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79 血の誓約1

 幻影綿花を詰め終えて収納バッグに詰めた頃。雲がどんよりと空を覆い、森は薄暗さを濃厚にしていた。

 フィレナに助けられちゃったけど、なんとか終わったことに安心する。


「多重能力といったけれど、もう使えないの?」


 歩き通しで疲れ切った体に鞭を打つ。

 疲れた。物理的に。森には慣れたと思ったが、思っただけだ。体は完全に不慣れ。ほど遠いな森ガール。


「人形使い能力以外は使えないよ。あの時を境に消えたから」


「他に何が出来たのよ」


「視る力、聴く力、言霊の力……分かってるのはそれだけ」


「それ以外にあるかもしれないのね」


「たぶん。でも理解して使ってたのはそれだけだよ。なんで使えたのかも、なんで消えたのかも分からないままだし」


 彼女はそれっきり声を発することはなかった。森のさざめきの中、私の息遣いと踏みしめる音が響くだけ。


 ロシェやナイトほどではないが、森の地理は覚えつつある。この世界に来たばかりの頃だと、ヘンゼルとグレーテル方式でなければ一人では帰れなかったが。

 一旦、足を休め水筒を取り出した。水筒といっても革袋の水筒。飲むのは未だに慣れなかった。一口含んで息をつく。まだ距離があるな。



「サクラは、力があって良かったと思う?」



 休憩のタイミングを見計らったのだろう。フィレナは珍しいくらいおずおずと訊ねてきた。

 質問の意図を理解するのに時間がかかったけど、きっと多重能力うんぬんの続きだろう。数分前の内容を姫様はずっと考えていたのか。

 苦笑したのがバレたらしい。ペンダントが急かすように明滅していた。


「難しいな。私にとってコレは、良し悪しの問題じゃないんだよ」


「……事故のことは残念だけれど、力があれば何だって出来たじゃない。良いことのほうが多いと思うけれど?」


「そう、かもね。でも私は力に見合う器じゃなかった。持ち過ぎると抱え切れないっていうか、重過ぎたっていうか……。振り回されるくらいなら、力なんて無ければ良かったとも思ってた」


 水筒を片付けて汗を拭う。そろそろ行こう。


「——だけど能力が無ければ私じゃなかったと思う。物心ついた頃にはあったモノだから。そうやって悩むのは不毛なのにね」


「私には贅沢な悩みに思えるわ」


 地を踏みしめ、枝が折れる乾いた音が耳に届く。

 贅沢な悩み……前にもそう言って興味を持つ人がいた。



 私の心が読めるの?

 未来が分かるの?

 お人形さんと話せるの?

 すっごい! こんなすっごいこと誰も出来ないよ。悩む必要ない。やっぱり自慢の——。



 知ってるのに、上手く思い出せない。

 変な子だった。バケモノと呼ばれる私に無駄に引っ付いて、どんなに怒られても側にいて背中を押してくれて、無口な私に飽きず話しかけていた。しかし名前も顔も、思い出せない。

 浅く息を吐いて頭を振った。分からないものは分からないな。


 早く帰ろう。


 歩む速度を上げて、胸元から咎める声が響く。


「ここら辺は起伏のある地形だから、注意しないと転ぶわよ」


「でも遅くなっちゃったし」


「そうね。とてつもなく心配してるでしょうね。貴女の身勝手な愚かしい独断専行で、気を揉んでいるのは彼女たちだもの」


「ぐ……返す言葉もございません……」


 みんなからお叱りを受けるのは明白だった。特に伊藤さんは何するか分からない 。……極刑だったら……考えるだけで身震いする。とんでもない痴態を晒しそうだ。これは謝り倒すしかない。


 謝罪のイメトレをしながら歩いていると、人の声が聞こえてきた。


 森に人がいるのは珍しいことではない。冒険者や木こり、狩人などが森で採集をしていることは当たり前。広大な森の中で、偶然に出会うことが少ないだけだ。


 ただまあ、話し声は刺々しい。ちょっと嫌な予感がするワケでして——。


「フィレナの意見を聞かせて」


 当然、姫君も状況を理解している。問いかけに動じることはなかった。


「出来るなら遭遇したくないわね。でも、ここら辺は地形的に迂回も出来ない。実質一本道だから正面突破しかないわ。人形を準備して様子を窺うのが良いかしら」


 彼女の言った通り、傾斜が激しくて道が限定されている。迂回するにも川や崖が邪魔をしていた。

 願う事ならこの道を安全に通らせてほしい。

 能力を発動してゆっくり近付いた。斜面を少し降り、生い茂る木々の間を縫っていく。複数人の声が良く聴こえてきた。


「裏切るのか。罪人を捕らえる、またとないチャンスに」


「私は犯罪者に見えない。きっとあの人にダマされているんですよ!」


「滅多なことを言うんじゃない。お前は間近で見ただろう? それに多大な報酬も名声も手に入る。ただ罪人の首を持っていくだけで何を今更」


「もし罪人でなければ、私たちこそ罪人です」


 一人の女性が複数の人に囲まれていた。目を凝らすが、ここからだと良く見えない。少なくとも不穏な空気であることは間違いないなあ。

 女性の隣に小さい少女が並んだ。


「僕もサクラさんって人が悪い人に見えなかった。それに、こんな集団で攻撃するなんて酷いよ」


「お前もか。全く、廃魔が魔物を使役してることを指摘したのはお前だろ」


「そうだけど、でも止めようよ。依頼を受けてからずっと酷いことばかりしてる。いくら弱小だからって……」


「はあ、もういい。この段階で裏切り者が出るとはな」


 サクラ——て、私のことじゃ?


 裏切ったらしい女性と少女。代表で対話していたリーダーらしき男性は、おもむろに斧を構えた。その斧に見覚えがある。私はつい確認したいが為に斜面から乗り出す。


「————ッ!」


 う、わっ……。


 足元の土が脆かったのだろう。軽く滑ってしまう。慌てて近くの木にしがみ付いた。危なっ!


「誰だ!」


 相手方に音が聞こえてしまったみたいだ。やらかしたことに気付くと同時に騒つく集団。


「バカ、早く隠れなさい」


 でも今から隠れて、あの二人はどうなるのだろう。斧を手にした男は確実に始末しようとしていた。

 それに、見覚えがあるのは一度会っているからだ。


「また会うなんて、考えてもなかった——なっ!」


 木に手を掛けて体勢を立て直す。思いっきり踏み出した。

 フィレナも口では隠れろと言っていたが、私の意図を汲んでくれたらしい。外に出た彼女は、一歩先に立ち腕を引っ張ってくれた。


 開けた空間に、前回も出会った盗賊団。いや、前回より増量した盗賊団がいた。中心にいる女性と少女、そして斧使いを覚えている。


「ほう。このタイミングで堂々と現れるとは」


 斧使いは興味深そうに笑んでいた。余裕そうだ。私たちの周りは油断なく取り囲まれ、袋のネズミ状態。満面の笑みなのも頷ける。自分は安全なところにいるのだから。


「奇遇だな。自分から売られたくなったのかい?」


 白々しい。


「嘘はつかなくていいよ。罪人として殺そうと考えてる相手にまで」


「はは、聞かれてたか」


 さほど問題ないと表情に出ている。つまり、問題ないようにするってことだろう。


 私を襲ったのは金銭目的じゃなかった。確たる目的で殺そうとしている。そう考えると私が罪人なのも謎だが、彼らの正体も謎に包まれている。少なくとも彼らは盗賊ではない。


「何なのよ。貴方たちは」


 姫が庇うように前に立ち、訝しげに問い掛けた。それに答えたのは斧使いではなく、意を唱えていた魔法使いコンビの女性だった。前に私がナイフを突きつけた人だ。


「ただの冒険者よ。私たちはギルドで人の調査依頼を受けて——」


「それ以上は話すな」


 斧使いの睨みに彼女は口をつぐむ。


「依頼内容を口外するのはマナー違反だ。しかもこいつらは黒。お前らが裏切るなら容赦はしないぞ」


 なるほど。盗賊こと冒険者が私を狙う理由は、依頼が原因ってことまで分かった。

 確かに盗賊にしては身なりが良い。フィレナも得心したらしい。だから魔法使いがいるのね、と。


「無駄話をしている暇はない。裏切り者と罪人に手を下す。罪人は特殊な術を使うぞ、みんな油断するな!」


「「「おう!」」」


 罪人だなんて勘違いされたまま攻撃されるのは納得いかないんだけどなあ。


守護人形(ガーディアン)照々坊主(テルちゃん)、彼女たちを守って。折紙吹雪(ディスターブ)、あの黒いローブ軍団に纏わり付いてきて」


 こうなったら全員出撃だ。

 テルちゃんズを護衛に回して、折り紙たちを後ろで待機してる男たちに向かわせる。

 スパイダーとファントムも意気揚々と登場し、威嚇していた。当然、冒険者たちは警戒して近付かない。

 ちなみにフィレナも近付かない。逆に魔物半人形(ハーフドール)コンビも、彼女の炎が苦手らしく後ずさっていた。


「優先はあの二人で良いのよね」


 振り返らず言葉少なに尋ねる姫君。

 もちろん前回よりも倍くらい増量した相手に勝てるとは思ってないが……魔法使いコンビを無事に離脱させるくらいなら出来るだろう。


「うん。救出したら逃げる」


 フィレナは方針は決まったとばかりに頷いた。華奢な体躯に不釣合いな大剣と、これまたドレスと似合わない炎が揺らめく。


「——火傷しても知らないわよ」


 約十人。人形と半人形(ハーフドール)たちで捌き切れるだろうか。


「スパイダーは上からテルちゃんズの援護、ファントムはフィレナの援護。できる?」


 キューキューシューシュー言ってるので大丈夫そうだ。スパイダーは器用に木登りして糸を射出。ぶら下がって木の間を乗り移る。

 ファントムは淡い緑と青白い火の玉をフヨフヨと浮かせていた。姫様の火と合わせたらとってもカラフル。ただの火の玉かは謎だけど……。


「早く貴女もこっちに来なさい」


 フィレナの声が耳に届く。頷いて近付いた。


 けど、すぐに立ち止まる。彼女は不思議そうな顔から焦りの色を露わにした。私の様子に覚えがある顔だ。


 向けられた悪意。風を切る音。


 デジャブっていうか、完全に覚えがある流れであった。


 慌てて半身に構えて敵への面積を減らす。が、少し遅かったらしい。後方に逸らしかけた二の腕が衝撃を受けていた。蹲りかけて、瞬間の景色に矢が見えた。ふくらはぎに掠り、熱が脳を焼く。

 バランスを崩して倒れてから、最大にマズいことに気付いてしまった。



「サクラーーーーッ!」



 私の後ろは——斜面だ。



 受け身も取れずゴロゴロ落ちる。身体を丸め、腕で頭と首を守るけど……意識が飛びそう。長い攻撃的な旅路に、死にものぐるいで耐えることになった。

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