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75 布屋の主

 旅人の国。

 旅人が必ず訪れる地。


 商人が貿易に、学者が知識を求めに、冒険者が装備を整えに。


 単に観光する者、安住を欲する者、出会いを求める者。


 様々な人が行き交う活気あふれる街。

 昼夜問わず騒めく街。


 中央通りから外れた通りには一軒の布屋がある。

 人から隠れるように、光を嫌うように。

 しかし人を誘う呼び声が微かに聴こえるのだ。



 おいで、おいで。良いものが売ってるよ。



 限られた者にしか聴こえない声。それは小さい声だからでも、人がいないからでも、騒めきに掻き消えたからでもない。



 人ならざるヒトの声だから。



 色とりどりの布と糸。裁縫道具や洋服まで置かれたお店。ここでは洋服の作製や手直しもしているらしい。仕立て屋の側面があるのだ。


 服も支給された服とセーラー服しかないし、利用してみたいな。と、今を乗り越えなくては行き着く話じゃないんだけど。

 ふわふわ考え事をする私の周りはちょっと空気が怖い。


「…………」


 無骨な指で糸に触れる。ヤクザでも通るだろう強面は、さらに険しく歪む。小さいルーペを覗く目は鋭すぎて、誰か一人は殺してそうだ。

 クーベルの父にして布屋の主人ことドラジェさん。カウンターで真剣に品定めをしていた。その隣ではクーベルが息を飲んで見つめている。


 後ろをちらり振り返れば仲間たち。

 ナイトは直立不動のまま微動だにしない。ロシェは飽きたのだろう、立ちながら寝ていた。伊藤さんは楽しそうに店内を眺めていた。

 やがて物音が響く。改めて前を見れば、難しい顔を崩さないドラジェさん。


「どんなペテンをしたんだ」


 そんな睨まなくとも。ルーペを置き、イライラと大蜘蛛の糸を元に戻す。それでも手付きは丁寧。渋々でも本物であると理解している証だった。


「お父さん、あたしも見たんだよ。ペテンなんかじゃない」


「……市場にさえ出回らず採るのが難しい物を、短期間で手に入れる子どもが居てたまるかよ。幻と謳われる魔糸だぞ。しかも状態は良質。粘性もないから織物にも最適だ。量だってある。こんだけあれば豪邸が建てるだけじゃない、一生遊んで暮らせる。いや遊んで暮らしても余る大金が手に入るんだ。ペテンと疑うに決まっているだろう」


 あ、そんなすっごいスケールの糸なんだ。

 さすがです、スパイダー様。


 ドラジェさんは信じられないものを見るように私を見て、フリーズした。


「のはぁぁああああああああああっ?」


 そして野太い叫びを上げる。のはーって何。


「おまっ、クーベル、こいつらと一緒に行ったのか?」


「え、うん」


「はぁぁぁぁ? 危険な森に入ったんだろう? それで魔物とも遭遇するだろう? なんでわざわざ馬鹿な真似をするんだ。お前、魔物は泣くほど苦手だったはずじゃ……なん……は?」


 クーベルさん、やっぱり父上にお伝えしてなかったのですね……。ドラジェさんとんでもないくらい驚いてるよ。

 当の彼女は臆さず顔を上げた。


「もう昔のあたしじゃないよ。変わりたいって思ったから、ちょっぴり魔物も平気になってきたんだ。優しい人形のお陰でね」


 ちらっと視線を向けられた。一瞬だけ目が合って、また父へ眼差しを向ける。まっすぐ迷いなく。


「あたし、過去を振り返ることも未来に進むこともやめてた。我慢して笑ってれば幸せになれるって。でも笑うあたしを、笑わないで見てくれる人がいる。支えてくれる人がいる。じゃあ変わって驚かせたくなるじゃん。見返してやりたいじゃん」


「クーベル……」


「だからカッコ悪いクーベルさんとはお別れなのです。えっへん」


 シックでカッコ良いナイスバデーのチャンネーになるのだ!

 そう言って、もう既に路線を間違えてそうなポーズを取りながらニッカリ笑う。するとドラジェさんは震えて……くつくつ笑っていた。


「くく……はははっ、カッコ悪いか、これは抉られる」


 眩しそうに目をすがめ、クーベルの頭をわしゃわしゃ撫でた。


「クーベルは強くなったな」


「へへ、お父さんの子だもん」


 はにかむ彼女と嬉しそうな父上様に一安心。

 伝えるだけでもエネルギーは必要で、受け取るのにもエネルギーが必要だ。思うよりずっと大変なんだ。通じ合えて——笑ってくれて良かった。


「娘が変わると言って俺が変わらないわけにいかないな」


 ドラジェさんはガシガシ頭を掻きため息を漏らす。私を見てる?


「当初の約束通り、ここで買い物をしていい。酷いことを言って悪かった」


「いっいえ安心しました」


 忘れてなかったみたい。ホッと胸をなで下ろす。

 布屋の問題は一つ解決できたわけだし、当面の目標はクーベル母の熱病を治す方法を探すことだ。子どもを作る方法も探しつつ、かな?


「だがそれはそれとしてだ」


「はい?」


 え、話ってまだ終わってなかったの?

 怖い顔で睨み上げてくる。

 もしかしたら私を信じてないのかも。入手経路に疑問を抱いてるのかな。娘とのわだかまりが解決したって私の信用はイコールじゃないもんね。

 これで信じてもらえないなら、スパイダーを出して説明するのも手だ。でも魔物を従えて収納して歩いてるなんて知られたらマズいだろうし——。


「パトロンが欲しくないか?」


「は……い?」


 ニヤリ。クーベルとよく似た笑み。

 言葉に詰まる。パトロンって知ってる意味と同じなら、ますます意味がわからない。私のパトロン?

 なんか後ろでガタガタうるさいけど振り向かないほうが良いだろうか。


「こう見えて前に住んでいた国では人形職人をしていたんだ。そこでは職人が人形術師のパトロンとなる制度があった。だから、ではないが、支援をしたいと思ってな」


 それはクーベルから聞いていた話だった。そのパートナーの術師から嫌がらせを受けた末に息子まで奪われたという。

 クーベルも信じられないものを見る目。驚きを露わにしていた。


「お父さんそれって」


「俺があんたに出来うる限りのバックアップをする。投資だ。あんたは俺に成果をくれればいい」


「えーとつまり?」


「相互支援。俺からは……そうだな。店の商品を好きに使っていい、服も仕立てよう。俺の作った人形も職人技術も使ってくれていいし、お仲間も自由に使ってくれていい。あんたからは素材を採ってきてもらったり、人形術師として人形を活用してほしい」


 パトロンとはスポンサーと似た感じなのだろう。悪くない話だ。むしろ喜んで受けたい。だけど——


「なぜ私なんですか?」


 そりゃあ人形術師的な立場だけど、私である必要はない。大蜘蛛の糸は私だけの成果じゃないんだし。


「俺に逆らった久しぶりの人間だからな。宣言したことをやり遂げる骨のある人間ならって考えただけだ」


「私だけの力じゃないですし」


「もちろんパトロンとなるに相応しいか見る為にあんたへ条件を出す。信じ切っているわけでもないからな。クリアしたら契約成立。どうだ?」


 試す眼光。

 ビジネスってやつなんだよね。私にとってもドラジェさんにとっても損のない関係。むしろ得のあるウィンウィンな関係。


 どういう心変わりなのか分からないけど、確かに彼は一歩を踏み出そうとしている。

 だったら、考え込む余地はない。慎重さで動かなくなるのは今じゃないんだ。


「お願いします」


「ほう、いいのか?」


「二言はありません。カッコ良くありたいのは私も変わりませんから」


 拳を突き出す。ドラジェさんは少しだけ目を見張る。そして一回り大きい拳を合わせた。約束だ。


 絶対に…………?


 気配を感じて振り返る。


 見られていた。ロシェたちの視線ではない。忍者さんたちでもない。もっと別な雰囲気を感じた。感じたことのない空気。誰かが覗いていた?


「どうした」


「いえ」


 誰かは分からないけど立ち止まらないよ。


 ドラジェさんが勇気を出して進もうとしている。その先に私を選んでくれた。だったら後悔をさせたくない。最高の選択であると、信じさせてみせる。


 かくして、人形使いと人形職人が手を取り合うことになった。

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