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07 異世界へ2

 リン……



「只今戻った」



 その時、森の奥から誰かが姿を現す。


 途端に伊藤さんとの間に漂っていた空気は霧散した。空気に飲まれていた私にしては助かったというべきか。もう彼女の表情は暗くな……


 て、顔近っ!?


 焦って伊藤さんから距離を取った。いくら何でも近過ぎる。本人は気にしてないみたい。間違いが起きたらどうするんだこの子。


 それから声の主に目を向ける。聞き慣れた声と鈴の音、馴染みのある雰囲気。全く警戒心はなかった。


 あれ、でも声の感じが——


「ナイ……ト?」


 ナイトだと判断したクマのぬいぐるみはそこに無く、居るのは、


「え、と、どちらサマ?」


 木漏れ日に光る金髪のツインテール。柔らかな顔の輪郭。小さい口と小さい鼻。つり目がちでビー玉の様な青の瞳。長い柔らかそうな真っ青マフラー。胴着姿に袴で帯刀している。


 こんな伊藤さんとまた違った美少女は初めて見た。少し年下のように見える。

 声の感じがおかしいと思ったのは頭に響く感覚ではないからだろう。人形ではない証拠だ。



「マスター、お気付きになられたか」



「………………ますたー?」



 この美少女にマスターと呼ばれる覚えが全く無い。ナイト以外そう呼ぶ者はいない。



「ああ、相田さん?」


「知り合いにいないなぁ」


「相田さん?」


「あ、伊藤さんの?」


「あの、相田さん」


「それなら納得」


「しないで下さい」



「……え、なに、あの子がナイトだって言うの?」



 信じられない。

 クマさんでぬいぐるみだよ?


「はい、そうみたいです」


 伊藤さんは嘘も冗談も言っている様には思えない。


「マスター?」


 小首を傾げる美少女。

 金髪が揺れる。




「って、ええええぇぇええ!?」




 なんてこった。




「マスター、いかがなされた?」


「こんな美少女知らん……」


「相田さん、この子ってぬいぐるみでしたよね?」


 呆然と美少女を見つめる私。

 その美少女と美少女な伊藤さん。

 私、今、両手に花じゃん。

 わーちょーハーレムー


 いやいやそうじゃなく。


「え、なんで知ってるの!?」


 思えば伊藤さんがナイトの存在を知るわけが



 あ、



「ああ……」


「その子を現場で見た時に動いてたんですから、意思のあるぬいぐるみなのは私にもわかりますよ」


「あぁあああ……」


「あの子はぬいぐるみだったはずです。ここで一緒にいましたし」


 そうだった。動揺し過ぎて忘れてた。


 噂の解決に至るまでを見ていた伊藤さんなら自然とわかってしまう。私が変な力を持っている事や意思を持つぬいぐるみといる事を知ってしまったわけだ。ただただヤバイ人じゃんこれ。


 いつもはバッグに入れているナイトだが、確かに誰もいないところで取り出していたのだ。学校でも外でも。ナイトもナイトで護衛するのにこの状態では難しいだろうと訴えていたので仕方無かった。


 下手するとぬいぐるみ離れ出来ないわ話しかけるわの痛い子になるんだけどな——という反論は受け付けられなかった。うー。


 でも伊藤さんが現場を見ていたのなら、いつから気付いていたのだろう?


 そう私が口を開こうとした時。


「マスター、姿が変わろうともマスターに忠誠を誓う私であることは変わりない。イトウとやらの言葉を信じて下さいませぬか?」


 彼女は息を吸って、澄んだ瞳で私を見据える。


「————私はマスターの鞘だ」


 その言葉にハッとした。私にそう言い続けるクマのぬいぐるみの幻覚が見えた気がする。


 真剣な表情の美少女。眩しい金髪に青いマフラー。澄んだ碧眼。


 彼女がナイト。


 信じられないけど、彼女の瞳は真剣そのものだった。


「な……ナイト……?」


「はい、マスター」


 柔らかく微笑む彼女。なぜかぬいぐるみから人間にレベルアップしたナイトが、そこにいた。


「そういえばナイトの肉声。初めて聞いた」


「肉声で合っているのか不思議だがな。この世界にそうなる原因があるのかも分からん」


 首もとのマフラーを握る彼女の表情は幾分明るい。言葉の割に嬉しそうなのは、人間になれたからだろうか?

 どちらにしても、ぬいぐるみでは分からなかった表情を見られるのは新鮮だった。


 まあ状況は良くわからないままなんだけど。異世界なんて、本当にどうすれば良いのだろうか。


「と、いうわけで頑張りましょう」


「どういうわけだよ……」


 可愛く両手を合わせて楽しげに笑う伊藤さん。


「大丈夫だ。ぬいぐるみにも戻ろうと思えば戻れる、と思うぞ」


 腰に手を置いて胸を張り得意げに通常運転なナイト。


「…………」


 何だよその謎な自信は。げんなりして返す言葉さえ無くなってしまった私。


 かくして三人は、異世界に飛ばされとある森の中で旅の始まりを告げようとしていた。










「あんたら何してんだー?」



「「「えっ?」」」



 全員揃ったのでナイトから状況でも聞こうかという矢先。どこからか聞こえる声に三人は驚き、身を固くする。周りを見回すが誰もいない。


「違う違う……こっちこっちー」


 なんとなく、頭上から声が聞こえるような気がした。三人は顔を見合わせてからゆっくり上を見上げる。




「あ、やっと気付いた?」




 木にぶら下がってニカッと笑う女の子がそこにいた。第一森人発見。


「え……っ」


「よ……っと」


 逆さま状態の彼女は反動をつけて、枝から手を離す。ほとんど物音をたてずにマントを翻して着地。顔に掛かった髪を払い私たちの前に立つ。


「やあ、こんにちは!」


 爽やかな笑顔を見せる女の子。


 人懐っこそうで柔和な表情と無造作に背中辺りで束ねた長い黒髪。学ランを連想させる服に、胸当てをしてマントを羽織っている。全てが闇に囚われたかのような暗い色。チラリとマントから見える胸元にはエンブレムのようなものが見えた。腰には長剣を差している。


 そして一番目を惹くのは



「……きれいな目……」



 感嘆してしまう。

 燃えるように紅く輝く瞳。

 ついウサギを思い出した。


「あぁーありがとなっ」


 呟いただけだったけど聞こえてたみたいだ。私に照れて笑い掛ける彼女からは邪気を感じられない。


 そしてこの人を見て納得してしまった。


 本当に異世界だと。


 確かにコスプレしたヤバイ人という線も消えない。でも何も違和感がないのだ。雰囲気から何まで。仮にコスプレならよく出来ているし、ここまで使用感を出すなんて拍手喝采だ。女優ならもう名が知れていておかしくないくらい堂に入っている。


「お主、何奴?」


 だが警戒心を緩めないナイト。鋭く彼女に言い放つ。


「ああ、自己紹介が先か?」


 すぐ思い直したように、ナイトを一瞥して変わらない表情。


「金髪の子は二人と違ってせっかちさんみたいだな」


「なっなにぃ?」


「おまけに血の気も多いみたいだ」


「き、貴様……」


「噛みつくなよ?」


「無礼な奴!」


 何食わぬ顔でナイトを怒らせて、さも楽しそうに笑う。

 いや煽るな煽るな……。

 意外とイタズラな面があるみたい。


 ナイトはぷるぷると震えて腰の刀に手が出そうになっていた。


「ナイト、ストップ。せっかくの第一森人発見なんだから斬っちゃダメ。問題になるかもだし」


「だが、しかし」


 私に制されて、しょぼんとするナイト。でも止めないと血が飛び散るでしょ……。貴重な出会いも無駄にしたくない。もちろんこの人がヤバそうな人ならナイトには頑張って貰うけど。


「森人て……ああいや、ご主人様はあんたか……」


 私に改めて目を向ける彼女。

 腰に手を当てて、言った。




「ボクはロシェ。宇宙人だ!!」




 どうだっ! と私達を指差して名乗った彼女、ロシェは宇宙人だった。



————ある意味ヤバそうな人かもしれない。



「って、んなわけあるかぁ!」



「ぐぼお!?」



 ナイトが小柄な体で跳んで行き、目にも止まらぬ速さで拳がロシェの顔面を直撃。




 ズシャアァ




 ロシェは地面を転がっていった。


「いや、確かに斬るなとは言ったけど……」


 そんな呟きは意味を成さない。私は額を押さえて盛大にため息を吐いた。

異世界入りして宇宙人が現れたことなので、次から週1か2くらいのペースで投稿させていただきます。

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