81 血の誓約3
冒険者たちを縛り上げ、傷を癒した頃。改めてお互いの説明をした。
私に何があったか、逆にフィレナたちに何があったのか。
「血でゴーレムを呼んだ……なあ……」
ロシェは、私の後ろで大人しく座るゴーレムたちを眺めていた。ちらっと足や腕を潰された冒険者を確認して、引き攣った顔をしている。
フィレナもゲンナリと腕を組んでいた。
「エゲツないわね」
「相田さんに暴力を振るわれるのもまた一興」
「振るわないよ?」
伊藤さんは伊藤さんでいつも通り過ぎて怖い。これがいつも通りと思うようになったのも不思議だけども。
というか、私がやったみたいになってないかなコレ。
心配そうに見上げるスパイダーを撫でて、わざとらしく咳払いをした。
「それよりロシェたちは何でここに?」
彼女たちが探しに来る可能性はもちろんあった。でもそれは場所が特定されていたらの話。広大な森の中、一人の人間を探し出すのは不可能に近い。
ロシェは感知系の魔法を使えるけど場面が限定されるし、ナイトは私の気配を追えるけど遠ければ大方の方向のみだ。
瞳を細めたロシェは、にこやかに近付く。
「のんきな顔しやがって、どんだけ心配したと思ってるんだ。あぁん?」
「いっいだいいだい!」
頭を両拳でグリグリーっと万力の要領で締め上げられた。にこやかな笑顔は、とても笑顔には見えない。
「それに、お前がいない間の大変さ分かるか? こいつらの対応を丸投げされる気持ちが分かるか? 分からねぇだろ? シワ寄せが全部来るんだよクッソ面倒なんだよ。ナイトは八つ当たりするし志乃は志乃でエアーで桜と会話してるしよ!」
「エアーで私と会話って何」
「対応に追われてたらドラゴンベアーたちがやって来て、付いて来いと言わんばかりに誘うから仕方なく付いてったんだ。そしたらお姫さんたちが戦ってるわなんやで」
私の肩に張り付く歩行型キノコが、元気よくジャンプしていた。なるほど、魔物たちがロシェたちを連れて来てくれたんだ……。でも何でだろう?
「ドラゴンベアーと歩行型キノコの逆襲……」
ポツリと零したのは、盗賊もとい冒険者の女性だった。彼らと仲間割れをした一人だ。
一応は縛られているが、了承してもらってるし手荒くは扱っていない。味方のフリという可能性を考えた伊藤さんの提案だけど、警戒するに越したこと無いのは確かだった。
「逆襲ってことは何かしたの?」
「——ええ。サクラさんを襲う手段として計画したことなの。えっと、説明するには最初から話さないといけないわね。なぜサクラさんを襲ったのか」
知りたい。誰かに狙われることなんてしてないから、寝耳に水な出来事であった。そもそも私を殺して得があるのかと。
「君たちが私を罪人として殺そうとした理由って、依頼だか何かが原因だよね。調査依頼だっけ」
「よく覚えてるのね。そう、私たちはギルドで人の調査依頼を受けたの。ギルドで審査を受けたごく普通の依頼よ。でも依頼の話を聞きに行ったら、あなたが卑劣な隠れ犯罪者だと話をされたわ」
「まあ仕方ないわね」
「えぇー? 卑劣な隠れ犯罪なことしてないと思うけど」
「確かにしてない。でも普通に考えなさいよ。貴女が魔物を従えてる姿を見れば、話に信憑性が増すでしょう? そりゃ俄然やる気にもなる」
魔物を見て驚いてたもんなあ。私には不可抗力だと思うけど。
「だ、だって殺されかけたんだよ?」
「それは、ごめんなさい。とまあ依頼人はこう言ったの『首を取れば報酬も弾むし名声も轟く』と。殺しを非公式依頼してきた。もちろん違反行為だけどね」
依頼人の差し金で私は狙われて、冒険者はけしかけられたってことか。冒険者が盗賊のフリをしてたのも、自分たちが違反してることをバラしたくなかったからだろう。
——いや、冒険者ではなく専門の方にお願いすれば良かったんじゃ?
「でもみんな元々は殺し屋じゃないから、殺しがイヤだったの。だから——魔物を使って殺そうとした」
キノコが何か伝えようとしていたのを思い出す。あれは、このことを伝える為だった?
「どんな方法なのですか。魔物を使う、といっても生き物ですよ。思い通りに動くとは思えません」
髪を撫で付けながら伊藤さんは首を傾げた。
そうだ。魔物で殺すにしても、私を狙って襲わせるのは大変だろう。実際に襲われたから方法があるのはわかるけど。
女性は躊躇したように表情を曇らせ、後に頷く。
「ドラゴンベアーの親が離れてる間に子どもを一体殺して、親を怒らせて暴れさせたのよ」
「しかし私たちを狙って襲わせるのは難しいですよね。匂いで分かるでしょうし」
「その匂いを利用したの。歩行型キノコを捕まえて、私たちの匂いを付けて放つ。キノコは危険を読み取ると巣に戻る習性があるのよ。すると一定方向に逃げるから」
「襲わせることが出来る……」
帰巣本能。キノコがわらわら現れた後にドラゴンベアーが現れたのは偶然じゃなかったんだ。
キノコはいかにも怒ってますよ、という感じだが彼女には伝わっていないと思う。
「もちろん私たちが近くにいると襲われるから、全力で街に戻ったわ。そのあと様子を見に行ったら生きてるんだもの、本当に驚いた」
「死にかけたけどな」
失敗に終わったから、直接手を下す方法に切り替えて今に至るわけだ。それも失敗に終わったが。
魔物たちの復讐は、ロシェたちを引き寄せフィレナたちを救うことに繋がった。感謝するべきかもしれない。
「何よジロジロ見て。気持ち悪い」
「なんでもない」
気持ち悪いって言われた……。今度からあまり見ないようにしよう。傷付く。
経緯は理解できた。が、問題はこれで解決じゃない。
「依頼人について教えてもらえるかな?」
なぜ私は処分されかけたのか、そう画策したのは誰なのか。根本的な問題を解決しなければ、また同じことが起きる。
「依頼人はクグロフ伯爵よ」
伯爵ってことは貴族様だよね。変なところから恨まれてるな。何かした覚えがないんだけど。
しかし一人だけ反応が顕著だった。
「クグロフ卿……またアイツが絡んでいるのね」
「また?」
姫様の呟きに全員の視線が集まる。彼女は苦い顔をするが、もう遅い。
「フィレナは知ってるの?」
「まあ、ね。あまり良い話は聞かない人よ。なんでも聖法侵略事件はクグロフ卿が一枚噛んでるって話だから」
初耳だ。あの事件が聖法侵略事件なんて名前なのも、他に聖法旅団とレジスタンス側の協力者がいたことも。
彼女は定期的に城へと赴いて、女王や王子と会いに行っていた。私との話だけではなかったのか。
「証拠もないから確実とも言えなかったけれど」
「尻尾が掴めるな。狙われた理由はともかくとして、どうする?」
「普通に冒険者を訴えるだけで済む問題ではありませんね。相田さんを傷付けた元凶を、根絶やしにしなければなりません」
「腕が鳴る。刀の錆にしてくれよう」
「何をする気なのかな……」
不穏なセリフに、妖しげな瞳に、ヒヤリとする。伊藤さんとナイトだけではない。ロシェとフィレナでさえ否定もせず、何かをする空気が滲んでいた。
結局、その何かは教えてくれないまま、帰宅することとなったが。
*
「ね、また会えるかな?」
イツデモ、王ノ側ニ居ル。
「よかった。じゃあまたお話をしよう——傀儡送還」
土に還り、木に戻るゴーレムたち。見送った後、どっと疲れが現れる。ふらつく私を支えてくれたのは伊藤さんとフィレナだった。
「……ごめん」
「何に謝っているんですか?」
「その、イロイロ」
「今さらですね。相田さんの奇行に慣れつつありますけど、心配になるのは当たり前ですよ。こんなボロボロになって。なぜ転移しなかったんですか」
「うぅ……忘れてた。本当にごめん」
「そうやって気付いているだけマシになったと言えますかね。はあ、フィレナさんがちゃんと手綱を取っていれば……」
「は? 手綱を取るのはシノの役目でしょう?」
人を馬みたいに。でも心配させてしまったのは本当だ。二人はまた肩を貸してくれた。あーあ、伊藤さんの白い制服もフィレナのドレスも、血で汚れてしまう。
「治癒魔法を優先的に覚えて正解でしたね。使わないほうが嬉しいですけど、今後も大活躍しそうです」
「悪かったわね。攻撃ばっかで」
「いいえ、相田さんの役に立てるので良いですよ。フィレナさんは存分に脳筋でいらしてください」
「ふん、私だって————何でもないわ」
「二人とも仲良しだよね」
どこをどう見たら仲良しよ。
違いますからね。
否定する言葉とは裏腹に、支えるコンビネーションはなかなかである。微笑ましいけど、ちょっと疎外感を覚える。前はこんなこと感じたことなかったのに。
「お仕置きが足りないみたいなので、スペシャルバージョンでしますから」
「ん?」
さらっと伊藤さんが呟いて、フィレナは回す手に力を込めた。
「おまじない、しないとならないわね」
「え?」
顔を背けたままムスッと呟く。二人の間にピリついた空気が流れて、追及する間もなく連行された。
伊藤志乃のなんとか室
「ふっ……刀の錆にしてくれよう」
「本物の地獄を見せてあげる必要がありますね」
「こええええ!!!」
「ま、今回は仕方ないわ。存分に暴れるべきね」
「お前らなあ。……にしても桜は、廃魔なのにゴーレムを召喚したのか。毎回驚かされるな」
「魔物の群れが来た時も驚いたけれど、地響きの後に大量のゴーレムが現れた時は終わったかと思ったわ……」
「全員が降伏した瞬間だったな」
「おまけに相田さんは傷だらけですよ。死刑ですね」
「笑顔なのに怖えな」
「刀で優しく撫でてあげるべきだな」
「マジ顔すぎて怖えな」
「次回はサクラの療養中の話みたいよ。貴女たちの出番はないらしいけれど、知ってたかしら?」
「「「ええええええ!?」」」