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66 素材採集2

 ぐ、ぐるぐるする……!


 抵抗しようと思えばできるのに体は思うように動かない。


 次第に、鼻先が触れそうな位置でお互いの息はかかっていて、これで動揺しないほうがおかしいんじゃないかと少し冷静になってきた。


 クーベルは何とも思っていないみたいで、不思議そうに、しかし興味深そうに私の様子を観察していた。純粋な好奇心であり、からかっているのでも邪な心でもない。どこか他人事のような雰囲気。

 そう考えると冷静さを取り戻せた。


「キスでもされると思った?」


「違うよ。こんなことする人が初めてだからビックリして」


「あー確かによく驚かれちゃうなー」


「よくしてるんだ……」


 離してくれた彼女は何事もなかったかのように草バッタを仕上げた。今日で何度見たかわからないドヤ顔である。


「何を見せられてるんだボクたちは」


「見せてるつもりは無かったんだけど……ん?」


 茂みから現れた小さい生物。


 キノコがあらわれた。


 歩行型キノコという魔物。さっきから遭遇してるキノコより小さい。トコトコこちらへ向かって来ていて身構えてしまう。クーベルも私の後ろに隠れてるし。

 しかしロシェは歩くキノコを無警戒につまみ上げた。足が生えたこの生き物は、怯えたように足を震わせている。


「歩行型キノコの子どもだな。これくらいなら害はねーよ。成体でも体当たりか胞子まき散らすくらいだしな。毒性のある個体でも小さいと効果は薄い」


「でも魔物って弱ければ弱いほど近付いて来ないものではありませんでした?」


 宇宙人によって捕獲されたキノコは可哀想なくらい全身までフルフルしていた。本当にキノコから足だけ生えた状態の為に表情は全くわからない。たまに開くのは口だろうか。


「そうだな。弱ければ隠れるし逃げるし、強ければ好戦的なのが多い。こんな魔物殺し回ってる集団に突っ込むのは珍しいわな。危険だってわからねぇほどバカじゃなかったと思うけど」


 ようやく宇宙人から解放されたキノコは、草や石に転びそうになりながら私の足元にやってきた。

 目が無いのにどうやって場所を判断してるんだろうな。超音波?

 屈んでキノコの前に手を差し出す。今はりんごくらいの大きさでも、成体になると私の腰辺りまで大きくなるんだよなあ。


 手に載ったキノコはそのまま座ってしまった。

 クーベルは完成した草バッタをいじりながらソーっと私の手を覗き込む。


「親が襲ってくるとか集団で襲ってくるとかいうオチ?」


「……触ってたら体からキノコが生えてくるとかないよね……?」


「聞いたことねぇから大丈夫だと思う」


 だと思うが一番怖いんだけど。

 このキノコ、人の手の平でくつろいでるし。

 たぶん殺気とか強さ的なの感じないからロシェの時より怯えてないんだろう。

 口っぽいところがパクパクしているので、手近な赤い木の実を差し出してみる。


「また来ましたよ」


「キノコの巣窟かここは」


「集団キノコ説強まった気がするねー」


 そして再び森の奥から歩いてくる子キノコたち。なぜか私にワラワラと寄ってくる。……何か持ってるのかな。

 バッグに入れた物はほとんどが収納術式の施されたポケットにある。匂いとかは漂わないはず。


「私の体臭、かな」


「匂わないよ?」


 いやクーベルさん嗅がないでよ。


「桜が蜜になってる説が追加されたな」


「いつも私がホイホイされている相田さんの蜜ですね。しかし余計なものが近付くのは頂けませんね」


「同意。うむ、斬るか。薄切りにして焼くと美味しそうだ」


「二人とも目が怖いってば」


「それ歩行型キノコの話だよね? あたしのこと見てるのは気のせいだよね?」


 手に居座るキノコが木の実を咀嚼している。やっぱり食べるんだ。

 移動しても足に纏わり付くキノコたちは付いてくる。踏みそう。


 弱ったなあ。これはどうすればいいのか。


 と考えていたのも束の間。

 いきなり一方向に歩行型キノコたちが去っていく。

 助かったけど、なんでいきなり居なくなったんだろう。手に居座るキノコはなぜか震えていて、嫌な予感を覚えた。


「キノコの襲撃ばっかり考えてたけど」


「ああ魔力感知切るんじゃなかったな」


「今なら気配を大きく感じ取れる。これまでの相手とは違うぞ」


 キノコが去った反対方向から近付く気配。


 今まで雑魚魔物ばかりだから余裕ではあったけど、いま近付く存在は違う。歩行型キノコが森の奥からたくさんやって来た時点で気付くべきだった。


 地響きに木々の悲鳴。


 迷わずこちらへ向かう存在。


 すぐそこに巨大な影が見えていた。



「逃げるにしても遅いですよね」



 杖を構えた彼女のセリフと同時に現れたのは熊。

 それも頭部以外はびっしりと鱗の生えた熊型の魔物だった。目の前で土埃を巻き上げ止まった。のっそりと立ち上がる姿は木漏れ日を遮る。


「でっっっっけぇ……!」


「言ってる場合ではないぞ」


 ナイトが先行して一閃。


 クマのぬいぐるみ対魔物の熊さん。大きさが違い過ぎる。軽くナイト四人分の高さがあるのだ。


 硬い音が響きナイトの動きが一瞬止まった。胴を斬ったのに刀が食い込まなかったらしい。魔物熊の太い腕が軽々と彼女を弾く。


 ロシェが長剣を抜き目の前に躍り出る。

 伊藤さんは軽く回り込んで魔法を発動。


「風よ、守るための優しい息吹を。ブリーズ!」


 弾かれたナイトはふわりと着地。風がクッションとなり大事には至らなかったようだ。しかし顔を歪ませているところを見ると殴られたのが効いたらしい。


「うむ、難儀」


 ナイトは元々ぬいぐるみだとはいえ、人型となってから体は人間と同じ。感覚、特に痛覚も例外なく私たちと同じだ。調整しようか聞いて拒否されたのは記憶に新しかった。


 魔物熊は眼前のロシェに興味を示し、凶器となる腕を振り回していた。無惨に木はなぎ倒され地面は抉れ、破壊力の強さが窺える。


 ロシェも果敢に避けつつ剣で挑発。拳銃の形に構える指先から光弾を連射していた。


「クッソ効かねえ!」


 しかしナイトの刀を弾いたボディーは魔法まで無効化していた。

 隙の出来たロシェに振り下ろされた鈍器。

 彼女は剣で支えられないと判断したのだろう。咄嗟に魔法で防御するが、衝撃に耐え切れず膝をつく。


「風よっ刃となり忠誠を示しなさい……ウインドクロー」


 鋭い風が魔物熊の顔らへんを切り裂く。さすがに鱗のない熊頭は効いたのか数歩後ずさった。

 ロシェも後退し距離を置く。


「サンキュー」


「どういたしまして。それにしても本当にまずい相手ではありませんか?」


「ドラゴンベアーはマズイな。あの鱗は生半可な攻撃程度じゃ弾いちまう。Bランク冒険者が束になっても難しい魔物だぞ」


「また顔辺りに魔法でも使いますか?」


「今じゃ警戒して腕なりで無効化しちまうだろーな。だからって簡単に逃がしてくれるとも——」


「気を付けてッ」


 クーベルの叫びと同時に魔物熊ドラゴンベアーの口から放たれた衝撃波。咄嗟に発動させたロシェの魔法で防がれる。が、熊は気に食わなかったのだろう。さらなる追撃の殴打。魔法バリアは耐え切れず崩壊。


「ドラゴンブレス……っ! こいつドラゴンでも亜種だろーが! ブレスも使えんのかよ!」


 全員が散開し注意を逸らすが、これも時間の問題だろう。


 戦うにもガードが硬く、大技か頭を狙うかしなければいけない。だがスピードと攻撃威力がハンパではない上に、ドラゴンブレスという遠距離攻撃まで使える。隙など無く手に負えなかった。

 逃げるにもドラゴンベアーの移動は速い。転移もクーベルがいる今は使えない。


 探索初日でピンチである。


 ちなみにクーベルは初めから正面戦闘は無理と判断し三人のサポートに回っていた。


 そして私は——




 頭痛と戦っている。




 ドラゴンベアー戦に混じらず草むらに身を隠す。とてつもない罪悪感だが、この痛みに耐えなければならない理由があった。


「ぐっ……ぅ」


 瞼裏で目まぐるしく景色が変わる。


 情報過多ってこういうことかーなんて他人事でいる場合ではない。マジヤバイ。


 私の指先に止まる蝶はオレンジの花びらを揺らす。この子は受信機としての役割を果たしてくれている。

 一方で発信機の役割を果たす者もいた。それがさっき量産していた友達こと花の蝶々や草バッタなどである。


 森に放った子たちは監視カメラのように見たものを記憶、独自の人形ネットワークで共有していた。


 そのネットワークに受信役の蝶からアクセスしている状態なのだが……情報量に脳が追い付かない。必要な情報を選別し、さらに抽出する作業は頭がパンクしそうだった。


 情報収集に使う要員を減らすべきだったとか、読み込む作業は私じゃなく人形に任せるべきだったとか、ネットワーク化するんじゃなかったとか後悔は尽きない。


 本来は大蜘蛛探しに利用するつもりだったし、ゆっくりやれば問題なかったし、あんな熊なんてテルちゃんで頭カチ割れれば簡単なのに! どんなに心で言い訳しても虚しく、割れそうな痛みは治らない。カチ割れそうなの私の頭だよ……。


「ウインドクロー……!」


「ガード固すぎだっつの、っておいおいまた腕ぶん回すのかよっ」


「チッ刃が少しも入らん」


「次はブレス来そうだよ!」


 こうしている間も仲間たちのライフがガリガリ削られていた。


 焦りを抑え集中する。人影、これはストーカー組か。大木、川、食人フラワー。こっちはゴブリンの巣。ん、木にぶら下がってるのは何だろう。


「さすがに出たほうが良いかしら」


「それは最終手段……だから」


「そう」


 胸元から問いかける声音は素っ気ないけど苦しそうに感じる。でも掘り下げない。邪魔しないよう配慮してくれたのだろう。

 彼女の優しさを無駄にしないようにしなきゃ。


 再び巡らす森の光景。

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