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74 瞳の奥に

 なんでなのか考える前に風が変わった。



 来る。



 魔物半人形(ハーフドール)コンビとテルちゃんズに合図を送った。呼応してこちらに戻ってくれる。ワンテンポ遅く斬撃が空間を裂いた。


「遅かったじゃねぇか!」


「悪い。立て込んでてな」


 現れたのは男女三名。どうやら最初襲った三人の仲間らしい。計六名となり元気を取り戻した。強気にこちらを睨み、構える。

 そっちに援軍かあ。本気で叩くつもりかな。

 六人中二人は魔法使いだろう。距離を取るだけで動く気配はない。四人、どうにか出来るだろうか。


 フィレナに目配せして走り出す。


 こうなったらやるしかない。


 突撃してくる四人に対するは二人。

 姫は前に立ち炎を纏う大剣を振り切る。


 警戒して動きが止まる敵の前線。隙を縫ってテルちゃんズを総動員させた。不規則に純白のラインを描くてるてる坊主。

 翻弄している内にフィレナが重い斬撃を一閃。剣士に防がれるけれど、テルちゃん攻撃を躱しながらでは上手く反撃に持っていけないみたいだ。

 防戦一方となる剣士を援護する矢もテルちゃんに弾かれた。二人目の剣士と斧使いもテルちゃんを相手に苦戦している。


 不機嫌な舌打ちがはっきり聞こえた。


 不機嫌なのは君だけじゃないよ。


 ()()()()()を眺めながら狙いを定める。()()()()()()へ向かい身を晒した。もちろんヒヤヒヤしながら。


 木から飛び降りた私。

 スパイダーの糸を命綱に地へ降り立つ。無防備な魔法使いコンビの背後を取った。手にしたナイフを女の首に添え、付いて来たファントムが隣の少女に取り憑く。引き攣る声。


 スパイダーレディのセカンドシーズン第三話のマネが上手く出来た。海外ドラマも観ておくものだ。ナイトに邪魔されてまで観た甲斐があったなあ。


 しかし、いち早くこちらに気付いた弓使いが矢を放ってきた。急な方向転換にテルちゃんは追い付かない。

 私は女を庇いつつ少女を引き寄せた。

 今はこれくらいしか出来ない。


 こっちに攻撃したら仲間まで巻き添えになるのに……!


 いつまでも衝撃が来ないことを不思議に思い振り返った。

 蜘蛛糸で絡め取った矢を見せ付けるスパイダー。得意げだ。タイミングを見計らって粘質な糸でキャッチしたようだ。

 安心して元のように女の喉元へナイフを突き付ける。……この人ちょっと耳赤いけど怒ってるのかな。


 弓使いの青年は絶望に彩られたままテルちゃんに強打された。次々と後方の異変に気付く襲撃者一同。



「君たちの目的は、なに?」



 不思議と空気が凍る。フィレナも、なぜか一歩後ずさった。


 シンプルに聞いているだろう。要求はなんだと、殺しなのか金なのか、はたまた違う何かなのかと。

 男が構えていた斧を下ろし一歩前へ出た。


「いい眼をしている」


 呟かれた言葉に耳を疑う。いい眼?

 男は何事もなかったかのように笑んだ。


「最初は金品を狙っていたがキミたちも高値で売れそうだと思ってね。一人くらい頂こうと思っていたんだ。悪いね、こちらも生きるのに必死なんだ」


 盗賊。浮かぶ単語に納得する。そっか人身売買ってやつもあるんだよね。


「教えてくれてありがとうございます。でも」


「ああ、ちょっと相手を間違えた。この場で危害は加えない。もちろんキミの仲間にもだ。代わりにこちらを見逃してくれないか?」


 徹底抗戦の意思を滲ませる男。思わず苦い顔になる。


 手は出さないから悪行を見逃せ、か。見逃せるわけはない。でも本気で抵抗されたら?


 ちらっと状況を確認。

 また賊と戦ったら、次こそ傷付けるかもしれない。仲間を人質に取られても攻撃するような相手だ。そんなことないと言い切れない。守れなかった時……脳裏をよぎる考えに寒気を覚える。絶対に、ダメだ。それだけは。


 ゆっくりナイフを下ろす。


 コクリと首を振る私に、安堵する賊。

 フィレナはありえないものを見ているような空気だが。


「分かってくれる優しい子でよかったよ。ありがとう」


 盗賊団は歩き去る。ぞろぞろ木々に消える影。見送り、力を抜く。とりあえず切り抜けたしみんなと合流しないとな。


 誰よりも姫が真っ先に駆け寄ってきた。


 そして衝撃が走る。


 頰を平手打ちされたと遅れて気付いた。ポカンと張られた部分を押さえて、銀色を追って、金色を見つめた。



「見損なったわ」



 憤慨。激情に揺られた瞳。

 睨まれてる意味がわからない。


「私たちが見逃したことで犠牲になる人がいるのよ? なぜ平然と見送れるのよ! 戦うべきだった。憲兵に突き出すべきだったわ。悪人にもお人好し? そんなの悪行に手を貸してるのと変わらないわッ!」


 揺さぶられながら彼女が言いたいことがわかった。ああ、確かにダメなことだ。異世界に来る前の私なら、真っ先に否定していた。きっと行動はもっと違う。


「愚かしいわ。怖気付いたの? なんでそんな」


 でも今の私には無理なんだ。


「——そうだよ。怖いんだ。元々臆病者なんだよ。もしフィレナたちを傷付けたら、もしフィレナたちを失うことになったら、ありえない“もしも”ばっかり考えて、でもありえるんだって目先の安全ばっかり考えてた」


 緩くなっていた涙腺は、また溢れさせる。もう枯れたと思ってたのに。


「私たちが死ぬわけないでしょう」


「……死んじゃうよ……」


 守るものが無ければ痛くないって、自分だけならって、わかってたのに忘れるなんてバカだ。恐れが心を曇らせる。


「そう言って死んじゃうんだよ。側にいるって大丈夫だって、みんな置いて行くんだ。なんでバケモノが生き残ってるんだよ……」


 もう目の前で死んでほしくない。

 生きて、側で私と——。


「サクラ……貴女」


 ゴツン。


 衝撃に後ずさる。目の前がチカチカする感覚。本日二回目の頭突きにお姫様をボーっと眺めた。


「目を覚ましなさい。人を殺さないでくれるかしら」


 不機嫌に、でも優しく手を握られる。温かい。


「私たちを信じなさい。簡単に死んでやらないわよ。怖いならもっと頼れば良い。みんなだって貴女を心配してるのよ」


 あれ、慰めて、くれてる?


 見上げる彼女は必死で、言葉より嬉しく思ってしまう。恐怖なんか消えてしまう。あれほど騒ついていたのに、単純なのかな。


「私は貴女が嫌いだけれど、泣くくらいなら気持ちを分けなさい。そっちのほうがマシよ。黙って走ってばかりなのは貴女の美徳なのかしら。迷惑極まりないわね。それに」


 言葉尻はキツい感じはしても考えてくれてるのが伝わる。“嫌い”が前よりチリチリした痛みはなくて、むしろ安心を覚えて——。



「私の大切な人にバケモノなんて言うのなら、いくら貴女でも許さない」



 な、なんか嬉しいけど、熱い。嫌いなのに大切な人ってなに、大切、大切って。パニックになりそう。フィレナも顔が赤い。

 なにか言わなきゃ、慰めてくれて、嬉しいって。感謝を。伝えようとしたけど、彼女の胸元にブローチを発見してしまう。声が上手く出なくなった。……着けてくれてる。


「う、あ……ごめ、嬉しくて……大切って」


 ダメだパニックだ。


 熱い顔を見られたくなくてフードを被って伏せる。

 大切だと思ってくれてたほうに気持ちが持ってかれてしまう。慰めてくれただけでも浮かれそうなのに。


 片手は繋がれたまま。そっと手の甲に指先で触れられる。それだけで熱さを加速させた。


「理解したのかしら。て、顔を赤くすることじゃないでしょう?」


「ちょっ覗かないでよ……!」


「——っ、隠すほうが悪いわ。人が真剣に言っているのに」


「近いって、わかったから離れて」


「離したらまた泣いてしまうでしょう?」


「泣かないから心臓がもたないから!」


「目を離した隙にコレですか。随分とお濡れになってお盛んですね」


「「わああああああああッ!」」


 フィレナと二人で飛び上がる。

 すぐ側に伊藤さんがニコニコ立っていた。良く周りを見渡したらロシェとナイトとクーベルもいる。


「いつからそこに」


 引き攣った顔でフィレナが問う。伊藤さんはもったりぶりながら唸っているが……わざとらしい唸り声である。


「あらいつからでしょう。確か『私の大切な人にバケモノなんて言うのなら、いくら貴女でも許さない』辺りですかね」


「しっかり覚えてるな」


「エゲツないほど間違えなかったね」


 お姫様、撃沈。そりゃあ必死だったから私たち以外にいると思わなかったし。……私の痴態も見られていたんだよね。うわーうわー。


「それより遅くなったな。見たとこびしょ濡れだけど怪我はねーか?」


「大丈夫だと思う」


「フィレナさん、変なことしてませんよね?」


「なぜ名指しなのよ。変なことなんて————っ」


「何を思い出したのでしょうね。詳しくお願い出来ますか」


「いっ石に戻らないといけない時間だわ!」


「あらあらシンデレラ方式でしたっけ?」


 しばらくお祭り騒ぎのまま帰ったので、魔物はほとんど現れなかった。こうして、恐らく無事に、本日の探索は終わったのである。

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