうした情報が得られていると。
「思われます」
その話の内容に気づいて、河智が軽くため息。
「諜報活動では、金剛衆の方が劣っていると?」
残念ながらとはいいつつ、しかし知野が河智に向き直り。
「相手は諜報活動に特化した衆です、金剛衆が劣るのも無理はありません、が」
少しずつ改善がみられます。
の言葉に、河智の瞳が力を増した。
「具体的に、どのような効果でしょうか?」
はい、と知野も機嫌が良いのかそんな表情でうなずき、映像を切り替えた。
「これはここしばらくの、金剛衆の治安活動に関する表です」
活動開始時間が早まり、解決までの時間の短縮化、武器の使用回数や消耗品の消費頻度など、いずれも以前より短くなっていた。
「こんなにも、驚きました。一目瞭然とはこの事ですね」
河智が感嘆する。
しかし直ぐに今までの、武断的な行動が、いかに効率悪かったかと思うと、鼻に人差し指を当て、金剛衆をまとめている瀬地幸田に、思いがよらないわけには行かなかった。
「奥義衆は、これ以上に効率よく動いているでしょうか?」
そこまでの情報は、知野にはないが。
「恐らくそうだと思われます」
治安活動自体、奥義衆はそれ程数をこなしていなませんが。
「風間家からの情報は、毎回とても豊富です」
「 」
河智が背筋を伸ばした。
そうなのだ。あれ以来、火繰家と風間家は何度か人目をすり抜け、情報のやり取りを行っているが、常に風間家の方がその質、量共に優れているといってよかった。
風間家には専属の<影梁>がいるようだが、それを更に補完しているのが、奥義衆である事は間違いないなかった。
「またその情報には、風間家の状況も含まれるようになりました」
「!」
「間違いなくこれは、火繰家への意思表示です」
以前も知野が云ったように、風間家は火繰家とのつながりを模索しているのだ。すなわちそれは、風間家による三目家への裏切りである。
「必要以上の情報を頂いている、という事ですね?」
河智は直ぐに理解した。
「それを踏まえたうえで、こちらにその意思があると伝える為には、どのようにすべきでしょうか?」
意思表示そのものは簡単にできるが、それでは前回話した、三目家に気づかれ風間家自体が危険な目に合うという、その状況を作ってしまう。
奥義衆を見張っているのと同じように、奥義衆もまたこちらを見張っているに違いないのだから。
「そうですね」
知野が右手を胸に当てながら。
「 白印株式会社の、顧客になっていただくというのは、いかがでしょうか?」
「……あ」
鼻に人差し指をあて、少し考えたが、河智は気づいて少し座り直し。
「利益の共有、ですね?」
そうです、とにこやかにうなずく知野。
次期王選の施策の一つである白印、それの利益を相手に与えるという事は、王道派が勝った場合、その勝利の一端を、風間家がになった事になる。
恐らくその意味に、風間家は気づくだろうし、火繰家として損になる要素はない。
「勿論、表立って商品を購入するわけにはいきませんので、<影梁>同士のやり取りで、となりますが」
河智は何度かうなずき。
「それでいきましょう」
と即決。
では三岡さんに手はずを整えてもらいます、ともう一つの映像に映ったままの彼を観た。
「これで次期王選は、大分整ってきたといえますでしょうか?」
河智も力を抜いて、同じく三岡を観ながら尋ねてみると。
「そう ですね、このまま経済政策が順調にいけば……、ですがそれとは別に気になる事が、あります」
河智が椅子の上で身体を真っ直ぐに。
「何でしょう?」
「例の噂についてです」
その言葉に、河智は露骨に嫌な表情をした。
いわく、南代香北は複数の愛人と遊びまわっている、である。
河智が両手を机において、深くため息をついた。
誹謗中傷は大きな選挙でよくみられる事だし、ましてや次期王を決める選挙なのだ。多少の行き過ぎは予想できるのだが。
「……品の良くない、噂だと、思います」
誰が流したのかしかし確実に、自分が与する王道派によるものに間違いなく、更には間接的に皇王陛下の御威光おも、傷つけている事にはなりはすまいかと、河智は気がかりでならないのだ。
「ですが、この噂によって、王道派が有利になればこそ、という為のものと理解しているのですが?」
だが知野は、これを気になる事、と言ったのだ。
「はい、内容の品位はともかく、目的としては相手を貶め、相対的には那美樫奉斎の評価を上げるものとなります、ですが」
噂とは形のないものです。
「!」
「上手に制御できればよし、しかしそれゆえ、誰がどのように」
制御しているのか分かりづらく、また、誰もが操れる事にも。
「なりかねません」
鼻に人差し指をあて河智が。
「王道派として行われた事です、火繰家でどうにかできる事ではありませんが、十分に注意いたしましょう」
現状ではどうにもできないと、しかし問題である事は認識して、河智は即断した。
はいと深く一礼して、顔を上げる知野が。
「それと、これが今日の本題となります」
知野が大分もったいぶった言い方をするので、河智が眉をゆがめて怪訝そうに。
「何でしょうか?」
「原井円生が辰港へ向かいます」
「!」
「例の公軍共同部隊が、徐々に西への行動を増やしております」
部隊の活動期限はない為、このままでは確実に辰港のある髙木へ行きつくだろうと、当然予測でき。
「部隊の解散は可能でしょうか?」
部隊の活動で、目に見えて治安が回復しております。次期王選中でもあるので、難しいでしょう。
「公安のみに縮小はできないものでしょうか?」
本来なら可能ですが、どうやら情報元を持っているのが軍側のようです。なのでこれも難しいかと。
「では暮里さんが公安大臣代理でしたね、彼に相談はできないものでしょうか?」
それに対し知野は、右手を胸に当て。
「正当な理由があれば、それも可能ですが、彼は辰港について何も知りません」
公安省の記録は、火繰家の依頼により途中で中止となっている筈で、へたに勘ぐられ調べ直される方が、厄介であった。
「そう……ですね」
暮里竜星は、大窪透と共に、火繰家が見出した人材ではあるが、別に忠誠を誓っているわけでも、主従関係があるわけでもない。あくまで王道派議員の予備的な人材であって、あまり深く関わられても困るのだ。
「あまり良い方法ではなく」
手を胸にあてたまま知野が。
次善の策ではありますが。
「須々木王のお力を借りる方法があります」
次期王選中ですので。
「かなりのご機嫌伺が必要にはなりますが」
それを聞いて河智は溜息一つ、肩の力が抜けて。
「ではそれをあくまで次善の策として、引き続き他の対応方法を探りましょう」
河智には、原井がめいいっぱい引き絞った弓を、今まさに放たんとしているように感じられて、ひどくいらいらしていた。




