Ⅶ
「遅い…」
先程トイレに出てから40分は経っただろうか、いくら何でも遅すぎる。
ふと、俺の知らない間に良くないことが起こっているかもしれないと思い、廊下に出る。
トイレに行くまでも無く、目に飛び込んでくるのはいつもの様にニコニコと笑うメイドの姿と部屋に戻る兄貴の姿。
俺は思わず身構えて言葉を選ぶ。
「なぁ、あの子は?まだトイレ???」
途端にスっと表情が無くなる、それと同時に放たれた言葉は俺の質問に答えないものだった。
「それよりも次男様、コインを見てませんか?」
「俺が先に質問したんだろうが、答えろ。」とコインを見せる。
「あら、次男様が持っておられたのですか、それをいただけるのであればお教え致します。」
俺は軽く舌打ちをメイドに向かって乱暴に投げつける。
「確かに受け取りました。…こちらです。」
メイドに案内された場所はトイレから逆方向の、いつも女の子達に通している見慣れた客室の前。
「ここですわ。」と言われて入ったら確かに女の子が居た。
説明も何も無いので、疑問に思わないわけがなく、「おい」と言葉を発するとメイドが「鍵をくすねられておりましたので緊急の対応をさせて頂いた次第です。」と。
「では、私はこれで失礼致します。」
後方でバタンと扉の閉まる音が部屋に響く、俺は女の子に向かって語りかけた。
「ねぇ、何でこんなことしたの??君とはもっと長く親密に付き合っていくつもりだったのに。」
「何で?何で?」
静まり返った部屋、彼女は何も答えない、沈黙が続く。
暫くして、この空気に耐えられなくなった俺が彼女を殴った。
…筈だった。
ヒュッと拳は空を切り、女の子は居なくなった。
現状が理解出来なかった俺が1つだけ分かること。
それはかつて魔女であったメイドの仕業だということ。
俺は慌てて踵を返し、急いで部屋から出て1階に向かった。
「森出身…」
放心する私を見て彼女は「そう、要は魔女?的なあれよあれ。」と軽く告げる。
「あ、でも、書物に書かれてる魔法とはちょっと違うかも??そんなホイホイ使えないし、条件というか、生贄がいるんだよねぇ?」
ほう、生贄か…なんだろう?
生贄と聞くと生き物な気はするが。
考えていると、メイドが「人間とかねぇ」と答える。
とっても愉快そうに、楽しそうに。
ただ瞳の色は濁ったままで。
「取引と行こうじゃないか!私の願いをひとつ聞いてくれたら、あんたを駅まで逃がしてあげよう。」
「もちろん、コインだって取り戻してあげる。」
随分太っ腹で都合の良い話ではあるが、私はこれに掛けるしかないと直感的に思った。
「お願いとは?」
恐る恐るそう聞くと、ニターと笑い「主人殺し」と述べる。
聞きたいことは山ほどあるし、上手い話しすぎて乗せられているとも思ったが、彼の部屋を出てきてから結構時間も経っている、考えている暇や、理由を聞いている暇など無さそうだ。
餌としか思われてないなら、油断も隙もチャンスもあるだろう、無理難題ではないな。
それに私はこれに掛けるしかないんだ。
コクンと頷き了承した「後で理由教えてください。」とだけ添えて。
「交渉成立」
嬉しそうなメイドが、私を主の元へと手を引いた。
コンコンと軽快な音がなり扉が開く、とそこには2人の男がいた。
「主様、長男様、少し宜しいでしょうか」と先程のそれが嘘に見える態度で2人の男に語りかけたメイド。
「おぉ、なんだお前か。」と主の男は答える。
「次男様が行かないと駄々を捏ねられているようですね。」
男二人はハッとした表情の後、メイドに頷く。
「ですから主様、先に女の子を連れて参りました、暫くは新しい女の子を買うことも慣らすことも出来ないでしょうからこの子を切り札に使うんだと思うんですよ。」
メイドの女は私の頭を笑顔で撫でた。
「ご安心ください、この子は耳が聞こえないみたいですので。
後は宜しくお願い致します、主様。」
「長男様」と声を掛けた後、出ていく2人を見る。
そう、私は主の男と2人になったのだ。
,