悪役令嬢の恋は終わった。
何番煎じかわからない婚約破棄モノです。
婚約破棄が好きです。
でも悪役令嬢は、も~っと好きです。
「アリアナ貴様との婚約は破棄する!」
この瞬間、まるで時が止まった様に感じた。
いや、止まっていたのだろうか。公爵令嬢として、王太子の婚約者としての矜持が私を支えていた。瞬き一つ出来ず、声もでず、指一本動く気がしない、そして倒れる事もなかった。
パリン
何かが割れる音が聞こえた。私の耳に、全身に感じる高く大きな音であったが、聞こえたのは私だけの様だった。
私にはわかった。
これは「恋が終わった」音。
私の初恋は砕け散ったのだと…
パリン パリパリパリパリ…
ガラスの割れる様な音が聞こえ続ける。
そして唐突に理解した。
ここは乙女ゲームの世界で私は所謂、悪役令嬢だと。
砕け散った初恋と一緒に何かが割れ、剥がれ落ちた。
剥がれ落ちたガラスの膜の様な物がなくなって、私の中にあった過去の私を受け入れた。
元々は一つだったのだから、もう一人の私を受け入れる事に抵抗はなかった。水の中に膜で覆われた水風船があって、水風船の膜だけが割れて、水風船の外の水と内の水が混ざっただけ…つるりと、何の抵抗も違和感もなく混ざった。
わたしがわたくしに還って来てくれて良かった。
公爵令嬢として家のための婚姻が何よりも大切だと考えていた私一人では、この失態と失恋に堪えきれなかったかもしれないわ。私らしくなく、取り乱し何か叫んでしまったかもしれない。でも、私が帰ってきた。しかも、この婚姻破棄を知っていた私が…
うん。ゲーム通りのテンプレ通りの婚約破棄だわ。でも十七年間この世界で生きてきた、私には受け入れにくくても、過去の記憶のある私には、余裕がある。
たった今、終わった恋も遠くに感じる。痛みもあっただろう、辛くもあっただろうけれど、もう遠くの物語のモノとしてとらえられる様に「今」なった。正直ありがたい。
「おい。何か言いたい事があるか?」
婚約者であった殿下が茫然としている様に見えたのであろう…余裕の表情で私に話しかけてきた。
「はい、殿下。何故?と理由をお伺いしても?」
「お前ともあろうものが、言い逃れをする気か?」
はっと鼻で笑う。
「お前はここにいるシルビアを貶め、母親の形見のペンダントを壊し、挙句の果てに階段から突き落とし殺害しようとまでした事。私は知っているのだぞ。お前の様な者は王妃に相応しくない、心優しく私を癒してくれるシルビアこそ相応しい。真実の愛を見つけたのだ。私はシルビアを妻とする!」
すごいわ…テンプレ過ぎて言葉が出ないわ…。
もちろん、殿下のお気持ちが男爵令嬢に向いている事は、私も気づいていた。私の気持ちとは別に、私と殿下の結婚は政略結婚であり、公爵家と王家との間で交わした契約だ。
王になれば側妃や愛妾を持つ事が許されてるのだから、側妃は身分的に難しくとも、愛妾として迎えるものだと思っていた。ゲームの設定では、確かに悪役令嬢を断罪して殿下とヒロインは結ばれる綺麗なスチルまであった。
けれども、決して正妃になったとは書かれていない。いや。現実的になれないのだ。頑張って側妃となれていれば…子供に王位継承権が与えられるだろうが、現実的に考えて難しいのではないか…あれ?正妃になれないなら私をわざわざ蹴落とす意味無いわよね?蹴落とされ損じゃない…。
ゲームだからその辺ぼやかしてあったけれど、現実は厳しいのだ。そして、彼女の成績では王妃教育をこなすのは無理であろう。
「…殿下。まずは、婚約破棄したいとおっしゃる殿下のお気持ちはわかりました。しかし、この婚約は王家と公爵家において結ばれたもの。私に破棄をおっしゃられても私には対応致しかねます。」
とりあえず正論をぶつけてみる。私達は今はまだ親の駒でしかないのだ。自分達でどうにか出来るものではない。だからこそのこの場での断罪劇が必要だったのだろうか…甘いわぁ…殿下…
いや、ゲームの強制力なのかしら?
「この様な公式の場で婚約破棄をする事、それ自体おかしな事でございます。…ご自分が婚約者のいる身で、他の異性に心を奪われた事を大きなお声で宣言するなど、自らの非を認めているようなものです。そして、私を貶めるという事に意味があるのでしたら、名誉毀損もしくは侮辱罪で私こそ、訴えますわ。いつもの殿下らしくありませんわね。」
「しかし、現にお前は彼女の物を壊したり、ましてや殺害しようと…」
「いいえ!それはありません。」
遮る様に強く言いはなつ。ここで押し負けてはいけない。
「私はその様なくだらない事をする必要もなければ、理由もありません。それは殿下が一番良くお分かりではないでしょうか?」
「いや。お前は私に、その、惚れていたから、彼女が邪魔に…だから彼女を排除しようと…」
自信がなくなってきたのだろうか…言い淀む殿下も珍しい。そして殿下の後ろに、震えるフリをしながら頷いているヒロインが見える。
「殿下の寵愛が彼女にあっても、私の正妃の立場は変わりません。彼女を害して私に何の得がありましょう。元々無い寵愛がうつりましょうか?逆に彼女を害する事で私の立場が悪くなるだけです。そんな事、少し考えればわかりますわ。彼女を排除する必要がそもそも私には無いのです。」
そうでしょう?と小首を傾げて殿下や他の攻略対象達を見渡す。私は悪役令嬢。そもそも基本スペックが高いのだ。地位も高く身分も王族につぐ、美貌もこの場にいる誰よりも美しく、知識も誰よりも高いのだ。周りの男性も女性も私に見惚れて、頷いている。私が自ら罪を犯さなければ、私の地位は揺るがないのだから、犯すはず無いでしょう?
「私は殿下が愛人を何人迎え様とも、なるべく受け入れるつもりでした。私達の間に愛は無くとも信頼関係はあったと思っておりましたから。」
少し悲しげに視線をそらす…私を思い出さなければ恋もしていた相手だ。
「でも、信頼関係も無くなった今は私の方からも婚約破棄をお願い出来るよう、陛下やお父様にお話ししてみますわ。」
これで、おしまいとばかりに話を終わらせ様としたが…
「誤魔化されないぞ!階段から突き落とし殺害しようとしたのだろう!証言もあるのだ!」
「そうです。…殿下、私怖かった…」
「証言ですか…万が一、私が嫉妬に狂い、彼女を殺害しようとしたのであれば、階段から突き落とすなんて浅はかな事をしますでしょうか?殿下…お忘れですか?私は婚約者候補ではありませんのよ?殿下との婚姻が決まっていた婚約者ですのよ?卒業後直ぐに王太子妃となる事か決まっていたのですよ?…学園内でも王家の護衛や影がずっとついております。もし、私が殿下のおっしゃるその様な行為を一つでもしたり、誰かに指示していたら、直ぐに陛下にお話がいきますわ。さらに、本当に突き落としたのならば、護衛がみているはずですわ。」
「それは…」
殿下は口ごもる。あれ?本当に忘れていたのかしら?それとも、特に考えもせずに、この断罪に挑んでしまったのかしら?メインヒーローなのに…残念感すごいわ。
「では、その証言をした方が殿下を騙しておられるのでは?どなたかこの場でおっしゃったら宜しいのでは?」
殿下は黙ったまま俯き、微動だにしない。何か思う所があるのか?それとも未だに庇っているのだろうか。
「殿下、残念ですわ。私は彼女を排除する必要はなかった事。逆に私を排除する必要があった方を。…考えてみてくださいませ。」
「そんなのひどいです!私は被害者なのに!私達はただ愛しあってしまっただけなのに!」
「だからといって、人に冤罪をかけていい訳ではありません。」
「そんな事していません。…だって私…本当に…。」
瞳をうるうるさせて、庇護欲を誘う様に魅せているが、もう私が彼女と敵対する必要がないと言う事は、皆にしらしめた。
むしろ、彼女が私を陥れようとしていると感じるだろう。彼女はその空気が読めないのだろうか?
シーンとしたまま、誰も動けない。
…過去の記憶によって、なんとか持っているが…私は公の場で婚約破棄された、令嬢だ。傷つかないわけではない。
このシーンとした間で、悔しさと恥ずかしさで涙がこぼれそうだ。
くいっと顎をあげて周りを見渡し、殿下に私の最上級のカーテシーをしてみせる。
「それでは婚約破棄のための報告もありますので、私は失礼致しますわ。」
まぁ、もう報告は影によって陛下に届いているだろうけれど。
にっこりと美しく見えるであろう笑顔を作って振り向く…と、そこにはシークレットキャラの王弟殿下が笑顔でいた。
「では、私がエスコートしよう。」
彼は全てのエンドを攻略して二周目に突入しないと攻略出来ない完璧ヒーローのシークレットキャラだ。攻略サイトでみたが、クリアは出来なかった。スチル80パーセント位で心が折れた。
特に王太子殿下のバッドエンドで、王弟殿下が次期王となり王太子とヒロインの幽閉エンドがあった。確か、悪役令嬢に冤罪をきせたとかなんとか…
って今のこの状況!?
まさか…王弟殿下ルート入ったの?私が?完璧ヒーローで後に賢王と名を残す王弟殿下だよ?
彼のエンドをみるために、婦女子の皆さんが寝る間を惜しんで攻略してお祭り騒ぎだった彼だよ?
リセット出来ない、二周目なんて無いこの世界で彼のルート攻略不可能なはずよね?
「叔父上、それは無いよ。兄上の婚約者で無くなったら、フェアに勝負する約束でしょう?」
…このゲームでは、ちょい役でしか出て来ない第二王子!あまりの美貌と声に攻略対象じゃないのに、ショタを中心とした婦女子に大人気が出て、ファンディスクでは彼も攻略対象として出て来た。第二王子の為のファンディスクと呼ばれていた。
しかし彼を落とすには、第一王子が悪役令嬢と結ばれてかつ二人の悪事を暴く、そんな謎のミッションもクリアしないと落とせない面倒なキャラなのだ。
そもそも、愛妾の母を持つ彼に王位継承権は無い。この時も王弟殿下が王位をつぐ。製作者め!何故、第一王子と悪役令嬢を断罪する必要があった!と、理不尽に怒りたくなってきた…。いや、兄の不正に気付き、ヒロインと協力して断罪する…中で愛が芽生えるんだけどね。わかるけど!
私…悪事に加担も何もしてないし、する気もないから彼の出番は無いはずよね?そもそも、ちょっとしかゲームでは出ないキャラだけど、現実ではよくお茶会でも夜会でも会っていたからね。
可愛い弟キャラだ。ああ!半ズボンが目に眩しい!可愛いさが犯罪級だわ。いつも、懐いてくれていたのか抱きついて来て可愛いかった。ん?あれ?私、狙われてた?好感度上がった時の、彼のあざとい手だよね?あれ?
「護衛達から報告は受けている。お前は愚かにも婚約者がありながら他の令嬢に真実の愛だと不誠実な行動を続けていた事。証拠も無く、自ら調べる事もなく、都合の良い甘言に耳を傾け婚約者に冤罪をかけた事。この様な公式の場で陛下の決めた婚約を勝手に破棄した事。すでに陛下も聞き及んでいる。そして、愚かにもこの場で婚約破棄しようものならば、廃嫡の上、辺境の砦勤務とする事、陛下の命だ。」
「え?いやよ!そしたら、私王妃になれないじゃない!誰よ!あんた!こんなキャラいた?!」
ヒロインはシークレットキャラは知らなかったのか…あんまりやりこんでいなかったのかしら?
だから、冤罪をかけて来たのね。シークレットルート解放を知らなかったから…成る程。でも、男爵とはいえ貴族。王弟殿下を知らないのはいただけないわ。
「そもそも、お前は王太子の婚約者に冤罪をかけるなど不敬罪だろう。」
「え?うそでしょう?だって、私ヒロインよ?私じゃないわ!殿下が言ったんじゃない!」
「…シルビア。」
ここに来て、殿下を売るなんて…ヒロイン…殿下が固まってるじゃない。可哀想ね。殿下はこんなに愚かだったかしら?恋で盲目になっていたのかしら…私も、殿下も。
「連れていけ。」
殿下もヒロインも、護衛騎士に連れられて行った…
あぁ…これで、ゲームから解放されたんだわ。安堵のため肩の力が抜けていく。
「さぁ、私達も行こうか。」
とエスコートしてくれる王弟殿下。大人の笑顔が素敵過ぎる。
「僕と行こうね。」
と腕に抱きついてくる第二王子。可愛い過ぎる。
二人に連れられて、いつの間に馬車の中へ。はっと気付いたときには、馬車の中で二人に手をとられ挟まれて座っていた…
王家の馬車は広いなぁ…完全に現実逃避していた。もう何も考えたくない。
そして、ステレオの様に両耳から自分の方が相応しいと口説いてくれている。なんて事なの。二人とも良い声。モテ期?それとも死ぬの?私、本当は冤罪で断罪されて死んだの?
「「私(僕)を選んで欲しい!」」
と二人から詰め寄られるのも、頭の中がショートして何も考えられない。
過去の記憶を持つ私が、脳内で悶えて転げまわっている。
今の私が、素敵な大人の殿下と美しい弟王子との間で揺れている…んだけど、脳内の私うるさい!
さっきまで、過去の私に感謝してたけれど…二人の素敵な記憶が溢れでて止まらない為、思考がついていかない。過去の記憶うるさい。
お祭り状態だ。
恋の終わりと始まりが一度にきた。
私…悪役令嬢ポジションだけど、真面目に頑張って来たわ。幸せになっても良いのよね?これ、どんなフラグ???
恋は盲目。
頑張る悪役令嬢ちゃん!しあわせになってー!
というお話。
お付き合い頂きありがとうございました。