双頭録 二
陽の国の首都、太京へ出てきた政継と量。そこで起きた<守人>衆同士の争いに出くわす。そして一人の強力な<守人>を見る。
登場人物
空矢政継:若い<守人>。
黒田量:若い<守人>。
用語
自動軌道機:地上から100m前後の高さに設置された、レールを使い移動する大量輸送の交通機関。
太京:陽の国の首都。
大笹凡筒:緑色で円柱状の超高層建築物。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
電柵:磁気式の防具。
電足帯:足の裏に着ける移動補助具。
「やっと着いたか」
あまりまとまってない黒髪に、上がり気味の眉毛と挑戦的な黒い瞳、そして引き締まった逆三角形の顔には、しっかりした鼻と自信のある口元の青年、腰には剣を下げ自動軌道機を降りた、政継。
自動軌道機の太京駅の文字。国の中心駅だけあってやたらと広い。透明の屋根には、ややかすんだ青空と、荒い筆で書きなぐったような雲が見えている。眼下には超高架道路の層、更にその下には綺麗に整理された街並みが広がっていた。熱っぽい、力強さを感じる、雑多な街。そして遠くに霞んで見える、ひときわ大きく高い、緑色に輝く円柱状の巨大建造物。
「ありゃ何だ?」
「大笹凡筒、通称メガシリンダー」
と後ろからの声に、ああ、あれがそうか、と現物を初めて見た政継。
「あれで昔には人間作ってたんだよな」
昔すぎてぴんと来ないが、妙な感慨を受ける建物だった。
「さすがに人が多いね」
短い黒髪と整った細い眉毛、優し気な目じりにはレイヤー、細い鼻と小さな口はすっきりとした輪郭と合わせて、知性を感じさせる青年、長短二本の剣を下げた量が続けて自動軌道機を降りてきた。
首都だけあり、行き交う大勢の人達。
「……」
内戦になれば彼等にも被害が及ぶだろう、そう思うと気持ちが重くなる量。
「どうした? 行こうぜ」
量を促す政継。
複雑な構造体の巨大駅が、よどませる事なく人々を目的地へと流していく。
高速自動昇降機に乗り込み、徐々に高さを増していく街並み。その途中、眼下で超高架道路を南へ走る、ごつい車列に気づくと政継。
「何だあれ?」
「あれは火繰家の家紋だな」
黒い車の天井に、赤く特徴的な印を見つけ、彼のレイヤーにもそれと表示された量が答えた。そして王側の勢力だな、とも。
「ふうん、体制側か」
そう言う政継の眉毛は左右違う高さ。
「火繰家はこの国の武器兵器関連を、一手に支配してるからな」
車列も豪華になるさ、と量。ふうんと、返事する政継の眉の高さが更に大きくなる。それを見て量が息を吐いて。
「でも今年から法改正入ったから、その内状況も変わるだろうね」
超高架道路を過ぎ。
「うん?」
法律なんか変わったか? と、まるで知らなかった政継。
「個人にも武器製作の認可がおりるようになったんだよ」
「へえ、そりゃいい」
具体的には何も分かっていないが、一極集中よりは、分散している方がよっぽど健全だと政継は思った。
「うん?」
近づいてくる地上から、何やらぴりぴりとした空気を感じて、政継が辺りを見渡すと。
「なんか事件かな?」
電磁規制線のオレンジの光が、商業ビルだろうか、建物の入口周囲をぐるりと囲んでいるのが見えた。
地上に着くなりその場所へ二人向かうと。
「青警察じゃねえか」
重武装をした警察が、一、二、三、四……。
「結構いんな」
量のレイヤーに。
「三十二いる」
駅の正面入り口周囲は、大きく半円状に開かれており、その外側に半円を囲むようにして建物が並ぶ。小型自動清掃車両が行き来し、人の往来も途切れない中、その一部だけ、異様な雰囲気に包まれていた。
鼻に触れる政継。この匂いは。
「やばい感じだな」
そう言いつつ、量が周囲を見渡しているのに気づいて、政継も。
「他の<守人>も気づいたか」
政継達と同じように、ちくちくした空気を感じて他の<守人>数人が、電磁規制線を囲うように。
「ただの凶悪犯じゃないな、政継レイヤー、電柵」
量が剣に手をかける。それを見て、まじか、と政継もレイヤーをかけ、電柵と電足帯を起動、全身に緩く静電気を感じながら、手を腰に。
他の通行人は遠巻きに様子をうかがうか、巻き込まれまいとして、足早に立ち去っていく。そして。
「!」
破裂音! 一斉に下層階の窓硝子がはじけた。そして白く薄い靄のようなものが、周囲に広がり消えていく。そして音。それを追いかけるように、飛び散っていく硝子、続けて瓦礫、地面に落ちて砕けていく。反応しきれず次々転がっていく青警察。叫び声、怒号。一瞬で。
「<守人>!」
低く屈んだ政継が鋭く。中から常識以上の速度で飛び出してきたのは、抜き身の剣を持った、黒い長髪を後ろに流した、色白で目の周りがうっすらと赤い男。
「政継抜くなっ」
量の言葉に反応。中から更に。
「またっ」
<守人>!
なんて事だ<守人>同士の争いかよっ、そう心で舌打ち政継。
いや、違うっ!?
更に複数の、剣を持った<守人>!
「<守人>衆同士っ!」
が建物から、転がり、あるいは切り結びながら飛び出してきた。
「」
無理矢理止めた身体で、つま先がまるで地面にめり込んだように感じる政継。そのすぐ後ろにつく量。
二人のレイヤーが<守人>に反応して、その人数を把握した時、いびつな叫び声。それは心臓の後ろに手を入れられたような、青ざめるような不快感。
右の目の端で倒れ込む、剣を落とした<守人>。それに気づいて恐怖、空気の抜けたような声を上げながら、青警察が銃を。
「あ、馬鹿」
構え。
「や」
誰とも定めず。
「め」
どんっ、と押されるような低い音。広がる白い衝撃波。被弾、跳弾、叫び、絶命。
<守人>は対銃防御として電柵による、防壁をまとっているのだ。そうでなくても電足帯の為、異常なほど素早い。叫び倒れたのは周囲の一般人だと分かって、挑戦的な黒い瞳が歪む。だが下手に動けない。ましてや剣を抜けば同類だ。
「う、動くな」
最後裏返った声が、拡声器越しに響いた。だが<守人>衆同士、動きは止まらない。それぞれの格好が統一されていない為、どちらがどっちなのか、判断がつかない政継と量。
また一人、剣を落とした。
「あいつ」
最初に飛び出してきた、黒い長髪を後ろに流した色白の男、左利き、明らかにずば抜けた強さだと二人。そして驚いた事に、青警察の一人が男に。
「!」
政継と量がそれに気づく。
「う」
政継、かかとで思い切り踏み込み、電足帯が反応する。
「ご」
男の剣が流れるように、青警察に反応して、吸い込まれて。
「く」
政継の右腕が青警察の背中を越え。
男の視線が剣に追いつき。
「な!」
周囲で、被弾、跳弾、叫び、絶命。
男が驚いたような顔で、しかし視線の先、剣先には電柵を掴んだ右手、すぐ横には青警察の頭部装甲、そして右手の根元にはこちらを睨み返す、挑戦的な黒い瞳の男。その後ろ、背合わせに知性を感じさせるしかし冷たい視線の男。
「やる、面白い」
長髪の男が笑った。彼の剣先と政継の電柵が、干渉しあってちりちりと小さく音を立てている。
「」
ゆっくりと長髪の男が剣をひく。そのままの政継と量。
「散っ」
剣をおさめ一言、彼の号令一下、六人の<守人>が素早くこの場を去っていった。
「おっと」
力なく倒れる青警察を支える政継。
「……酷い」
思わず呟いた量。
わずかな時間で周囲に被害と、悲惨、六名の命が失われていた。




