Episode 3.
「おはよ、龍君。」
「ちぃちゃん、珍しいな。どうした?」
いつもは夜に来るちぃが朝に来たのだ。
朝は苦手なはずだが…
「今日は大丈夫なの、影にいればね。」
影は濃く、ちぃの姿が一瞬消えた様に見えて彼女は焦った。
女性らしい黒の髪が風で靡く、
バレッタで止めた緩く弧を描く美しい髪、
美人だが影に居るのが勿体無い、やはり影でしか生きていけないのが残念だ。
絵のモデルにしたいなぁ、と考えていた彼女にちぃは微笑む。
「記憶、戻った?」
「まだだ。いつもそればっかだな。」
彼女はちぃにそっと近付く。
自分よりも小さいその身長に問いかけた。
「本当にどうしたんだちぃちゃ…」
「龍君、血吸わせて?」
(定期吸血の日か、忘れてた。)
「いいよ、あんまり飲みすぎるなよ。」
「うん、いただきます。」
肩に噛みつかれ彼女は一瞬表情が眩む。
飲み終わるとちぃは満足そうに唇の血を拭った。
「龍君の血、美味しいんだよ。」
「飲んだことないし飲もうとも思わない。
……けど、そんなに美味しいのか?」
「うん、人間が食べる物はあんまり美味しくないから嫌いだけど…
龍君は好きだよ、美味しいから。」
___「ちぃって呼んで。私本名は捨てたの。」
愛らしいあだ名で呼ばれることを酷く望んでいる、この組織の中でも1、2を争う程謎の多い者。
彼女はクラウンに言われた事を思い出す。
「あんま血与え過ぎんな、吸血鬼はそこから取り憑くからな。」
ちぃは影を辿り屋根裏へと上がる。
彼女の部屋は屋根裏で他数名と暮らしていると聞いた。
彼女は先程噛まれて血が出ている傷口を包帯で適当に処置した。
(包帯使いすぎたな…今週怪我してばっかだったし、医務室に取りに行くか。)
彼女は赤くなったシャツを脱ぐ。
替えのシャツを着終わったところでドアが開いた。
「うわぁ!?」
「うお!?着替えてたか!?すまん!」
「いや、ビックリしただけだよお兄さん。」
クラウンは謝りながら入ってくる、手には見慣れた物が入っていた。
「眼帯と包帯じゃん、どうしたのそれ。」
「龍巳に届けろって言われた。」
「サド医者に?あいつが優しくなるのちょっと怖いな…」
クラウンは確かに、と苦笑する
彼女は眼帯を付けて包帯を棚に置く。
これで暫くは大丈夫そうだ。
「で?他は?」
「仕事。」
「…」
龍巳は書類を手に取ると嫌そうに見る。
著名な政治家、その秘書、部下数名…
彼女はやはり、仕事が嫌いだった。