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69 糸玉の中

 大蜘蛛は差し出す手を前足でツンツンする。少しだけ様子を窺ってから移動してくれた。手から腕にかけてしがみ付いている。


「えーと初めまして、人間の言葉はわかるかな?」


 シューと前足でバンザイ。

 半分人形でも元が魔物だからか何を言っているかわからない。雰囲気としてはイエスって感じだし、そう信じておこう。


「じゃあ“はい”でその反応をして、“いいえ”で違う反応をして? 君は人間の言葉が理解できる?」


 シューと前足をバンザイしてくれた。


「君は人間の言葉が理解できない?」


 カチカチカチと音が響く。


 うん、問題ないかな。

 この調子でイエスとノーで質問していく。


 蜘蛛とお話をしている内に諜報人形(エージェント)として送り出した花びらの蝶や葉、草バッタが帰って来た。


「お疲れ様——初期状態(リセット)


 草花人形たちの能力を切る。

 動かなくなったのを確認して大蜘蛛に向き直る。


 大方の理解は出来た。フィレナと同じ状況下で解決法もわからず人形と化してしまった。


 ということで、望みもしない状態なら私が問うことは一つ。


「私たちも同じ状態の仲間がいて、術者をどうにかしようと行動してる最中でもあるんだ。もし良かったら一緒に来る?」


「げっ」


 今の声はフィレナだね。本当に虫苦手なんだなあ。


 まあ、お姫様以外のメンバーも一様にマジかーって顔してるので、蜘蛛がどうとかいう問題ではなさそうだけど。


「シュゥ……」


「大丈夫、私が守れるように頑張るし」


「シューシュー!」


「ああ糸が必要とか聞こえてたんだ。ホントに協力してくれるの?」


「シュッシュッシュッ……シュ」


「そんなに張り切らなくて良いよ。ん、その糸玉やっぱ何かあるの?」


 蜘蛛さん曰く、この糸玉は同じ境遇になっていた魔物を糸巻いたものらしい。自分が動ける内に安全な場所に移動させたという。獲物ってわけじゃなかったんだ。結構優しい。


 糸玉へ取り付き糸を解いていく大蜘蛛さん。


 出てきたのはこれまたボールみたいなぬいぐるみ。かわいいオバケのぬいぐるみだ。


「ロシェ、こっちもよろしく」


「……ああ」


 なんだかすっごい顔してるけど大丈夫だろうか。宇宙人と出会ったみたいな顔してる。

 ふと見渡すとみんなもそんな顔だった。

 大丈夫かな。女の子がやばい顔面しちゃって……。


 とりあえず糸太郎も同じように解放する。


 緑色の布を纏い、その隙間から覗くつぶらな瞳……のような灯りがキョロキョロと周りを確認。恐る恐るといった風にふわっと浮く。元気にフヨフヨと縦回転していた。


「ここら辺では見ねーけどアンデッドだな。小せぇゴーストってとこか」


「やはりお化けなのですね」


「よし糸太郎にもお話を伺おう!」


「いとたろー?」


 同じ要領で会話を成り立たせる。糸太郎も大蜘蛛先輩と変わらず人間の言葉を理解できていた。

 魔物って割と話ができるんだなあ。


 魔物という存在は未だに良くわかっていないらしい。

 魔力を強く持ち、異形で、凶暴。普通の動物より手が負えなくて人間に危害を加える。それくらいの認識だ。

 地域によっては魔物と心を通わせる国もあるし、逆に魔物と馴れ合う人間を処刑する国もある。魔獣使いも居るけど、一般的に魔物は忌避される存在。対話なんて考えもしないだろう。


「キュキュ!」


「それは話が早くて助かるよ。こんなことになって大変だったでしょ?」


「キュゥーキュ、キュキュー」


「照れるなあ。でもお礼を言うならこちらのクモ先輩にしてね」


「キュッキュゥゥ!」


「シュゥシュー!」


「ほら謙遜しなくていいから」


 元気で愛嬌のある糸太郎と気遣い屋で慎ましいクモ先輩。良いコンビかもしれない。


 大体の話がまとまってきたところで、ナイトが眉根を寄せて近付いて来た。どうしたんだろ。


「マスターは魔物の話す言葉が理解出来るのか?」


「ん? なんとなく?」


 ペットの飼い主の気持ちが少しだけ理解出来た瞬間かもしれない。どう思ってるかなんて全然わからないじゃんと考えていた。わかるもんだ。

 表情や動きのない人形より遥かにわかりやすい。


 しかし目の前の碧眼は複雑な色を宿している。

 よほどオカシイ状況なのだろう。


「ところで魔物たちは何と?」


「フィレナと変わらない状態だね。どっちもどうにかしたいから私と契約するって言ってる。頑張って働くからーってさ」


「本当にそんで良いのかよ」


 続いて近付く紅の瞳はもっとわかりやすく色を宿す。疑いと呆れ。でもそれだけじゃない。ホッとしている。どうしてかわからないけど。


「ダメなの?」


「ダメってーか、お前は底抜けのお人好しだな。抜けすぎてバカだ。バカめ」


 バカバカ連呼しなくても良いじゃんか。


 私をバカにする言動。前までのナイトなら即座に抜刀するのに、最近は少しのことで抜かなくなった。ロシェに心を許している証拠でもあって嬉しいけど、ちょっとだけ遠くに感じて、なんというか……。


「マスター?」


「え、ああ、なんでもないよ。私はバカだから変なこと言ってるのかもわからないけど、ロシェお願いできないかな?」


「はあ……しゃーねーな。超天才な宇宙人に任せろ」


 胸を張る彼女を頼もしく感じて頷き返す。


 こうして糸太郎とクモ先輩が仲間に加わった。

 どこぞのお姫様がお姫様らしくない声を漏らしていたが、気にしないことにした。



 *



 葉の隙間から差し込む陽光は今が最も強い時間。

 清々しい香りを肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。


 ああ空気が美味しい。


 元の世界に居た時は、食事に栄養補給以外の意味をあまり見出せなかった。最近では楽しみになりつつある。


 だから今日は一段と有意義に昼食を楽しめるのだ。

 快晴の下、森でピクニックしているみたいだ。


 ああ幸せ————だったら良かったのにな。


 若草色の鋭い視線が至近距離から射られてさえいなければ、最高に幸せなお昼になったろう。


「説明プリーズ、アタシ分からないネ」


 隣で果物をかじるクーベル。小指一本分しかない距離で食べないでほしい。自然とため息が漏れる。


 なんと説明したものか。


 人形使いの能力についてはともかく、半人形(ハーフドール)についてはクーベルに知られると面倒だとわかっていたのに。


 私だけ絶えず詰問される。ロシェ作のサンドイッチを片手にしているだけで上手く食べられない。

 当の奴隷として契約した半人形(ハーフドール)ズは、ノンキに昼ごはんしているのにな。どうして私だけなのか。


 ゴーストこと糸太郎はファントムという名前になった。理由はカッコいいからだ。うん。糸太郎と名付けようとしたら多数の反対意見が出たので仕方なくでもある。


 ファントムは基本的に食事が必要ない。

 必要なのは魔律と生き物の精気。何もしなくて大丈夫なのだ。ただ効率的に摂取するには食べることが一番らしい。


 今は私が差し出す果物をもきゅもきゅと食べていた。上手く食べられないのか、口まわり——というか服全体が果汁で汚れる。

 仕方なくサンドイッチの残りを口に放り込んでハンカチを取り出した。汚れた箇所を拭う。撥水加工でもしてるのかというほどキレイになった。スゲー。


 大蜘蛛ことクモ先輩はスパイダーと命名。安直というかまんま。喜んでくれて良かったけど。

 ピーターとかシンディとかエゼキエルとか、提案したのに全却下される羽目になったので仕方なくである。カッコいいのになあ。


 姿が見えなかったスパイダーは、一角ウサギを糸で巻いて運びこんでいた。


 で、ここで食べていいか許可を求められる。


 蜘蛛の食べ方って、獲物を噛み砕くか体内に消化液を流し込んで吸い尽くすか、らしい。

 見た目が良くないことを気にしているみたいだ。自分には普通でも、人間には気味の悪い捕食方法であると聞いたと言っている。


「私の前だけなら良いけど、とりあえず今は石の中で食べてくれるかな?」


 健気に頷くスパイダー。石に触れて収納。


 一匹だけ中で食事なのは可哀想だ。

 見た目良くない以前に、虫が苦手な人間も居るんだから気にしなくて良い気がするんだけど。


 お姫様はかなり距離を取って食べている。


 クーベルに半人形(ハーフドール)のことが露見した今では隠す必要性がない。今は虫の魔物がイヤであるのと、私から離れられないので板挟みらしい。


「て、無視すーるーなー!」


 ぐりぐり頭で攻撃するクーベル。

 構ってほしい年頃だろうか。


「その哀れみの目はやめて。チャチャっと教えてくれたら離れるからさ?」


「チャチャっと説明出来ないんだって」


 さっきまで魔物に顔を引攣らせていたのに、慣れたのかグイグイ攻めてくる。あのまま大人しければ良かったのにな。

 彼女の口元が果汁で汚れていたので、ついでに拭う。


「んむ……」


 ロシェと伊藤さんは食べながらこちらの様子を観察。ナイトだけは木の上。


 ナイトは平然としているように見えるが、ファントムが怖いらしい。

 物理的に斬れないからって理由で幽霊が怖いみたいだ。無口に拍車がかかるだけで顔に出ないんだけどね。


 図ったわけじゃないけど、こうやってバラバラなのは都合が良かった。


「じゃあ二人っきりで話さない?」


 私の提案に、彼女はニッと口の端を歪めた。


「いやらしい話?」


「今クーベルが想像してるような話じゃないよ」


「ナニ想像してるのか分かるんだー」


「少なくとも、そんなだらしない顔にはならないね」

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