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70 心の仮面1

「二人っきりになって……あたしをどうするつもりなの」


「どうって、どうもする気はないけど」


「やっ……あたし、そんなつもりじゃなくて、でもあなたになら……あぁーん!」


「変な声ださないでよ。話をするだけだし、スパイダーとファントムとフィレナが居るんだから完全に二人っきりじゃないし」


「子持ちだなんてサアラは大変ね」


「サクラ」


 普通の人形ならともかく、半人形(ハーフドール)とは離れるのが難しい。もちろん遠くに行くわけじゃない。けど万一を考え、行動する時は必ず一緒なのが私たちのルールになっている。


 貴女があまりに動くから、人間に戻っていた時のほうがヒヤヒヤするわ。とはフィレナ談である。

 目を離していても大丈夫だから石の中のほうが安心するのだそう。


……そこまで動いてるかな。てか私は子どもか。


「で、連れ出してまでする話ってなーに? 悩み事? 恋のご相談? お金の話は協力出来ないなー」


 鉄の棒をくるくると弄び、口を尖らせるクーベル。


 確かに半人形(ハーフドール)の話だったら連れ出さなくても良い。みんなが居ても構わない。


「相談相手にこのお姉さんを選ぶなんてお目が高いですな奥さん」


「私じゃなくてクーベルから話したいことない?」


「その魔物とかお姫様が石から出たり入ったりしてる現象が気になる」


「それだけ?」


 虚をつかれたのか、軽く目を見張る。


「悩みがあるのは君じゃないかな。私はただのお客さんだから隠さなくていいよ」


 何かを我慢してるなーと思っていた。何かあるんじゃないかって。

 彼女はポカンとしてから、堰を切ったように腹を抱えて笑う。


「あなたといい、シノといい、変なの」


 変って。変なこと言った?

 不思議な顔をしていたのがわかったのだろう。笑いを抑えて深呼吸。嬉しそうなのに困ったような表情。


「ごめんごめん。あたしの周りであなたたちみたいな鋭い人居ないから。そっかバレちゃうか」


「…………」


 明るい笑顔ばかりだった彼女の珍しい顔かもしれない。

 対極にいると思っていた彼女は何故だか近く感じる。


「君の話が聞きたい」


「つまらないよ。楽しくないし暗ーい気持ちになっちゃう」


「楽しくなる為に聞きたいんじゃない。知りたいから、共有したいから話してほしい。本当に話したくないなら無理に聞かないから」


「でもあなたに必要な情報じゃないよ」


「それでも知りたい。今はクーベルのこと、いっぱい知りたい。……必要かどうかは私が決めるから」


「……っ、普通そーゆーのさらっと言う?」


 変なの、と呟く。こちらも珍しい顔だ。

 どんな表情なのか思案して、それよりどう聞き出そうか思案する。


 私ならどうかな。


 思えば相談とかって誰かにしたことはほとんどない。偉そうにクーベルから話してもらおうとしているけど、私だって誰かに吐き出すことは苦手だ。頼ることさえ出来なくて、素直に心を開くことあったかさえ謎で。

 主な原因は話す相手がいないから。うん悲しい。


 それでも私にはナイトや人形たちがいた。


 人間ではなく人形なら話しやすい、かな。


「じゃあ私を……ちょっと大きくて、ちょっとお喋りで、ちょっと動いちゃう人形だと思ってよ」


「へ?」


 目がまん丸だ。次第に言っている意味が理解できたのだろう。苦笑いで頰を掻く。


「昔からあたしのことずっと見てたってわけじゃないよね?」


「ん?」


「いや、なんでもない。でも人形か……人形ならいいよね?」


 人形になっちゃえ作戦が意外にもすんなりと受け入れられた。

 彼女は一歩近付く。引き寄せられ頭を撫でられた。撫でる手に、伊藤さんとは違う心地よさを感じて自然と身を委ねてしまう。

 楽しいのか額、瞼、鼻、唇、頰と触れていく。挙句は耳まで指が掛かった。くすぐったくて身をよじるところまで観察する瞳。


 人形だと思えとは言ったけど、人形遊びしろとは言ってないって。

 反抗するように目で訴える。知らんぷりしてるけど。


「どこから話そうかな……。友達にも話したことないから上手く話せるか不安かも」


 ぽつりぽつり。整理するように語るのは、彼女の生い立ちだった。



 *



 あたしの生まれた国は通称“人形の国”。


 人形によって栄えた国。


 人形を作る人形職人と、人形を自在に操る人形術師が生活する国。


 お父さんはこの国の人形職人だった。

 しかも最高峰であるマイスターの称号を持つ職人。カッコよくて自慢で憧れの存在。


 そんなお父さんであるドラジェを好きになったのは隣町に住むエルフのクレア。今のお母さんだね。


 順風満帆だった。あたしが生まれて、弟のトルテが生まれて、国の人々は優しくて、支え合って生きていた。


 この国には職人と術師が相互関係を結ぶ古臭い風習がある。職人が作り上げた人形で術師が芸を披露したことが風習の起源だーなんて、お爺さんずっと話してたな。

 職人の人形を投資の意味で術師に預けて、術師は人形を使って収入を得る。それは芸だけじゃなく戦闘でも手伝いでもあり。パトロンやパトロン契約と呼ばれて、相互関係が成り立っていたんだ。


 でもお父さんはずっと一人で職人をしていた。それじゃあ示しが付かないとかで術師と契約しちゃったんだけど。


 それが間違いだった。


 お父さんの作った人形が人々を襲う事件が起きた。最初は悪戯みたいな軽度なこと、どんどん傷を負わせるような酷いこと、火災も起きて……信用が落ちちゃった。

 もちろんそれは術師のせいとお父さんは言ったんだけど、術師はやってないとか人形の呪いじゃないかとか言い始めちゃって揉めに揉めた。


 仕方ないから違う術師と契約。

 でも問題は鎮静することはなかった。

 また違う術師と契約。

 でも問題が起こる。

 またまた違う術師と契約。


 変わらなかった。


 当たり前だよ。人形術師たちがグルになってお父さんを嵌めてたんだから。


 いくらマイスターでも冷たい目で見られるに決まってる。お父さんもぶっきらぼうなタイプだから説得することもなくて……一部の職人は擁護してくれてたけど、噂は尾ひれがついて大きくなるばかり。


 そしてついに大きな問題が起こる。


 お父さんの作った人形が魔物の大群を連れて国を襲う大事件。


 あたしたちも例外なく襲われた。

 理性を失った獣と人形に。


 それだけなら良かったのに悲劇は終わらない。お父さんの手で大切に作られた人形が、弟トルテの命を奪った。魔物に襲われたお母さんは熱病に冒された。お父さんは——心を閉ざした。


 何故かパニックを収めたらしい術師たちは英雄と称えられ、あたしたちは国から追放される処分が下った。


 隣国には既に犯罪者としてお触れが回っていて、あたしたちを受け入れてくれる国はなかった。


 途方に暮れた時、お母さんが倒れちゃって、もうダメだーって思ったよ。

 でも通りすがりの親切な旅人さんが助けてくれて、旅人の国なら移住できるんじゃないかって教えてもらった。だからこうやって生きていられるんだ。



 *



「悪運は強いの。でもあの頃から時が止まっちゃった。あたし何も出来ないままでカッコ悪いよね」


 昔を映す瞳は暗い色が滲んでいるのに、表情だけは何でもないような苦笑い。


 どうでもいい変な話でしょ? だからお父さんは歪んじゃって人形術師が大っ嫌いなの。お母さんも治らないんだよ。

 言葉のひとつひとつが、軽いようで重たい。



 なんで、なんで……。



 クーベルが不思議に首を傾げる。



「なんであなたが泣いてるの?」



 なんで君は、笑ってるの?



 平然と泣いたことのない顔。何も感じていないような顔。笑ってるのに心を突き刺す痛みは、私に雨を降らせた。

 ああこんな気持ちになるなんてわからなかった。一つだけわかるとしたら、


「君の仮面は、君を守ってるようで苦しめてる。鈍い私にも伝わるくらい苦しめてるよ」


「かめん……?」


 歪む視界に負けじと睨みつける。


 彼女を奪う仮面を。

伊藤志乃のなんとか室


「へへーあたしのターンだね!」

「はあ……」

「はいはーい。あからさまにため息吐かれると傷付きまーす」

「近付かないで下さい。相田さん以外の温度は感じたくありません」

「それ本人に言いなよYOU」

「そういえばクーベルさん、最近新しい風魔法を習得しまして——」

「やー、めちゃイヤな予感しかない振りですねー」

「早く帰りたいです」

「ねーここって相談室なんでしょ? 私の相談を聞いて欲しいなー」

「いやです」

「でもここでちゃんとした読者サービスないでしょー? もっとサービス! しないとね?」

「相田さんに脱いで貰いましょう」

「ちょっとはブレなよYOU……」

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