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80 血の誓約2

 平たい場所に出たのだろう。ようやく雑な滑り台が止まった。


 意識は保てたものの、転がり過ぎて動くのがつらい。樹木と地に打ち付けた部分が痛みを訴えていた。オマケに腕と足が激痛。

 仰向けのまま上を見てみるが、一人で登るのは無理な傾斜だった。また滑り台再開になりそう。


 痛みを我慢して身体を起こすと、片目に何か入って視界が塞がってしまう。赤みがあるので血液だろう。額が切れてしまったらしい。沁みないんだなーとか呆けている場合ではない。目の前が見えないのは不自由すぎる。

 バッグから取り出した布切れで傷の辺りを抑え、水筒の水で目を洗い流した。とりあえず傷は塗るタイプの傷薬で抑える。これは傷が沁みて最悪だ。


 ついでに飲むタイプの傷薬も一発キメて、恐る恐る、腕と足の傷の状態を確認した。


 うっわー……ザックリ切れてるー……。


 血の気が引く。まあ実際に身体から血は引いているんだけども。今まで自分から見えない場所が傷付いてたから、大して自覚が無かっただけらしい。リアルにグロい。

 ここまで流れ出していると、塗り薬も効果が怪しくなるだろう。


 どうしよう。早く治して上に戻らないと、フィレナたちが心配だ。

 心配なんて杞憂かもしれないけど、むしろ心配されてるの私のほうだろうけど! あまり離れたら彼女たちが上手く行動できなくなってしまう。


「大丈夫かいお嬢さん」


「————っ!」


 見上げると斜面を降りてくる斧使いがいた。

 いや、その後ろにも葉や枝を踏みしめる音が複数聴こえる。一人だけではない。


 焦りで汗が噴き出す。

 こんな早く追い付くなんて……。


 よく考えたらこいつらの目的は私を殺すこと。追ってくるのは当たり前だ。

 でも今は戦闘型の人形を持っていない状態。抵抗は限りなく不可能。

 足元からじわじわと恐怖が襲う。“私が殺されること”より、“私が殺されること”で“フィレナたちが動けなくなること”に寒さを覚えた。


 それだけはダメだ。


 ヨロヨロと立ち上がる。痛みが鼓動して身体のコントロールが上手くいかない。ふらつきながらその場を離れた。早く、早く逃げよう。


「追いかけっこか。久しくしてないな」


 楽しそうな声がひんやりと耳を刺す。

 歩くたび、熱い痛みが足から力を奪う。

 呼吸がままならず、喉から渇いた息が漏れる。


 乱立する木を支えに進んで、真っ白になりそうな思考を必死で保った。


「……絶対に……こんなところで……」


 先の見えない追いかけっこは、心を折ろうとしているかのようだ。



 *



 流れる。


 ポタポタ、ポタポタと。


 押さえる手から流れ落ちる。


 熱くこびり付く鉄の匂いは、もう慣れてしまったかもしれない。


 背後の声から逃げても、木を伝いながらでは離れるのは難しいだろう。そもそも血痕が目印のように地面や支えにしてた樹木に付いている。


「あーもう。人形使い本体はとんでもなく弱い設定なんて嘘であって欲しい……」


 独りごちても助けてくれる人はいない。

 また生傷だらけだ。心配されるだろうし怒られるだろうな。新しい制服はボロボロ。血染めの服なんて誰が喜ぶのか。少なくともファッションに疎い私でもダメだとわかる。


 メキッパキッ。背後の足音はすぐそこだった。


「廃魔でありながら良く頑張ったさ。でもキミはこれで終わりだ」


 否定出来ない。こんな時、人形が一体でも手元にいれば良かったのに。


 今から枝か葉っぱ、それとも土の人形でも作る? いやーそんな暇ないよねー。


 メキッパキッ。近付く影。


 樹木に背を預け、しつこいほどに追い掛ける私のファン達を眺める。


 汗が世界を歪ませても。最後の最後まで。



「諦めろ」



 振り上げられた刃。

 控える魔法使いの詠唱。

 私をただの廃魔と見ているだけではない証拠だった。敵として徹底的に排除する意志。油断は微塵もない。


 終わりの音が、諦めの音が、私を責め立てる。


 瞳を閉じる数巡。かろうじて見えた空は濁っていた。



 王ノ我儘ハ、ソレデ終ワリカ?



 誰の声だろう。

 わがまま……おわり……?

 そんなわけない。たくさんの約束も果たせてない。

 一つも、まだ。



 サア、呼ベ。



 底冷えするようで、どこか温かい声が背中を押す。


 メキッパキッ。


 瞬間、諦めかけた思考に走る音。最初から知っていたかのような確かさで、力が対流して動き出した。喉から声を振り絞る。



————傀儡召喚(ブラッドプレッジ)



 土塊人形(ゴーレム)木偶人形(ウッドゴーレム)。来て!



 メキメキ。パキパキ。



 ずっと響いていた軋む音が大きくなって、音源からは形作られる大きな人形。それは土などから生まれた、いわゆるゴーレムというやつだった。


 私を押し上げて大きくなる。形が出来るにつれて、私を肩に載せるよう成長してくれた。最終的に樹木と同じくらいの土人形となる。

 一体だけではなく、所々で出現するゴーレム。それも大小様々な人形。


「なんだ! こいつらどっから!」


 混乱する怒鳴り声が下から聞こえてきた。


 私にもどうなってるのかわからない。

 既存の人形は能力の範囲内でも、新しく人形を作る能力はない。作れたことがないのだ。多重能力であった頃でも無理。


 王ヲ守レ。


 集マレ、王ニ従エ。


 命令ガアルマデ、攻撃ヲスルナ。


 ゴーレムたちに悪い感じはしない。どんな存在か不明だが、私の能力範囲内であることは確か。


「お前ら落ち着け。土で出来た魔物なら水魔法で——アクアボール!」


「……? あ、あいつを守ったゴーレムは、まさか」


「木のゴーレムもいるだと!? それにゴーレムを守りやがった。知性があるのか? 火を使えば、いやそうすれば逆に……」


「この場合は元凶の魔物使いを倒せば解決だ。見てろ」


 霞む視界が何かに覆われる。ゴツゴツした岩石。ゴーレムの手だ。どうやら私を守ってくれたらしい。


 我ラガ王、命令ヲ。


 王って私のこと?

 よくわからないけど、何でも縋りたい。例え私を壊す能力だとしても……フィレナたちを守れるなら何でも利用する。


「お願い。敵を一人残さず捕まえてほしい。なるべく殺さずに。そして斜面の上で戦ってる仲間たちを助けてほしい」


 ワカッタ。王ガ望ムママニ。


 ゴーレムたちは呼応するように動き出した。「王ガ望ムママニ」「王ノ為ニ」「今コソ報イル時」……王になった覚えはないのだが、お願いした通り捕まえてくれていた。


 ただ、殺さずに〜の範囲が難しかったのだろう。暴れる相手には手や足を潰して、 半殺しの状態で身動きを止めていた。絶叫がこだましている。

 それを見ていた者は、青い顔のまま手を挙げ大人しく捕まっていた。……賢明な判断といえるだろう。


 ゴーレム団はぞろぞろと斜面を登って行く。


「君たちは一体何者なの?」


 王ニ従ウ者。


「私は王様じゃないけど……。どうやって現れたの? どう呼んだのかわからない」


 王ノ、血。血ニヨル権能。我ラハ誓約ニ従イ、召喚サレタ。


 血。血液で現れたってことか。そういえば今もドバドバ流れ出している。そんな馬鹿なことがあるのか、と思ったけど、元々馬鹿みたいな能力だしね。


「嫌だった?」


…………嬉シイ。ヤット王ノ役ニ立テル。


 嬉しいのか。強制されてるわけじゃないなら良かったの……かな。

 ゴーレムたちは血で勝手に呼び出されたってことだもんね。私の血にその力がある。そう考えて間違いないと思う。王だの誓約だの、色々わからないけど。


 おむすびの如く転げ落ちた険しい斜面の上。


 顔ぶれが少々変わっていた。


 フィレナを始めとする人形たちは無事。

 冒険者一同は縛り上げられている。十人くらいいるので、私を追って来た十人強の冒険者は隠れていた人だろうか。全部で二十人近くいたなんて、ちょっと過剰じゃないかな。

 そして何故かロシェたちがいた。置いて来たはずの三人だ。

 さらにビックリなのが、一匹のドラゴンベアーの子どもと、大群の歩行型キノコがいらっしゃった。たぶん前に会った個体で間違いないと思う。


 不思議なのが、全員が全員同じような顔をしていることだ。



 我ラガ王、命令ヲ。



「……とりあえず下ろしてくれる?」



 説明が面倒そうだな。

 苦笑しながら、地に降り立った。

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