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60 街をゆく2

 会計を終えて、癒しのブローチをペンダントに押し付け収納した。我ながら無造作すぎる。おそらくフィレナの手に渡っただろう。


 今は顔を合わせて渡す勇気はない。


 気を取り直して、みんなの元へ戻ろうと踵を返した時。袖を引かれる。



 伊藤さんだった。



 背筋が凍り付く感覚が襲う。一瞬だけ瞳のハイライトが消えていたように見えたが、いつものようにゆったり微笑んでいた。


 慈愛が満ちているはずなのに恐怖を感じるのはなぜ! しかも無言! こわい!


 私でもわかる。これは怒っているんだと。


「その、伊藤さんは買い物出来た?」


 きゅっと袖を掴む強さが増した。

 こうなってる理由もわからず、そのまま連行。

 ロシェやナイトから不思議そうな視線を受けるが見て見ぬ振りされた。触らぬ神に祟りなしとはこのことだろう。


 到着したのはローブを売っているコーナー。

 ローブって魔法使いっぽいね。仰々しいもの、可愛らしいもの、質素なものまで色々あって選ぶのも迷ってしまいそうだ。


 終始無言の伊藤さん。


 私にはわかる。即断即決の彼女でもどれを買うか迷っているのだと! それなのに普段は優柔不断の私が即決で買い物をしているのが不服であると! これは名推理だろう。


「——お揃いにしませんか?」


「オソロイ?」


 ようやく口を開いた彼女。オソロイ。オソロイってなんだったかな。おそろしいって言ったのかな。唸りながら脳内辞書を引いていくが、たどり着けない。なぞなぞか。


「ペアルックですよ」


 見かねたのだろう。いとペディアが丁寧に教えてくれた。


 ペアルック。ペア。お揃い?


 仲の良い友達とか恋人同士が良くやるアレだ。

 関係ないと思っていただけに驚きのほうが勝る。まさかこんなところで遭遇するなんて。


「レイリーさんとお揃いしてフィレナさんにプレゼントして、私とはそういうこと……したくないんですか?」


 棘があるようで寂しそうな問い。表情は優しいのに喉の奥が苦しくなる。


 さっきの見られてたんだ……。でもレイリーとお揃いなんてしてたっけ。


「したい。けど私でいいの?」


「いいんです」


 勝手にローブを着せる伊藤さん。


「すみません。重い、ですよね?」


「ん? このローブそんなに重くないけど」


 軽いほうが動きやすいけど、厚みもあったほうが良いのだろうか。あ、フードは欲しいかも。


 悩む私に、安心したように微笑む彼女。


 いつのまにか苦しさは消えていた。



 *



 術法屋からほど近いところにある酒場。

 木造二階建ての大衆酒場は賑わっていた。


 ここが部長にお使いを頼まれた場所に他ならない。


 旅人の国というだけあるのか酒場や宿屋はたくさんある。酒場と宿屋が一体型であったりもするが、こちらは飲食のみ。


 さすが異世界の食堂と言うべきか、特徴的な人がたくさんいた。

 豪快に酒樽を傾ける巨人や力比べをする熊人とミノタウロス。野次を飛ばす酔っ払った男たち。情報交換をしているだろうドワーフや鳥人。こちらの様子を窺うリザードマンにバニーガールに男性……。


 私たちの年齢層が低い上に、ロシェと伊藤さんとナイトのベクトル違い美少女が一堂に会しているお陰で、激しく目立っていた。部長では目立つからと任されたはずなのに。なんてこった。

——これ情報局やっていけるのかな。


「あら〜んロシェちゃんお久しぶりぃ〜ちょっとやつれた? 相変わらず女子力ゼロね〜少しはオシャレしたら? 若いうちだけなんだから〜ん」


「後ろのだれだれ? 紹介しなさいよぉついにはべらせて遊んじゃってるのお? んもう若さって怖いわー回数は抑えなさいねー」


「新しい住民らしいわ〜ん図書館で働く子ですって」


「かわいい子たちばかりじゃないのぉー感度はどうなのロシェ?」


 そして目立っている理由はこの現状にもある。


 カウンターから猛攻を受けていた。

 強烈すぎて固まる一行。


 ロシェは頭を押さえて、今日一番の深いため息を漏らす。


 きらびやかなドレスに身を包み、バッチリお化粧した二人の男性。俗に言うオネエである。オカマやハーフといった単語でも伝わるだろう。


 話す間も休まずカップに酒を注いだり、肉を切り分けて焼いたりしている。お店の人であるのは間違いない。ただ見た目からなのか、前にテレビで見た二丁目な空気を一画に感じる。


「通称オネエ酒場っつー変態が経営してる酒場だな」


「ひどい〜ん! まあ、お嬢ちゃんのような可愛い子が来るとこじゃないのは確かなんだけど〜今日は顔見せだけじゃないんでしょ〜?」


「部長から届けもんだ」


「あらんムッキリンから?」


 ムッキリンて。

 ともあれ無事にはじめてのおつかいを終えた。


「ロシェちゃんのことヨロシクね〜ん」


「ガチガチの頑固たんだからぁゆっくりねっとり付き合ってあげてー」


 挨拶もそこそこに退散する。


 が、


「ヘーイそこのキャワイイ子、オレたちと遊ばなーい?」


 絡まれると思いました。ええ。

 ガラの悪い男たち登場です。

 しかもテンプレなナンパ文句!


 酒場か薄暗い路地裏って相場が決まってる、と思っていただけではない。さっきから質の悪い雰囲気を感じ取っていたからだ。


 三人中の一人がニタニタと手を伸ばした。



「待って」



 伸びかけた手を思わず呼び止める。素直に聞いてくれるとは思わないけど、面倒ごとは勘弁願いたい。


「仲間には手を出さないでーとか言うんだろ? だいじょーぶキミもキャワイイから楽しく遊べるよー?」


 肩に男の手がかかる。


 顔が引き攣る感覚は久々である。別に男の手が気持ち悪いとか苛立ちとかで顔が引き攣っているわけではない。


「いやあその前に」


 君たちの身が楽しく遊ばれる可能性があるんです……。


 男たちの表情が一斉に青褪めた。私も青褪めていると思う。


 背後で微かに漏れた鯉口を切る音、小さく魔法詠唱する声。


「マスターに触れて良いと誰が許可した」


「相田さんに汚い手で触らないでいただけますか?」


 普段から聞いている声なのに鳥肌が止まらない。

 男たちの下卑た気配を感じていたのは、もちろん私だけではなかった。やめておけばいいのに話しかけるから……。


 目を白黒させ男たちは一斉に逃げ出す。


 しかしオネエたちに樽を投げ込まれ一斉に体勢を崩し、様子を窺っていただろうリザードマンとバニーガールと男性がトドメの一撃を一斉に見舞っていた。


 唖然とそんなシーンを眺めて、同じように唖然としたロシェと顔を見合わせる。


 数巡の沈黙の後、オーディエンスが一斉に沸いたのだった。


 これは目立ち過ぎだと思う。



 *



「俺はサージュ。騎士団所属のイケメンだ」


「私は軍所属の単なる平兵士ジャンドゥーヤですな。ジャンとお呼び下さい」


「で、貴族に雇われた兎人トリュフよ。よろしくね?」


 酒場のカウンターにほど近い位置、テーブル席に座らされて何故か自己紹介を受けていた。


 先ほどのことは何も無かったかのように。


 絡んできたガラの悪い男たちは簀巻きにされ外に放置されている。オーディエンスはオネエたちに散らされたので、こちらに聞き耳を立てる者はいない。


「まさか対象と接触することになるとはな」


 男性こと騎士団サージュ。

 私服なので騎士には見えない。しかし自称している通り顔立ちはカッコいい。少々プラリネ王子を彷彿とさせるキザっぷりで「ふふ恥ずかしがらなくて良いんだよ子猫ちゃん」と伊藤さんとナイトを口説いていた。無視されているけど。


「私もあなたたちも観察だけが目的ではないでしょう。この場を望んでいた。ただ少し早かっただけですな」


 リザードマンこと軍部ジャン。

 彼も鎧や制服ではなく私服姿。鱗人族の蜥蜴人族だと言っていた。カメレオンのような容姿で想像していた蜥蜴人とは少し違う。キョロキョロと動く突き出た目が特徴的だ。クルンと丸まった尻尾は可愛らしく、ちょっとだけ触ってみたい。


「話は早いほうがいいじゃない。素直に応じてくれるんだから甘えておくべきよ」


 バニーガールことトリュフ。

 兎人族の彼女はほとんど兎の要素が残っていない。耳と尻尾くらいだ。その上、露出の多い服装である為にバニーガールと勘違いしていた。少し困るのが、密かに向かいの席から私の足と絡めてくることだ。視線も意味深に絡ませてくる。ヘビに睨まれたカエルの心地である。



 バラバラなこの三人は揃って私たちに用事があるらしい。



「大方の予想ですが、私たちの動向を見守り隙あらば各所属が頂こうとしているのでしょう」


「一番会議が白熱した内容だったもんな。監視の目はどのみちあると思ったが、バカに多いわ監視側から接触するわって普通しねーよ」


「さすがね」


 推測は否定されなかった。

 監視と勧誘。それが三人の任務だと。


「国を救った英雄。それも能力値が軒並み高い。誰でも狙うでしょうな」


「私たちだけじゃないのよ? ほらあそこ」


 トリュフが指差す先には鳥が飛んでいた。いや、一つ目からコウモリのような翼が生えたモンスターだ。ゲームではゲイザーとか呼ばれていただろうか。……かわいいかも。


 おいでーと手招きすると素直にやって来た。両手にすっぽり。


 直径三センチくらいの目玉の生物。目を細めて眠たそうだ。羽を広げてみると割と大きい。他に小さな耳や足がある以外は何も無さそう。口もないのかな。

 こういう人形も作ってみたいなあ。


「使い魔呼び寄せるあなたも面白いけど、普通は寄って来ないわよこいつ。術者がどんな命令してようと、そもそも警戒して近付かないはずだもの」


 ペタペタ触る私に奇異の視線が突き刺さる。

 珍しい現象らしい。

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