67 素材採集3
ガンガン響く痛みを抑え立ち上がる。
視線は暴君へ。足は前へ。
「守護人形・照々坊主。あの熊頭をカチ割る勢いでよろしく」
飛び出す私とテルちゃんズ。
ドラゴンベアーは目ざとくこちらに気付いてブレスを吐き出した。
血走った瞳に捕捉され戦慄が走る。
さすがに生身の人間、それも非力な相田桜さんがお相手するなんて畏れ多い。もう本能からアウトである。
「みんなこっち付いて来て!」
ドラゴンブレスの範囲に入らないよう走り続け、必死に手を振り仲間へ合図を送る。
その間にテルちゃんズがブレスを避け、魔物熊へ頭突きを繰り出す。堪らず腕で頭を守る魔物熊。守り切れなかったのか獣の呻きが漏れていた。
付いて来たみんなはボロボロで激戦だったのが見て取れる。
「おい何を考えてるんだ?」
「逃げても匂いでバレますよ?」
「はしっ走り、ながら、ね」
頭の痛みはズキズキと増し足元がおぼつかない。見かねたナイトがお姫様抱っこしてくれた。やだ惚れる。
彼女も傷だらけだが軽々と持ち上げてくれた。身長差があるので見た目としては見れたものではないと思うが。
「マクラ! もう後ろから追って来てる!」
なるほど、この地響きは熊さんのせいかあ。匂いでわかる相手を敵に回すと厄介だ。早いなあ。
「……サクラね!」
こうして始まった森の追いかけっこ。完全に死と隣り合わせのデスゲームだった。
*
「いち」
目を開き駆け抜ける森を真っ直ぐ見る。
「にっ」
同時に流れる映像を注意深く観察する。
「さん!」
叫ぶ。頭に響いて苦痛と化しても。
私に出来る数少ないこと。
私にしか出来ないただ一つのこと。
——なのかはわからないが、頑張らないと戦力外通告を受けて捨てられるかもしれないので必死だ。ちょー真剣ちょー真面目である。
合図と共に仲間は二手に分かれた。
すぐ後ろを追いかけて来たドラゴンベアーも地を削りながら止まる。左右どちらに向かおうか、と狙いを定めるかのように首を巡らした。
しかしドラゴンベアーの足場が崩れる。
重さに耐え切れず崩壊する崖。呆気なく落下する熊。
崖といっても少し小高いだけだが、たまったものではないだろう。下を覗くと沼地で身体を取られ動けずにいる。泥にまみれ過ぎて謎の生き物が蠢いているようにしか見えない。
「ボクたちと遭遇したのが運の尽きだったな」
ヤバそうな魔法でトドメを刺す永弾の悪魔を横目に、月となれの能力を切り頭痛を緩和していく。
予想通りに動いてくれて助かった。
しばらくは休んで良いよね?
ナイトへ思いっきりもたれ掛かる。
……久しぶりにナイトとくっ付いたかも。さっきからくっ付いてるけど。
人型になってからは初めてかな。お姫様抱っこのまま抱きつく私に、ナイトは何も言わず抱えてくれた。安心して体から力を抜く。
そのまま隣のクーベルをなんとなしに眺める。
若草色の瞳はどこか遠くを見ていて、少しだけ別人に見えた。顔が強張っているような。空気は何かに耐えるような。
視線に気付いたのか振り返って無邪気に笑う。
「ふぁー作戦成功ーって感じだね。大丈夫?」
「うん平気。クーベルは?」
「お陰様で元気。ぜんぜん何もしてないしね!」
ニコニコとえくぼを作りピースする彼女。
んー気のせいかな。
「そっか」
「あ、終わったみたい」
私たちは伊藤さんとロシェに合流。
まわり道をして沼地へ降りる。
「どんなスプラッタ魔法使ったのこれ。跡形もないじゃん。鱗剥ぎたかったのになー」
「ちげーよ沼に沈んだだけだっつの……確かに手応えある相手だから久々に本気出したけどよ」
クーベルはワキワキと手を動かし残念そうだ。
ドラゴンの鱗って私たちが苦戦したようにめちゃくちゃ強くて頑丈。かなり重宝されていて、鎧や兜などを作る他にも鑑賞用に出回ることがあるらしい。
高価な物でもあるしドラゴンを倒した証にもなる。冒険者にはドラゴン殺しの称号は名誉なことみたいで、こうやって沈んでしまうのはもったいないのだ。
ていうかここ、使えそうな地形だとは思ったけど底なし沼だったんだ……。
こめかみを押さえるロシェは不思議そうに沼を眺めている。
「にしてもドラゴンベアーは普段温厚なんだけどな」
「温厚どころか無茶苦茶に暴れてたじゃん。この世の終わりかと思ったよ」
「それには同意かな」
あれは真正面からぶち当たる相手ではない。一目で“やべー死ぬ”と理解したのだから。あんな殺気を振りまく相手に立ち向かうロシェたちが異常なのだ。
「ナイト、もう大丈夫」
「そうか」
お姫様抱っこは貴重な体験である。ずっとしていたいくらいだが視線も痛いので下ろしてもらった。
同時に私の首から背中辺りでゴソリと何かが蠢めく。
びっくりして後ろに首を巡らした。当然、背中はちゃんと確認できない。ローブのフードが動いているのはわかるが。
そして視界の端からニョキっと生えるキノコ。
そしてゴソゴソモコモコ動くキノコ。
さらに人の身体を山の如く器用に登るキノコ。
歩行型キノコよ、まだ居たのか。
「不埒な輩め」
ナイトがキノコを掴もうとしたが、それより素早く逃げられる。キノコは反対側の肩に座り込んでしまった。
「いいよ。連れて来ちゃった私も悪いから」
ふわふわ戻って来たテルちゃんズに興味を示すキノコ。
対するテルちゃんズは警戒態勢だ。
子どもであっても魔物は魔物、と判断したわけではない。
ナイトもロシェも警戒しているのだ。新しい脅威が近付いているのだろう。ドラゴンベアーほど凶暴な登場でないからか、私は気配を上手く掴めない。
そして森の奥から現れたのは——
「「くま?」」
呆気に取られたナイトとロシェ。呟きまでもハモる。
登場したのは子熊。それも頭以外は鱗に覆われたドラゴンベアーの子ども。頼りなさげにクゥーと鳴き声を上げた。ウロウロと何かを探している。
「まさかとは思いますが」
「あたしたちが遭遇したドラゴンベアーの子ども、じゃないかな?」
と、すると、子熊が探しているのは親熊。
しかも私たちが沼に突き落としトドメを刺したあの……。
匂いを追って来たんだろう。
私の肩でくつろいでいたキノコが足をジタバタして暴れ出す。なんだなんだ。怖いならフードに潜って——と思ったのに何かを主張するように飛び跳ねる。
いや落ちる落ちる……!
危ないので手のひらに載っけるとさらに踊り出す。
「ガオー……寝てた……襲われた?」
伝えようとジェスチャーするキノコ。意味を読み取ろうと努力する私。
キノコの雰囲気は必死な感じである。もしかしてドラゴンベアーと関連があるのかな。
とりあえずガオーがドラゴンベアーだとしよう。
「ドラゴンベアーに、寝てる時、襲われた?」
首を横に振る。というか身体を捻っている。
違うのか。
「じゃあドラゴンベアーが寝てる間に襲われたってこと?」
あ、めっちゃ首を縦に振ってくれてる。
首なのかわからないけど。
合ってるみたい。人の言葉を理解できるんだ。頭良い。
「君が襲ったの?」
違うらしい。
「君の仲間が襲ったの?」
違うらしい。
「この森の生物が、襲ったの?」
キノコは否定の反応を示す。
ここに来て一つの可能性に気付いてしまう。
「……人間がドラゴンベアーを襲った?」
肯定の反応。
推測だけど、温厚なドラゴンベアーが暴れた原因は人間の仕業。それに巻き込まれたのが歩行型キノコ集団だと。
私たちはあの親ベアー以前に出会ってないから第三者。ストー……忍者さんたちは私たちから離れてないから別の誰かだろう。
偶然遭遇した私たちに攻撃してきたのは、同じ人間だったからということか。
でもわざわざ伝えることかな?
跳ねるキノコに意識を戻す。
うー、もうわからないなあ。
その気持ちが伝わったのだろう。キノコは手から一際大きく飛び跳ね地面に着地した。
トコトコ危なっかしく子熊の元へ走る。キョロキョロしていた子熊はそれに気付いて様子を見ている。
私は私で食べられちゃうんじゃないかってハラハラ。
またジェスチャーを始めるキノコ。
じっと見ていた子熊はパクッとキノコを食べた。
あーっ食べちゃったー!
そう思った束の間、子熊は首を振り上げキノコが宙を舞う。一回、二回、三回転。空飛ぶキノコがポヨンとドラゴンベアーの背中に座していた。
え、え? 食べないの?
子熊はキノコを載せ、のしのしとこの場を去る。キノコも載せられゆらゆら。
どこへ向かうのか。全くわからないけれど——
「熊に乗って移動するキノコは生まれてこのかた見たことねぇな」
「奇遇だね、私もだよ」
私たちには見送るしか出来なかった。
伊藤志乃のなんとか室
「出会いと別れの季節。新しい生活が始まる季節。そして——」
「うむ、花見の季節だな」
「私と相田さんの刺激的な出会いを回想する季節ですよ?」
「団子も良いが桜餅は必要だろう」
「無視されると心が痛いです」
「それと茶だな」
「お酒ではないのですか?」
「イトウ……自分の年齢を忘れていないか?」
「誰とは言いませんが! 酔わせたい乙女心がわかりませんか? 誰とは言いませんが!」
「下心の間違いだろう淫乱め」
「ひ、酷いです」
「酔った勢いで、など弱者のすることだ。イトウにはもっと真っ直ぐでいて欲しい。そう思うのは酷いか?」
「ナイトさん……っ!」
「え、なに抱き合ってるの二人とも……?」
「「あ」」