国中起盛 十八
原井円生と万邦義孝の密会。次期王選で着々と地盤を固める那美樫奉斎と須々木王。そして不穏な動きを強める馬山国。静かに、しかし確実に事態は悪化していく……。
人物紹介
原井円生:元公安大臣。辰港事件により失脚し、その後、議員を辞職。現在は統帥本部大佐。失脚の原因とその復讐心で動いている。
万邦義孝:草平衆の創設時より所属していた<守人>。太京駅事件で一度逮捕されてからは、独自に行動をとっている。
影松桐蔭:草平衆の創立者。<守人>。過激な行動に、所属していた者達でさえついていけなくなっていた。現在行方不明。
小能中御池:若い議員。王道派。一時期、様々な思惑で公安大臣に就任していたが、馬山国への対応を咎められ、大臣を辞任した。
宍和田絹男:小能中御池の次に公安大臣に就任した。代王派。あまりに過激な対処を行い、大臣を辞任した。
暮里竜星:公安大臣代理に就任した。王道派。火繰家に見いだされた若い有能な議員。
佐復紘一:外務大臣。王道派。老獪で飄々とした人物。しかし外務大臣としては有能で、必ずまた来るであろう馬山国に対して、既に手を打っている。
須々木雅義:陽の国の王。政治の責任者。経済に強い王。現在は次期王選で腹心の那美樫奉斎を王にすべく画策している。
那美樫奉斎:王道派の議員。次期王候補。政治手法はけれんみのない分かりやすいもので、その評価は高い。しかし、敵対候補に対する下種な噂を流したりもしている。
野本信士:財務大臣。王道派。堅実かつ真面目な人物。それゆえ堅物として扱われる事が多い。
用語
<守人>:近接戦闘職者。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
草平衆:影松桐蔭が作った衆。一気に拡大したが、国の旧兵器を強奪した為、指名手配されている。
太京:陽の国の首都。
新改革派:議員を指す場合は野党を、在野を指す場合は、反政府勢力を指す。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
馬山国:内戦の影響で現在も国内が安定しない国。陽の国へ一度戦争を仕掛けている。
「大規模な捜査?」
短い髪の毛には白いものが目立ち、深く刻まれている皺には老いより凄みを増して感じ、眉間の皺も癖になっているのか、大柄で鍛えられた身体もあり、如何にもたたき上げの<守人>といった風体の原井円生が、パイプ椅子に座り、投げだした足を無造作に、レイヤーを置いたテーブルの上へ、靴のままのっけていた。
そのテーブルを挟んで正面に、シャープな顔立ちに短く清潔感のある黒髪、輪郭のはっきりした黒い瞳の目にはレイヤーと、顔立ちだけならやり手のビジネスマンのような万邦義孝が、立って腕を組んだまま。
「そうだ、西へ行きたいんだろ?」
小さなエアコンが、かろうじて限界を抑え込んでいるが、小さく粗末な板張りのプレハブ小屋の中は、外よりましという程度であった。
周囲はまだ雑草や雑木林があり、通り沿いに整地予定地の看板がなければ、このプレハブ小屋にも気づかない程の、辺鄙な場所。
じっとりと汗をかきつつ。
「犯罪者どもを首都圏から追い出すのか」
ふんっ、と鼻を鳴らし原井。
思い通り連中が西へ逃げるとでも?
相手を嘲笑する。
しかしその妙な迫力に押されるでもなく、万邦は。
「じゃあリークしてやるよ、旧兵器は西にあるってな」
その程度で兵を動かせるか、と口の端で笑ってみせる原井だが。
「元草平衆のリークなら?」
わざと呆けたような表情で、万邦が返すと。
「……貴様本当に知らんのだろうな?」
「デモの時にも言ったろう」
影松には二月以降会ってない。
「自分のレイヤーの記録でも見てみろ」
うんざりしたような口調で、切り返す。
しかし苛ついた気分を隠すでもなく、原井は。
「貴様の目的は、手薄になった太京ではなかろうな?」
更に眼光の増した視線を刺しに行くが、万邦は、顎を微妙に上げて見下すような視線で返し。
「人を探る前に、自分の足元をよく確認しな」
彼も攻撃的な表情になる。
その言葉の意味に気づいて、自分のレイヤーをかけると、原井の目の前に、軍務省へ入り込んでいる新改革派の情報が表示されていた。
原井は万邦を見る。彼からの情報なのだ。
「……」
そう、何も綱紀粛正が必要なのは、公安省だけではないのだ。目ざとい者は、そうした動きを察知して、軍務省へ鞍替えしており、今また公安省の時と同じように、内側から浸食しようとしていた。
ふざけた連中だ、と心の中で原井。
勿論、この情報を得た事で、お礼を言うような原井ではないし、慌てるでもない。
彼は小能中御池程未熟でもなければ、宍和田絹男程無能でもないのだ。
新改革派の人物が内部にいるなら、それらを利用できると、どのように利用しようかと既に思案を初めていたのだった。
その様子に気づいて万邦は、やれやれとわざとらしいそぶりを一つして。
「人を呪わば穴二つ、ってな。まあせいぜい頑張んな」
そう言うとドアへ向かう。それを後ろから。
「貴様は俺に金で雇われてる立場だと忘れるなっ」
振り返り、一瞥し、しかしそのまま出ていった。
原井は、万邦と、四月十二日暴動となってしまったデモの時に出会っており、当時から元草平衆だと知っていた。
だが本当にそうだろうか? あの男の情報能力は<影梁>のそれであり、今日の情報についても、恐ろしく素早い物なのだ。
そんな男のいう事を、うのみにする程、原井は単純ではなかった。
「暮里に一報入れておくか……」
顎をさすりながら、彼は次なる手を考え始めていた。
「馬山国が無血革命と称して、国の体制を変えるようです」
火急の要件である為。
「黒鳥の間へ、伺わせていただきました」
そう一礼する、笑ったような細い目にレイヤーをかけた、佐復外務大臣。
黒鳥の間は青千院にある、王の執務室である。そこは横に広く、素朴だが洗練された古木で作られた執務机が一つと、向かいの壁一面ガラス窓の外には杜鵑草、ベージュ一色の大きな絨毯に、机左手の壁に掛けられた絵には、黒い鳥。
佐復外務大臣は執務机の斜め前に立ち、椅子には勿論、四角く平面的な顔に、しっかりとした眉と優しく細い瞳の須々木王と、傍には、控えて七三分けの灰色短髪で、四角い目に藍色の瞳には、レイヤーをかけた那美樫奉斎が立っていた。
「 といいますと? 具体的にはどのような問題が考えられるのでしょう?」
努めて冷静な須々木王。那美樫と二人きりの時とはまるで性格が違うが、出だしの間に、素の性格が出かかっていたかもしれない。
しかしそれとは気づかず佐復外務大臣は。
「もっとも考えられます事は、我が国の債権放棄要求でしょう」
「それは国同士の約束を反故にする行為で、受け入れる事はできないと思われますが」
口を開いたのは那美樫で、どうやら次期王としての存在感を徐々に増す為、須々木王が発言させているようであった。話しながらも、互いに視線を交わしあっている。
確かに那美樫の言う通りで、国の体制が変わったからといって、今までの約束事が全て無くなるのであれば、国同士の交渉が成り立たなくなる。だが。
「元々馬山国が我が国へ攻めいったのは、内政から目をそらす事と、債務に関する交渉を有利に進める為でした」
だからこそ、以前、野本財務大臣は、相手を糾弾しなかった佐復外務大臣を、激しく非難したのだ。
「ですから今回も同じでしょう、ただし、いきなり攻めてくるのではなく」
借金を棒引きにしろと、交渉を行い、断られた後。
「彼等の理由によって、攻めてくるでしょう」
呆れた話ではあるが、須々木王も那美樫も、全く同じ考えで。
那美樫が言う。
「では戦争を回避する為には、相手の言う通り、債権を放棄する必要があるという事ですね?」
佐復外務大臣は、未来の王かもしれない相手に、うやうやしくその通りでございます、と頭を下げた。
「それは、いつ頃と、予想されていますか?」
須々木王が口を挟んだ。
それは当然気になるだろうねぇ、と頭の中で呟きつつ。
「今月中には、何らかの動きがあるものと思われます」
「受け入れるわけにはいかないですね、我が国自ら、約束を反故するわけにはまいりません」
たとえどのような関係であっても、国同士には信用こそ重要と、陽の国では考える癖がある。それは国民性であり、性善説を無意識に持っているからでもある。
だから佐復外務大臣は、那美樫のいう事が分かるのだが、本心が別にある事も、当然知っていた。それは。
次期王選中に、政策的にマイナスの印象を持たれるのは、敗北につながりかねないからねぇ。
とまたもや心の中で呟いた。
「今までの話からしますと、次に馬山国が攻めてくる前には、交渉が行われる事になります」
努めて冷静な抑揚で須々木王が続ける。
今度は事前に万全の準備を、各大臣間で連携を行い、これにあたりますよう。
「よろしくお願いいたします」
「 はい」
そう頭を下げた佐復外務大臣。
今度は単に対応するだけの戦いではなく、能動時な戦争となるのだ、と佐復外務大臣は強く意識する。
「……それで以上でしょうか?」
佐復外務大臣が部屋から出て行こうとしない為、那美樫が須々木王へ傾きかけた身体を、再び彼に向けると、ついでの報告ではありますが、と断りを入れつつ。
「通称、公軍共同部隊が滞在外国人への調査を行っていると」
その場にいた全員の頭に、原井円生が思い浮かぶ。
「何か、問題が?」
那美樫が聞き返すも、問題がなければここで話題に出す筈もない事は、当然分かったうえで。
「各国の大使館より、苦情が出てきております」
勿論、佐復外務大臣の言葉の外には、宍和田絹男の時のようになるとまずい、という意味がある。
「国際的な問題に、発展の可能性はありますでしょうか?」
那美樫ではなく、須々木王が尋ねてきた。
彼の評価は経済に強いといもので、しかし外交が苦手で、事なかれ主義などと揶揄される事もあり、今ここで、小さくても国際間の問題が起こる事は、何としても避けたかった。
「いえ、そこまでは至らないかと」
軽く頭を下げる佐復外務大臣。
彼は言わなかったが、原井円生が、辰港へ向けて動き出した証拠だと、佐復外務大臣はそう理解していた。




