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68 蜘蛛の糸

 蜘蛛といえば、海外ドラマで人気のあるスパイダーレディが印象深い。もうファイナルシーズンだったかな。


 一般的に煙たがられる虫の一種だろう。巣が張られると厄介だし見た目も不気味で嫌がる人は多い。

 害虫を食べてくれる益虫なんだけど、それをわかっていてもビビる。糸も絡まったらウワーと思うし。


「ねえ、もしかして虫嫌い?」


「はあっ!? そんなわけ無いでしょう。嫌いになる理由が分からないわ。どこを見てそう判断したのかしら、貴女は本当に愚かね。わざわざ聞いてくるサクラのほうが嫌いなんでしょう。私は大好き過ぎて殲滅したいくらいよ? こう、プチっと!」


 殺してるやん。


 最近気付いたが、彼女は動揺すると饒舌になる癖がある。


「フィレナに言ったわけじゃないんだけど」


「なっ……!」


 いや名指しはしてないけどフィレナに言った。周りも私たちしかいないし。そこにワンテンポ遅く気付いた彼女はまた騒ぎ出す。


 お姫様イジリはこれくらいにしよう。


 木登り再開である。


 月となれ(バイスタンダー)の能力で大蜘蛛を探しているうちに見付けた()()。その頭上に見付けた何かにも興味を持つのは当然だろう。


 だからって木登りなんて久しぶりだ。落っこちても下にみんながいるから安心なんだけど……。


「短パンなんていつの間に履いていたんですか相田さん」


「まー丸見えで集中出来ないよりマシだろ」


「マスターの溢れ出る色気を抑えるにはこれしか方法がない。提案しただけあった。うむ」


「そもそもスカート要らないんじゃないの?」


「良く目を凝らせば短パンの間から見えますね」


「お前ってマジであいつの友達か?」


 集中できない! やっぱりロシェかナイトに頼めば良かった。出番なかったからこれくらいやるよーとか言うんじゃなかった。スカートが気になり始める。


 うん早めに終わらそう。


 太い枝に手をかけ一気に登る。

 目の前には目的のもの。


「これなんだと思う?」


「ボールかしら、繭にも見えるわね」


 バスケットボールくらいある球状の何かは蜘蛛の巣に引っかかっていた。たぶん蜘蛛の獲物が糸によって巻かれた姿なのだろう。それも大蜘蛛に。


 謎の何かを引き剥がす。糸玉は巣の糸よりベタベタしていない。上手くすれば大蜘蛛の糸として布屋の親方に差出せるかも。


 ぼんやり考えていたら視界が反転する。


 足を滑らせて落下したと理解できた頃には、ふわっと地上に寝っ転がっていた。


「伊藤さんありがと」


「落ちるなら落ちると言ってください」


「なんて無茶な」


 いつまで寝てんだとロシェがため息交じりに覗き込む。これが風魔法かーなんて感心してる場合じゃないか。


 糸玉をナイトにパスして起き上がった。わー葉っぱと土まみれだ。伊藤さんが背中の汚れを払ってくれる。


「で、桜の意見を聞きたいんだが。ボクの感覚が間違って無けりゃあどっちもアレだと思うんだよな」


「————うん。アレで間違いないね」



 フィレナと同じ半人形(ハーフドール)



 魔道具の石によって半分人形と化してしまう。呪いにも似た恐ろしい現象だった。

 お姫様だけではなかったのだ。


 彼女が苛立っている気配が石から伝わってくる。

 普通は仲間がいると安心するところだと思うけど、彼女は違うんだろう。割と正義感に熱いタイプなのかもしれない。


 ロシェが摘み上げる蜘蛛のぬいぐるみ。

 ナイトが抱える糸玉、の中身。

 どちらも私とロシェの判定では半人形(ハーフドール)であった。


 それだけなら話が早かったのだが。


「さて、蜘蛛の人形が人間の可能性はあると思うか?」


「この形状だけだと判断が難しいけど、状況としては蜘蛛……それも大蜘蛛の可能性が高いんじゃないかな」


 糸玉も上の巣も普通の蜘蛛がつくり出せるものを超えている。目的だった魔物の大蜘蛛と見て間違いないだろう。


「この繭みたいなやつは保留として。どうする。魔物となると厄介だぞ。解放した途端に襲われるかもしれねぇ」


「でも魔道具で困ってるのは一緒だし、このまま放置ってわけにもいかないじゃん。上手く行けば糸もゲットだよ?」


「そうやって欲に目が眩んでると死ぬぞ」


「半分人形なら大丈夫だって。私の手のひらの上だもん」


「半分は魔物だろーが。魔物は苦しまねーように始末したほうが早い。大蜘蛛の糸は丁度そこにあるだろ」


「動けない相手に酷いよ」


「酷かねぇよ」


 ど、どうしよう。ロシェと意見が合わない。

 もっと寛容に考えてくれると思った。

 しかし魔物となれば命に関わる。長く魔物と付き合ってきた彼女が警戒を怠るわけがないのだ。


 こうなったら教えてもらった奥の手だ。


 恥ずかしさを押し殺す。ロシェの手を握り上目遣いに覗き込んだ。



「おねがいっロシェお姉ちゃん……」



 お姉ちゃんとか初めて言った。

 うーめちゃくちゃに恥ずかしい。

 熱を持つ頰をひんやりしたロシェの手を借りて冷ます。


 あー気持ちい。


 返事が中々返って来ないのを不思議に思って顔を上げた。

 ロシェはフリーズしていた。表情も何もかも固まっている。


「相田さん、今のは、一体?」


「あ、ああ。ロイエさんに教えてもらったんだ。必殺技」


 交渉相手を落とす必殺技。と教わったがロシェには効果がないようだ。残念。


「私にも言ってくれませんか?」


 無駄に迫る彼女と距離を置く。やる必要もないと思うんだけど。


「え。伊藤お姉ちゃん?」


「ぜひ名前のほうでお願いします」


「それは恥ずかしい」


 伊藤さんを名前で呼んだことはある。一時的なものであった。もう呼んでいない。


「恥ずかしいついでによろしいではありませんか。手も握っていただけたら嬉しいです」


「目がなんか怖いんだけど」


「いやらしい目って言うんだよ」


 クーベルが隣で耳打ちしてくれた。

 いやらしいのか。いやしい、とは違うんだろう。彼女がたまに見せるこの目はイヤラシイみたいだ。一つ勉強になった。


 あれ待った。


「イヤラシイ目で見て……?」


 思わず伊藤さんへ振り向いたらガシッと顔を掴まれる。

 これ知ってる。アイアンクローってやつだ。でもあまり痛くない。ゆっくり手を剥がした。


「余計なことを教えないで下さい」


 聞こえていたらしい。クーベルへ睨みを効かせる伊藤さん。対するクーベルは臆さない。


「好きなら好きって言わないと取られちゃうよ?」


「——あなたに言われたくないですね。何も言えないあなたには」


 何が取られるのか、何が言えないのか。


 気安く聞けるわけもない。二人の表情こそ涼しいのに、空気が歪んで息苦しいのだから。


 まあピリピリしてもらっては困るし? これだけは聞きたい。わかりやすく肩を竦めてみた。


「もしかして二人とも仲悪い?」


「マブダチですよ」


「ズッ友ズッ友!」


「久々に聞いたなあ」


 不自然に肩を組む二人。フィレナが微かな声で「ぅわあ……」と引いていた。声には出さないが私も「ぅわあ……」と思うのだった。



 *



 森の中。蜘蛛のぬいぐるみを囲う私とロシェ。


 話し合った結果、ちょっとでもヤバそうと判断したら倒すことになった。諸行無常である。


「……いい? 死んじゃうから絶対攻撃しちゃダメだよ。元に戻す為に解放するだけだからね?」


 という注意をぬいぐるみに長々と話す私は、可哀想な子に見えているだろう。


 この状態でこちらの話す内容がわかるのはフィレナの時に実証済み。しかし相手が魔物だとすれば言葉が通じるとも限らない。さっきの歩行型キノコみたいなら良いけど。

 完全な不透明さであった。


 半分人形だから意思疎通が出来るだろうし、もし何かあってもどうにか出来ると思う。

 それでもロシェほどではないが用心をしているつもりだ。


「いくぞ」


 フィレナを解放した時のように触れる。

 二回目なので苦じゃない。


 ぬいぐるみの蜘蛛さんはリアルな蜘蛛さんに変わってゆく。両手で抱えるほどの大きさの蜘蛛は初めてだ。

 ピクピクと動き出す大蜘蛛。どこからかカチカチと音が響き、シューシューという音も聴こえてくる。見上げてるのかなコレ。


「やっぱり今のうちに始末しよう。魔物は魔物だしな。大丈夫、天才宇宙人のボクなら跡形もなく消し去ることだって可能だ」


「何も大丈夫じゃないよ。落ち着いて対話を……」


「第一、魔物相手に対話だの頭おかしいだろーが」


「でも被害者に変わりはないし」


 大蜘蛛を紅い瞳で射抜くロシェ。

 驚いたのだろう。蜘蛛は目にも止まらないスピードで登ってきた。この体は山じゃないんだけどな。

 私の肩に居座る大蜘蛛にロシェは苦い顔をする。


「お前は魔物に好かれるフェロモンでも出てんのか?」


「単に殺気がないだけだって。それより優しくしてあげてよ」


「でもなあ、この瞬間もお前が噛まれるかもしれねーんだぞ」


「その時はその時」


 とりあえず大蜘蛛に手を差し出した。移動してもらおう。

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