守人列記 七
次期王選は代王派が有利に進んでいく。しかしそこに王道派の仕掛けた噂が立ち始める。権力を握る為に動く三目家、そしてそれを諜報活動で支える奥義衆の陸奥木隆義。
そして草平衆を離れ、一人逃亡生活をおくりつつ、どうにもできない状況にいる林戸孝認。しかし彼を誘うような政治思想が、静かに世間へ広まっているのであった。
人物紹介
陸奥木隆義:奥義衆の頭目。自信家であり真面目でもある<墓守>。
南代香北:代王派の次期王候補。元側男。見た目に美しい青年。
咲真菊子:奥義衆の<影梁>。
那美樫奉斎:王道派の次期王候補。議員。真面目で柔軟性がある。
蘇与内克己:那美樫奉斎が雇っている<影梁>。元金剛衆。
瀬地幸田:金剛衆の頭目。<墓守>。強権的だが衆を思っての行動もとる事がある。
棚占部是明:奥義衆の<影梁>。様々な面で高い実力を持つ。
光芽守靖:三目家の当主。
陽矢朋和:奥義衆の<影梁>。
林戸孝認:草平衆に所属していた。政治家的思考の持ち主。
原井円生:元王道派公安大臣。議員を辞職し軍務省へ入り、大臣を追われた復讐の為に行動している。
万邦芳孝:元草平衆の<守人>。
火野雅章:草平衆の<守人>。
朱巻智也:草平衆の<守人>。赤警察に捕まった。
蒲原興三郎:草平衆の<守人>。
影松桐蔭:平衆を作った男。旧兵器強奪の主犯。<守人>。
女十亀康二:聖翼会の中心人物。
石和希具視:一時は皇王のひざ元までたどり着き権力へ近づいたが、今は放逐されている。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
青千院:陽の国における政治の中枢。
奥義衆:三目家に仕える諜報活動に秀でた衆。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義で形骸化しつつあった<守人>の戦い方に、戦術を再び取り入れた最初の衆。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。武断的な面が強い衆。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
<守人>:近接戦闘職者。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。次期王選を迎え、岐路に立つ。
風間家:三目家の分家。流通をつかさどっており資金が非常に豊富。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
草平衆:影松桐蔭の作った衆。国の旧兵器を強奪した為、指名手配されている。
聖翼会:新改革派の中でも特に過激で行動的な会。並比良和司に襲撃され、以来勢いを失っている。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
藍警察:重武装した治安部隊。
「随分と品のない噂を流したものだな」
精悍で色黒、銀の短髪に角ばって鋭く黒い瞳とレイヤー、同じく角ばった鼻筋に、薄いが固く閉じられた唇。大柄だが引き締まってずっしりと落ち着いた雰囲気を持った、陸奥木隆義。
ここは太京、青千院のすぐ南にある赤根山で、山とは名ばかりで、緩やかな坂がかつてあったそれの名残を残すのみの、高級一等地。
そこに、奥義衆の本拠地があり、その周囲は高い塀と植林された木々に囲まれ、外からは、わずかに建物のてっぺん辺りが見える程度であった。
その中の広く、畳の敷かれた静かな空間に、陸奥木は庭を眺め立っていた。
「南代次期王候補が世に知られるまで、情報を出さずにいたようです」
その後ろ、かなり控えたところに座っている、黒く丸い髪形に、少し疲れたような下がり気味の茶色い瞳にはレイヤー、小さい鼻に小さい口。細いが張って均整の取れた肩に、すらりとした身体つきの、咲真菊子が。
世間では次期王選の始まりと同時に、出てきた二名の候補、那美樫奉斎と南代香北の情報でもちきりとなった。特に、南代香北は見た目にも美しく、世間にも知られていなかった事による神秘性により、一気に評判となった。しかも夏祭りに関しても拡大化、経済効果をもたらしたという事で、わずか数日で次期王決定ともいえるような、雰囲気が出ていた程であった。
しかし、このまま代王派が、世間的評判では逃げる体制に入るかと思われたが、すぐに妙な噂が世間に広まった。いわく。
「複数の愛人と遊びまわっている、とは……」
陸奥木は困ったような眉で、軽く笑った。
噂の効果が現れるのはこれからだが、恐らくかなりの効果があるだろうと、陸奥木は予想していた。更には、皇王の側男である事も、何らかの形で表に出るだろうと。そうなれば皇王を裏切ったというイメージの失墜は避けられないと。
「ふん」
思わず鼻を鳴らして、失笑しかける陸奥木。彼にとって権力とは、有り難いものではなく、自ら両手を縛り、破滅という名の、細い刃の上を目隠しで歩きに行くようなものだと、そう思っているのだ。
だが彼は真面目であったし、自分の仕事に誇りを持っていた。
「まあいい……、南代を見張っていた哭腑衆はどうした? そういったものを防ぐ役割はなかったのか?」
振り返らずに陸奥木が言うと。
「慌てた様子がうかがえました為、備えをしつつも、虚を突かれたものかと」
咲真が応える。
「噂の出どころは王道派だ」
急に振り返ると、大股に歩いて陸奥木は上座に座った。
「蘇与内克己といったか? 元金剛衆なんだろう?」
はい、と応える咲真。
「なかなか優秀だったんじゃないのか? まあ、これで金剛衆の内情は知れたな」
噂を制御できるような、優秀な<影梁>を放出してしまうようなら、金剛衆における<影梁>の立場は非常に低いだろう。であれば必然的に、金剛衆における情報の重要度も、低く扱われている事だろう。
「その金剛衆ですが」
咲真が頭を低くし、わずかに陸奥木に向きつつ。
衆内の<守人>より幾人か選び出し、<影梁>としてあたらせているようです。
陸奥木は少し背筋が伸び、両方の眉を上げ、ほう、と軽い簡単を示した。
というのも、彼の知る金剛衆頭目、瀬地幸田は愚直な程、武力一直線で、そうした柔軟性を持ち合わせているとは、思っていなかったのだ。
勿論、これは陸奥木の早合点であり、実際にそれを指示したのは火繰家なのだが。
遅まきながら気が付いたのかな、と一呼吸。
「そんな付け焼刃では程度も知れている、奥義衆の敵ではないな」
そう言って目をつむる陸奥木。
どれ程武勇を誇ろうとも、それを生かせる状況でなければ意味はない。
「まあ……」
もっとも、直接戦ったところで、負けるとも思えんがな。
そう内心で笑った。そして真顔のまま。
「風間家はどうだ?」
棚占部からの報告を、レイヤーに映しながらか咲真が応え。
「活発になっているとの事です、具体的には」
追い切れていないようですが、移動量が増えているとの事です。
「ならば間違いなく三目家を裏切っている行動だろう」
陸奥木は内容も確認せず、淡々とした表情で、そう、断定した。
勿論最終判断は、光芽守靖が行うのだが、この状況下でそうした動きをして、なおかつ密かにというのであれば、それが状況証拠である。
「んーむ……」
陸奥木は胡坐のまま身体を右に傾け、右肘をついて、頬を上に乗せると。
「監視を増やすか」
「 」
咲真が、誰にするのか、と関心を寄せるように少し身体を動かすと。
「お前ではないよ咲真、そうだな、陽矢朋和 あたりにでもやってもらうか」
これからは、適材適所が一層重要だからなと、咲真には、冗談とも本気とも判断のつかない言い方だった。
「なかなか動きづらいな」
やや小柄で神経質そうな目には、黒く分厚いレイヤーをかけた、林戸孝認が呟いた。
彼は草平衆だが、大勢いる<守人>でもないその他大勢の一人にすぎない為、公安の注意人物から外れており、そもそも認識されていなかった。
これが原井円生のままの公安であれば、彼も追われる身となり、逃げ方も知らず、今頃は刑務所の中であっただろう。
街中には、公安と軍が共同部隊を作り、あちらこちらを捜索して回り、過激な行為を準備している新改革派や、それこそ聖翼会の連中を、ちょくちょく捕えているようだった。それは以前のような過激さではなく、淡々と作業的なものである為、周囲の市民から反発は起きず、実に効率の良く見えていた。
しかしそれだけに、いつどこからそれと気づかれるか、それを警戒して林戸は、なるべく公安の赤、青両警察の少ない場所のみを、移動していた。
あれ以来、万邦さんとも連絡が取れず、火野さんからは西へ逃げるとの報告を受けたっきりとなり、朱巻は恐らく獄中、蒲原とは仲が良くなく現状不明、そして、影松先生も……。
来た道を、なるべく自然に引き返し、一旦落ち着こうと、とりあえず目に入った店に入り込んだ。
「ふう……」
どうやら、思いの他汗をかいていたようで、空調の効いた店内を、ひどく快適だと感じる。どうやらここは喫茶店ではなく、余食カフェらしく、少し高級な雰囲気でそれと気づいた。
他の余食カフェにもれず、ここもウェイターやウェイトレスがおり、そのうちの一人の女性が。
「お食事のご利用でしょうか?」
と嫌みのない完璧な笑顔で、訪ねてきた。
昼時は過ぎており、食事もしていなかったが、林戸は特に空腹でもなかった。しかし何故か。
「あ、はい」
と答えてしまい、大き目のテーブル席へと案内されてしまった。
「……」
まあ仕方がないと、実際に昼食は取っていないのだから、何か食べようと、渡された紙のメニューを見て。
「……」
意外と高い。
いや別に持ち合わせがないわけではないのだが、その気もないのに、勢いだけで出したい金額ではないと、思わず目をつむり上を仰いだ。
「お気に入りのお品物が無いようでしたら」
と先程のウェイトレスは、その場に待機したままである事に林戸は驚きつつ、しかし彼女はメニューをめくり、サイドメニューのページを示しつつ。
「こうした軽いもので済まされますのも、いいかもしれません」
「あぁ、ありがとう、それじゃあ」
ジャガイモのハムとチーズのスパイス炒めというものと、珈琲を注文し、ようやく一息をついた。
さてこれからどうするか。
林戸としては、このまま治安の状況が落ち着くのを待つつもりだったが、状況は常に変化し、確実に安全といえる状況は、しばらく訪れそうにない。であれば、危険な場所からは距離を取るべきで。
逃げるとなると、西へ逃げた火野さんにならうか、それとも北へ……。
目を閉じ上を仰ぐ。
東北は聖翼会の仮本部があり、そこで女十亀康二は捕まったのだ。
そもそも自分の身柄は知られていないので、目を引くような、急な長距離移動も、できれば避けたい。
「……」
そういえば、一つ気になっていた事を、思い出した。
「お待たせいたしました」
そう、先程の完璧な笑顔のウェイトレスが、食事と珈琲を、一人では大きすぎるテーブルに並べ終えると、いっしょに運んで来ていた、花や燭台等、その上を素早く賑やかに飾り立て、一礼すると下がっていった。
「……」
派手になり過ぎでもなく、かといって淋しいままでもないテーブルの状況に、林戸はひどく感心した。
とりあえず一口食べると、腹具合が活発になったのか、急激に食欲が増し、一気に食べ始める。しかしがっつくという事のない林戸、背筋良く、行儀よく食べていく。
そして一呼吸。
「ふむ」
少し落ち着いて珈琲を飲むと、先程思った事に意識を戻した。
思い出した事、それは、政治改革についての考えで、一人の男がそれを世に放っているのだった。
放っているのだが、一般に広く流布しているわけではない。この手の思想や啓蒙文はよくあり、面白くも楽しいものでもない為、一部の扇動家や、内容を都合よく切り張りして、新改革派の道具になるのが落ちであった。
その内容は具体的な手法を云ってはいないが、恐らく本人の中には確実にあって、しかしその考えに拠って、仲間を募るわけでもなし、世の中に訴えかけるでもなく、その目的は不明であった。
「……」
草平衆に帰れないと考えている林戸には、これはある種の天啓にように思えていた。
それを世に放っている男の名前は。
「石和希具視、か」




