①さよならアカデミー
「あー、雨だよ」
「マジか〜、今日って晴れ予報だったよな」
「そうそう、降水確率0%!」
「気象予報士最悪っ!」
「抗議しようぜ」
黒い雲が空を覆い尽くし、雨がしとしとと降り始めたかと思うと、その勢いは増し、本降りとなった。
校庭では多くの教師たちが手を空に向け、呪文を唱えているが、効果はない。
教室では外を眺めながら口々に子供たちが不平不満を漏らす。
レイナは教室のドアをそっと開けて中に入った。
一斉に教室内の視線が彼女に向いた。
「お前か!」
「レイナ、また雨を降らせたな!」
「どうしてくれるんだ!」
口々にクラスメートたちがレイナを罵る。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…」
レイナは俯いて、ひたすら謝罪の言葉を呟いた。
消えたい…。
レイナは、教室の自分の席で身を小さくしながら座っていた。
どれだけ気配を消そうと息を潜めても、クラスメートの非難めいた視線が降り止むことはない。
それはそうだろう。
なにせ今日は皆が楽しみにしていた学祭の予定だったのだ。
校庭いっぱいに各クラスの模擬店が並び、中央では得意の魔術を使ったショーの数々が披露されるはずだった。
教室の後ろの方には、もう役に立つことはない使う予定だった道具が寂しげに並ぶ。
気象予報士が降水確率0%と予報した日を選び、念のために教師たちが雲払いまで行い、万全の状態でこの日を迎えたはずだった。
なのに、雨。
レイナだって楽しみにしていたのだ。
4月に王立魔法アカデミーに入学して半年。
はじめてのお祭りなのだ。
ただ、楽しみにしすぎた。
興奮したり緊張したりすると、レイナは制御がきかない。雨が降ってしまうのだ。
おかげで、この半年、レイナが発表するときは雨、試験の日は雨、遠足は雨…。
はじめは今年は雨が多いなぁ、と思っていたクラスメートたちも気づいてしまった。
犯人はレイナだ、と。
なにせまだ12〜13歳といえども王国で選び抜かれた子供たちである。レイナが発する気の異常に気づかないはずがなかった。
が、未だに誰にもレイナが雨を降らせるのを止められずにいた。
それでも、これまでは降水確率30〜40%の中での出来事だったから、まぁ、仕方がないよね、で済んでいた。
が、今回は降水確率0%予報の上、アカデミーの教師たちが念のために雲払いまでしたのに、である。
「どんだけだよ…」
じっとりとした目でレイナが見られるのも、ある意味仕方がないことなのかもしれなかった。
「ちょっとレイナさん」
どうやら雨を止めるのは諦めたようだ。
教師たちが続々と校舎内に引き上げてきた。
レイナは、教室に入ってきた教頭にそう声をかけられ、教室の外に呼び出された。
「ちょっとついてきてくれるかな」
そう言って連れてこられたのは、校長室。
外では雨の勢いが一層強くなっていた。
校長室の中では校長、副校長をはじめとした主だった教師たちが、渋い顔で座っていた。
「ゴ、ゴメンナサイ…」
レイナは、気がついたらまだ何も言われていないのに頭を下げて謝っていた。
そんな様子を見て、校長がため息をつく。
「謝るということは、自分が何をしたかわかっているのですね?」
校長の言葉にレイナの顔色はますます青くなった。
「このアカデミーの学祭は、王国の方々もわざわざ足を運ばれる伝統的なものです。そのため、万全の準備をしてきました」
鋭い視線がレイナに刺さる。
「あなたはそれを台無しにしたのですよ。開校以来の大不祥事です!」
「ゴメンナサイっ‼︎」
アカデミー1年生のたった一人の力の暴走を止められなかった校長は怒りに震えていた。
「レイナさん、あなたは退学です!すぐに出て行きなさい!今すぐです‼︎」
王立魔法アカデミーの掲示板に1枚の通知文が張り出された。
『1年のレイナを素行不良につき退学処分とする』
それを、一人の少年が冷ややかな目で見ていた。
窓から外を見ると、ようやく雨は止み、その中を一人の少女が校舎に背を向け、トボトボと遠ざかっていった。
彼女が引くキャリーバッグの車輪が鳴らすガラガラという音がやけに大きく響いていた。