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76 もふもふ

 ざく、ざく、ざく。

 草を払い土を踏みしめる。

 緑の香りを吸い込み辺りを見渡す。

 垣間見える空は曇天。少しだけ薄暗い。


 うーんさすがに慣れたなあ。我ながら順応が早いと思う。森ガールになれるよ私。


「本当に頑固よね」


 不意に聴こえた声。渋い顔にならざる終えない。この流れはかれこれ四回目である。次に話す内容も同じだろう。


「あそこで契約をすると決めても、条件内容によっては辞退することも必要よ」


「フィレナが私なら曲げないと思うけど」


「曲げるわ愚か者」


 曲げないだろうなあ。

 フィレナが延々と話しているのはドラジェさんとの契約についてだった。昨日、突き付けられた契約するに当たっての条件。



 “森で指定の素材を採りに行け。ただしあんたの力で遂行すること”



 私一人だけで森の中。とは行かなかったけど。


「監視役が居るわけじゃないのよ。シノたちも連れて来て良かったわ」


 確認する術は特にないのでロシェや伊藤さんと来ることも出来た。けれど現在、周りに誰もいない。


「約束は破れないよ」


「でもナイトは貴女の使い魔の位置付けでしょう? それに私たちも、その、契約してるのよ。好きに使うべきだわ」


「フィレナたちは奴隷契約の仲でもあるけど、手伝われたら一人の力じゃなくなるし——ナイトも同じで一人の力にならない」


 絶対に付いて来てしまうので、みんなには内緒で森を探索中。ナイトにさえ黙って来た。


 ただ半人形(ハーフドール)はそうもいかない。一緒に来てもらってるけど、あくまで離れられないからだ。協力してもらうつもりは微塵もない。

 外に出ていいのは、私の指示か危険だと判断した時だけ。そう約束したけど、フィレナはずっと無視。ちょっと不安。


 とにかく、私が一人でも達成できる力量があると証明する。


「もうあんなことがあったから盗賊はいないと思うけれど、ドラゴンベアーみたいな一人で手に負えない怪物だっているのよ」


「絶体絶命のピンチになったらフィレナたちに頼るよ。私も手札が少ないし」


「変に気を回して無理をされるとこっちが迷惑なのよ。私たちのことばかり気にしているけれど、サクラが死んでも私たちは死んだ同然なの分かっているかしら?」


「もうそれ四回目。これも四回目だけど、森の奥深くに行くわけじゃないし危険な場所で無理な採集を頼まれたわけじゃない。大蜘蛛の糸は難題だったけど、それより簡単で安全な内容だってフィレナもわかってるよね?」


「どんなに安全な場所でもどんなに簡単な内容でも、貴女は問題に向かって行くでしょう? それがしん……迷惑だわ。街中でさえ落ち着いたことがないのに危険な外で大人しいわけないでしょう。バカね」


「バカって……体が動いちゃうんだから仕方ないじゃん。ていうかフィレナだって——」


「ハッふざけないでくれるかしら。だから嫌いなのよバカ。大体、最近の貴女は——」


 フィレナに諭されて以来、素直に物事を言い合うようになった。今のところ口論にしかならない。

 呼吸をするように罵倒されるが、彼女なりの優しさが滲んでいてイヤな気分にはならなかった。……いや、罵倒されて喜ぶ体質になったわけじゃないからね?


 ともかく、不思議と騒いでいても襲ってくる魔物がいないから助かっている。


 おつかいの内容は、木の実ヒツジの羊毛と幻影綿花だ。名前だけ聞くと不思議な品々である。



「はあ……とにかく受けたものは仕方ないわね。まずは木の実ヒツジから採集しましょう」



 一本の木を見上げる。

 葉の間から見える白いモコモコ。

 あれが魔物の羊さんかあ。


 木の実ヒツジ。性格は臆病で、基本的に無害な魔物だ。丸っこい綿菓子は通常の羊より愛嬌があるだろうか。

 彼らは木に登り群れで身を隠す。その姿が木の実みたいに見えるからこの名称となったらしい。


「いっせーの」


「わわわ待って待って」


 木に蹴りを入れようとするフィレナにストップをかける。て、いつの間に外に出てたの。咎める視線も涼しくスルーされた。


「普通の木の実じゃないんだから、木を揺らして落とすのは止めよう?」


 揺らすどころじゃないキック体勢だったし。


「他に何があるのかしら。蹴り落としでもしないと無理よ。正攻法で登っても逃げられるのがオチだわ」


「あんなたくさん落ちたら大変だよ。怪我するかもだし。どうするの?」


「回収できるだけ回収して毛を刈りとるだけ。落ちても羊毛がクッションになるし、意外と魔法を使ってふわふわ降りてくるのよ」


 ヒツジさん、魔法を使えるのか。


「魔法、使うの?」


「睡眠魔法も使うわね」


「それって大丈夫なの」


 魔法を使われたら終わりじゃないかな?


 ふと見上げる。いきなり視界が塞がった。暗い。もっふりした感触を顔で受けながら剥がす。


「「…………」」


 木の実ヒツジだった。


 そういえば知っているだろうか。羊の性質を。群れることや草食である以外に、先に動くものへ従う特徴がある。

 木の実ヒツジは基本的に羊と変わらない性質を宿すのだが、こちらも例外なく羊らしい羊であり——。


 恐る恐る木に視線を向けた。

 緑の中からたくさんの綿菓子が降ってくる。ふわふわとこちらに向かう。


「ね。蹴らなくて良かったでしょ?」


「それは良いのだけれど、向かって来ているのは大丈夫かしら。貴女に引っ付くまではともかくとして、魔法の浮力が切れたら全体重がのし掛かるわよ」


「あー……」


 一匹一匹の重さは大したことないだろう。しかし顔にあの量の羊さんってキツいものがある。


 幻想的な風景だね〜とほのぼの観ている場合ではないらしい。

 くるりと方向転換して猛ダッシュ。とりあえず見付けたけど逃げます。もふもふで圧死は幸せそうだけどシャレにならない。


「絶対に手伝わないでよ」


「羊に圧迫されてても?」


「その時は助けて」


「我儘ね」


「私の行動理念そのものだね!」


「言ってる場合じゃないわよ?」


 後ろを確認すれば白いのがもっふもっふとバウンドして移動していた。なにあれ。


「浮力がある内はああやって進むのよ。しばらくして魔法が切れるから、その時に回収……の前で貴女に登ってしまうのかしら……」


 フィレナは当惑していた。そりゃあ普通なら人が近付くだけで逃げ出すのだ。私もそう思っていただけに驚きである。まさか大群で押し寄せるとは。


「バカみたいに魔物に好かれてるわね」


「なんでだろうなぁ」


 テルちゃんズを呼び、紐を括り付ける。走りながらだと手元が覚束ない。四体のテルちゃんに細工を終えたところで指示を出した。

 この子たちは難しいこと出来ないんだけど、最近は色んなことが出来るようになっていた。慣れかなあ?


「じゃあよろしく、守護人形(ガーディアン)照々坊主(テルちゃん)


 手を振ると私たちの背後を追走し、四体は散開。四方向に広がるテルちゃんズ。

 うん、大きさも申し分ない。では始めよう。羊収穫祭(シープキャッチャー)大作戦!


 例に漏れず、やるのは私でなく人形である。


 広がったままストップした彼らは、持たせた網をふわりと構える。網漁なんて初めてだけど上手く出来るだろうか。私がエサというのは複雑だけど。


「そういう知恵だけはあるのよね」


 綿菓子が避ける術もなくテルちゃん網に吸い込まれる。大丈夫そうだ。


「見直した?」


「バカだってことに改めて気付けたわ」


「フィレナって私のこと嫌いだよね」


「何を今さら。嫌いに決まっ……?」


 隣で眺めていた姫の様子が変わった。

 その顔は驚きと焦りを滲ませる。


「サクラ、ちょっとまずいわよ」


 ぽよんぽよんと跳ねて網に収まる木の実ヒツジたち。

 なにがマズイのだろう? 順調に見えるのにな。


「羊が魔法を——」


 フィレナが近付いて来たかと思うと、唐突に倒れ込む。倒れた姫の重みは私じゃ支えきれない。ぐらり。押し倒される格好で地に転がった。


「ふぃれ……な……っ!」


 同時に強烈な睡魔が襲ってきた。起きなければならないのに瞼を開けていられない。意識が混濁する。

 落ちる前に、のし掛かるフィレナの手首を掴む。私と同じ状態であれば寝るだけだと思うが……トクトクと鼓動する脈を確認できた。安心して意識を手放す。


 そう、眠気に勝てるわけないのだ。

 身を任せる他はないのである。

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