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65 素材採集1

 今日は大蜘蛛を探して糸を手に入れる。

 どんなに難しくても。


 昨日は丸一日室内に篭りっきりだったせいか外の空気が美味しく感じる。解放感。


 次の仕事までひと時の自由というのになぜこんなことをしているのか。自分でもよくわからない。


 そしてこの現状も、よくわからない。


「なんで君がいるの?」


「えへへ」


 赤橙のポニーテール。若草の瞳は爛々と輝いている。ゴーグルを首に掛けたツナギ姿で、鉄製の棒を所持している。

 彼女は最近会った子である。ただこんなところに待ち構える人物ではないはずだ。


 ロシェ宅の玄関前。


 そわそわしながらこちらを窺う布屋の娘は、見間違えようもなく本人。


「なぜここを知っているのか、なぜここに来たのか。お答えいただけませんか?」


 伊藤さんも怪訝に質問を投げかける。


「こわーい顔しないで。あなたたちの場所を知っているのは図書館で聞いて来たから」


「図書館? もしかして制服から判断して大図書館へ来たのですか」


 制服か。確かに制服姿だった。

 ロシェのマントから覗く黒い詰め襟は変わらずだが、同じく私と伊藤さんも制服姿。


 私は紺ベースの群青ラインが入った詰め襟とスカート。濃紺に緑色の模様が描かれたフード付きローブを羽織ったスタイル。

 伊藤さんは白ベースに群青ライン入り詰め襟とスカート。濃紺に桃色の模様が描かれたローブ。色違いのお揃いローブだ。


 三人とも違いはあっても制服。


 局員の証でもあるが大図書館の戦闘館員も同じ制服なので、一般国民は図書館の人間と覚えているらしい。

 戦闘館員はいわゆる警備員を兼任する館員と説明された。まだ図書館で働いたことが無いので情報として知っているだけであるが。


「そうそう。しつこく聞くもんだから上の人呼んでもらえて『それなら悪魔の潜む森に行けば小屋があるの。行ってみたらどうかしら?』て」


「ロイエの仕業だな」


 参ったように頭を掻くロシェ。何気にディスられてる気がするんだけどそれは良いのかな。


「お父さんの癇癪が原因で面倒なことになったわけだし協力しようって考えたの」


「本当にそれだけですか?」


「個人的にあなたたちが気になるかな」


 ストレートな言葉に伊藤さんは少しだけ柳眉を歪める。

 気になられて大丈夫なのか、付いて来て大丈夫なのか。隣の宇宙人を見上げた。


「ま、良いんじゃねーか。あの聖母様が追い払わないってこた、そのつもりかボクたちに判断を任せたんだろ」


「……気に入りませんが、ストーカーの一人や二人増えたところで変わりませんからね」


「ストーカー?」


「こっちの話」


 彼女は首を傾げていたけど、いま現在も近くに潜伏する忍者の話をするわけにいかない。隠れるのが上手いから簡単にバレることはないだろうけど……。


「自己紹介忘れてたね。あたしはクーベルだよ。棒術なら得意だからこき使って!」


 兎にも角にも、布屋の娘クーベルが仲間に加わった。


 私たち三人とプラスアルファは森を探索し始めたのだった。



 *



 森の魔物はロシェ宅を離れると現れるようになる。

 ほとんどが一角ウサギやゴブリン。次に軍隊バチ、歩行型キノコ、食人フラワーといった具合だ。

 ナイトとロシェの先導で探すがハズレ続き。開始から既に二時間。飽きてきた。


 これには深い深い理由がある。


「私は出るまでも無いって感じね」


「私も出番ないや……」


 フィレナとボソッと交わした会話は誰にも聞こえていないだろう。


 出番なさ過ぎてヒマ問題である。


 クーベルの加入でフィレナは出て来ることが躊躇われた。私の能力は見せて構わないけど、お姫様の唐突な登場は一般人にホイホイ見せて良いものでないからだ。一応、セブンルーク王国の王女様だしね。

 その分の不足戦力はクーベルが補うとしても不安が無いとは言えなかった。


「オラオラオラどうした雑魚どもが」


「口ほどにも無い」


「風よ刃となり忠誠を示しなさい、ウインドクロー」


 天才宇宙人から光の弾丸が放たれ、金髪クマぐるみからは斬撃、黒髪の友達からは鋭い魔法の烈風。

 魔物たちは攻撃の間も無く一瞬にして絶命する。可哀想なくらいに一瞬で。

 特に軍隊バチは伊藤さんによって瞬殺。彼女はなぜか苛立っていた。蜂は好きじゃないんだろう。


 不安なんか杞憂であった。

 私もフィレナも、クーベルでさえも出番はなかったのだ。


 クーベルはというと、綺麗に倒された魔物の死骸からツノや毛皮などの素材と所持品を回収していた。最初は表情も固く驚きに満ちていたはずだが、慣れたらしい。活き活きと採集に奔走する姿は観ていて楽しいものだった。


「ふぅ……大蜘蛛って居ないものですね」


「魔力感知に引っかかんねぇ。この辺には居なそうだな。もう少し奥へ進もうか」


「にしても強ーい。ホントに大図書館の職員さんなの?」


「知らねーのか?」


 クーベルの疑問はもっともなくらいの戦果である。私は一切戦ってないけど。


 ロシェはマントを翻しドヤ顔。

 次のセリフは容易に想像できた。


「ボクの正体は何を隠そう宇宙人だ!」


 ですよねー。


 そのままスルーしていく一行。

 何も無かったかのようにロシェも追随する。


 そして伊藤さんが思い出したようにこちらを振り返った。なんだろ。私の手元を眺めている。


「それより先ほどから相田さんは何をしているんですか? クーベルさんは分かるのですが」


「ん?」


 ああ何も仕事せず草花を弄ってる私を見かねているんだろう。手にしていた手作り草バッタ一号を肩に載せて、バッグから草花たちを取り出す。

 ちまちま作っていたオール自然の生き物たち。


諜報人形(エージェント)月となれ(バイスタンダー)


 赤、白、黄、紫、桃……色とりどりの花の蝶々が飛び立ち、葉っぱを切り抜いたヒトガタもヒラヒラと舞う。肩に載せていた草バッタが跳ねて腕に着地する。

 ここまで散策しつつ草花を摘み、戦闘で立ち止まるたびに工作していた。この前購入したハサミが早速役立ち、スイスイ作業は進んだのであった。


 特に草バッタ一号は力作だ。

 シュロの葉みたいな細長い葉を見付けたら作りたくなるよねバッタ。PPバンドで手作りしたこともあるけど、それよりは編みやすく、しかし強度は低い。


「いってらっしゃい」


 手を振るとヒラリと散開して森の奥へ消えて行く。

 お気に入りの草バッタ一号もピョコピョコ進んで見えなくなった。


 伊藤さんに向き直ると、珍しく呆けた顔をしていた。開いた口が塞がらないって感じかな。ボーッとするのは私の得意技なんだけど。


「出番がないみたいだからお友達量産してたんだ。次からは真面目に探すから許してほしいなーって」


「——いえ、怒ってはないですよ」


 目を逸らされてしまった。

 少しくらい良いところ見せないとさらに株が下がりそう。気を付けないと。


 様子を見ていただろうクーベルが尻尾のように髪を揺らし興奮していた。まともに人形使い能力を見せたからだろう。


「へぇー今のってホントに人形術師の術なの? え? 葉っぱとか花で作れちゃうんだ? サクヤどうやったの?」


 私を上から下まで眺めてから、身体にペタペタ触れてガクガク身体を揺らしてきた。デジャブ。


「……サクラだよ。どうって能力の説明が難しいな。私には魔力がないから魔法使い的な術ではないし」


 見かねたようにナイトが仁王立ちで腕を組んでいた。誰かさんと似たドヤ顔であった。


「マスターをそこらの有象無象と一緒にするな。人形と心さえも通わせる選ばれし者。至高にして最強。こんなの造作も無いことだ」


「あたしにも教えてー」


 あっさりスルーされてる。


「作り方だけならいいよ」


 便乗してスルー。

 ナイトがたまに発症するこのテンション。無駄に饒舌に褒め出すので少し苦手だ。


 多めに採取していた葉でバッタを作り出して説明してゆく。勝手に草バッタ作り講座が即席開催。その様子を眺めていたロシェが木の根元に腰掛けた。


「ちょうど良いから休憩するか」


 ノンストップで魔物狩りを——いや大蜘蛛の糸を戴く為の探索をしていたのだ。私に至ってはただの散歩となっているように見えるが気のせいである。


 休憩を挟むべきとの判断は満場一致で歓迎された。


 私はクーベルに草バッタの作り方を教え、片手間に花の蝶々をオレンジ、青、緑、水玉模様と作り上げた。先ほどと同じように飛び立たせる。花びらをひらめかせる姿は本物の蝶と見間違えそうなほどだ。

 ロイエさんの精霊——黄金の蝶々をモデルにしてみた。パクりではない、あくまでモデルである。


 再び目を輝かせて見入るクーベル。手を伸ばし触れようとした。戸惑うオレンジ色の蝶に許可の合図を送ると、彼女の指先にそっと止まる。


「……こんな綺麗な生き物をつくれるあなたが、悪い人なわけないのにね」


 他の蝶には散歩しておいでーと合図。


「それは、どうだろう」


 もし正義感に溢れて優しくて人畜無害で人格的に良好な完璧人間がいたとして、悪くないと言い切れるだろうか?


 私が悪い人間でない保証はどこにもない。


 なのに花の蝶を映した瞳は迷った様子もなくニッコリ笑みをこぼした。


「サララが綺麗な心で優しい人なの、わかってきた。お父さんも喧嘩腰じゃなきゃすぐに気に入ってくれたのにな」


「サクラだってば」


 まっすぐな言葉に浄化されそうだけど、名前間違えられて台無しだ。


…………。


 うん。すっごく恥ずかしいセリフをさらっと言うね。

 熱い頰を隠すように顔を伏せた。しかし両頬がひんやりと包まれて動揺に目を見開く。


「照れてるんだー顔真っ赤だねー」


「ちょっなにして……」


「え? 顔を見てるだけだよ」


 クーベルが両手で顔をホールドしていた。近い。見られてることがさらに恥ずかしさを加速させる。

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