59 街をゆく1
「あら〜あなたこの前の! お買い物手伝ってくれてありがとうね〜」
「ねーちゃん来たー!」
「先日は探し物をご一緒していただき感謝します」
「おう嬢ちゃん、果物いるか?」
「相田さん……」
人で賑わうこの通りは、繁華街や単に中央通りと呼ばれている。石畳の道はたくさんの人で溢れかえり活気に満ちていた。露店はどこも目新しいものを売っていて、いつも目移りしてしまう。毎回フィレナに急かされてたなあ。
「ボーっとしてんじゃねーつの」
「あだっ」
深紅の瞳が呆れの色を滲ませていた。手刀を見舞うのと同時に、緩く束ねた黒髪が揺れる。
「なんだこの騒ぎは」
「芸能人ばりに囲まれてますね」
確かに。一層人が増えた気がする。
どこかの行列と間違えたのだろうか。不吉な感じはしないから事件ではないだろう。それにやたらと景気の良い声を掛けられる。
うーん。こう騒がれては動けない。
崇めるかのような空気を纏い掛けられる言葉、求められる握手、流れるように渡される品物——。
「本当になんだろね」
「「「…………」」」
何故か仲間からの視線が痛い。
「今日は繁華街から外れたほうが良いわよ。進まないもの。他はあまり爪痕残してないから、被害は少ないと思うわ」
爪痕?
胸元からのフィレナ発言により無言で移動を始める一行。
両手に物を抱えてじゃ歩きにくいな……。
そしてロシェに引っ張られ伊藤さんに押されながら小さな店に入った。
魔道具屋。
見覚えのあるような物から、何に使うのかわからない物まで様々。棚だけでなく床にも雑然と置かれている。それでも埃を被っている物はほとんどない。
早くもロシェは収納バッグを買っていた。
私の両手が塞がり切っていたので、早々に買うことにしたようだ。ついでに魔道具一式を揃えるつもりらしい。
「なんだね。見ない顔だねえ」
「わッ!」
いつの間にか下から覗き込むお婆さん。
小さいから見上げる形になっているらしい。
かなり、心臓に悪い。
私が抱えるいっぱいのおすそ分けを、彼女はウエストポーチに突っ込んで行く。みるみる荷物が吸い込まれて身軽になった。
収納術式の施されたウエストポーチかな。
アンタ華奢だねえ、と腰に巻かれてしまう。
「こことここだけ普通のポケットだから覚えておくんだよ。本体は色んなもん入るけど、腐るやつは長時間ダメだかんね」
「はっはい」
「ったく、面倒だから魔法でちゃっちゃと亜空間の時間停止機能ほしいね。ロシェは出来ないのかい?」
「出来ねぇって何度も言ったろーが」
言うだけ言って店の奥に引っ込んでしまうお婆さん。
収納術式が“亜空間”って作り出された空間であると知ったのは、先日のロシェ教室で。
どこか別の空間ではなく、同じ場所で作り出された空間と言われた。
よくわからない。
とにかく空間転移とは原理が違うって話と異世界とも違うって話だった。そんな授業をたまにしているけど、伊藤さんのほうが理解しているだろう。
「はいよ、注文の品はこれで終わりだ。さー帰った帰った」
ガシャンと店内に響く硬い音。
魔道具屋のお婆さんは風呂敷で包んだ荷物をカウンターに置き、邪魔そうに手をブラつかせる。
「おいおい、お得意様にそんな冷たくていーのか?」
「アンタみたいなクソガキがお得意様だ? 何の冗談だい?」
「ババアに言われたかねぇな」
なんていうか顔馴染みって感じだ。
注文の品ってことは、彼女があらかじめ手配してくれてたみたい。たぶんこのポーチも買ってあったやつ。
「そうかい。やることやってくれたら婆は十分だけどね」
この小さいポケットが普通のだったかな。
開けてみると紙切れが出てきた。
“ロシェをよろしく。それと魔道具屋もご贔屓に”
思わず顔を上げたら、もうお婆さんはいない。すでに引っ込んでしまった後。
「まーったく偏屈な婆さんだな」
「かもね」
「何ニヤニヤしてんだよ」
「なんでもない」
ロシェは頭を掻いて不服そうだ。
でも教えるべきではないだろう。
背中を押して、次の場所へ行くよう促すことにした。
*
かなり歩き回った。
というのも買い物は総合ショップとかがないので、一つ一つ店を見るしかないのだ。細かく専門店が存在する。餅は餅屋という感じなんだろう。
お金は先日の報奨金があるからとりあえず購入に困ることはないし、荷物も収納バッグに詰められるし割と楽。
歩くこと以外は。
私は疲労困憊だが他の面々は平気そうだった。ロシェとナイトは言わずもがな。フィレナはペンダントの中で揺られているだけ。伊藤さんは有り余る魔力を強化魔法に使ってる。さっそく日常に反映させるのは彼女らしい。
孤独を感じるというか、一人だけ疲れているのが恥ずかしくなってくるのだった。
道具屋で非常食やロープなどを買い、薬屋で傷薬や魔力回復薬などを買い、武器屋でナイフや砥石などを買い、防具屋で胸当てや手袋などを買い——。
「術法屋?」
「魔術と魔法の専用店だな。魔術書から杖まで魔法に関するものを売ってるとこだ。志乃には必要だろ?」
「そっか魔法使いだもんね」
術法屋。
ロシェの言う通り、書物が並び杖やローブが立て掛けられ、よくわからない道具から植物まで品揃えが豊かだった。
廃魔の私には縁のない物ばかりである。かなしい。
魔法の本を眺めているロシェ。迷わず杖を手に取っている伊藤さん。ナイトは興味がないかと思いきや、魔鉱石とやらで作られたナイフを眺めている。
手持ち無沙汰、とはこのことだろう。
用途不明の液体を眺めてため息。魔法が使えたら良かったのになあ。
「暇そうね」
呆れた声に存在を思い出す。毎回なんだけど忘れちゃうんだよね。
「暇だよ」
アクセサリーのブースに足を踏み入れた。
これも魔法的な何かなんだろうか。
守り石と書かれた宝石の説明文には、幸運、守護、身体強化、健康、恋愛成就……とあった。パワーストーンみたいなものかな。
「それは魔石に簡易的な術式が刻印されてる“守り石”ってやつ。魔法効果は薄いけど常に発動された状態だから、冒険者や肉体労働者には重宝されてるわね」
魔道具の一種なのか。
私が今まで絡んできたのはアクティブな魔道具。これはパッシブ状態な魔道具らしい。
効果は微弱でも魔道具だから値段は張るとか、特別な贈り物にもされてるくらいだとか、効果や石などによって意味合いが異なるとか。話している内容はなんとなくで留めて、じっくり眺める。
指輪、ペンダント、髪飾り。様々にあしらわれた守り石は彩りも豊かだった。
ちょっと迷うな。
「……シノにでもあげるの?」
「え?」
「真剣に見過ぎ。誰だって自分用じゃないって分かるわよ」
呆れに似た声音。図星を突かれて苦笑いするしかない。ただ伊藤さんにと思って見ていたわけでは無かったから拍子抜けでもある。んーそんな風に見えるのか。
「今なら店員さんいないから出てきたら?」
「確かにずっとこの中もつまらないのよね」
慣れたように外に出てくるお姫様。目を惹く銀髪とゴシック調の服。これは街中でも目立つよなあ。
「自分用でないのは当たり。だけど伊藤さんにじゃないよ」
「じゃあ誰によ」
「フィレナに決まってるじゃん」
「へえ、まあそうよね————はあッ!?」
なんで驚いているんだろう。目を泳がせたかと思ったらものすっごく鋭い眼光を向けてきた。
彼女のことは伊藤さん並みにわからない。私を嫌っているはずなのに、なぜか名前で呼び始めたり色々と教えてくれたり守ってくれたりする。根が優しいのもあるだろう。
ただなんと表現すれば適切なのか、チグハグで何を求めているのか読めないのだ。
「いや、これだってフィレナの物を私が着けてるし悪いなあって」
私の胸元で光るピンク色の魔道具。お姉さんにあげる為に拾った星は、結果的に半人形化する要因となってしまった。でも彼女の物である事実は変わらない。
守り石の特性も役立つし、これを代わりに買おうと思っただけである。
警戒するほどのことじゃないのにな。
「これとか似合いそう」
ピンク色の石を銀細工であしらったブローチ。彼女に合わせてみる。差し色になってかわいいと思う。センスゼロだから自信ないけど。
「意味、わかってる?」
「意味? あ、少し色が薄いかな。もうちょっと濃いめので、ああそうだ魔法効果見てなかった。ていうかフィレナが選びたいよね?」
危ない。完全に見た目で選んでたし自分の好みになってしまった。効能も重要じゃないか。
ブローチを元の場所に戻す。しかし途中で腕を引かれた。
「それ、で、いいわよ」
顔を伏せたままそう告げて、首に下がる石に触れた。一瞬で元に戻るフィレナ。
なんで戻ったのか首を傾げていると、ちょうど店員さんがやって来る。
なるほど。さすがだ。
「お客様、守り石をお探しですか?」
「えっとこれにしようかなと」
「癒しのブローチですね。プレゼントですか?」
頷くと店員さんは微笑んでいた。
「喜ばれると思いますよ。“あなたの心を癒したい”、“一番近くで見守っています”、“満ちる愛”。どれも素敵な守り石言葉ですよね。このブローチを選ぶなんてお目が高いです」
んん?
なんだか恥ずかしい言葉の数々なのですが。
フィレナが意味を問うことの意味を理解して、守り石の意味を知らなければ良かったと後悔して、意味のわからない熱さで顔が熱い。
どうしよう。めちゃくちゃ恥ずかしい……!
熱さを誤魔化すように会計を手早く済ませた。