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58 血の記憶

 流れる。


 ポタポタ、ポタポタと。


 押さえる手から流れ落ちる。


 熱くこびり付く鉄の匂いは、もう慣れてしまったかもしれない。


 背後の声から逃げても、木を伝いながらでは離れるのは難しいだろう。そもそも血痕が目印のように地面や支えにしてた樹木に付いている。


「あーもう。人形使い本体はとんでもなく弱い設定なんて嘘であって欲しい……」


 独りごちても助けてくれる人はいない。

 また生傷だらけだ。心配されるだろうし怒られるだろうな。新しい制服はボロボロ。血染めの服なんて誰が喜ぶのか。少なくともファッションに疎い私でもダメだとわかる。


 メキッパキッ。背後の足音はすぐそこだった。


「廃魔でありながら良く頑張ったさ。でもキミはこれで終わりだ」


 否定出来ない。こんな時、人形が一体でも手元にいれば良かったのに。


 今から枝か葉っぱ、それとも土の人形でも作る? いやーそんな暇ないよねー。


 メキッパキッ。近付く影。


 樹木に背を預け、しつこいほどに追い掛ける私のファン達を眺める。


 汗が世界を歪ませても。最後の最後まで。



「諦めろ」



 振り上げられた刃。

 控える魔法使いの詠唱。

 私をただの廃魔と見ているだけではない証拠だった。敵として徹底的に排除する意志。油断は微塵もない。


 ああ、なんでこうなっちゃったかな。

 少し前は平穏だった気がするのに。


 かろうじて見えた空は濁っていた。



 *



 あの事件から十日以上が経っていた。

 ロシェの長期出張の休みと私の傷の療養が兼ねられたらしい。その休みも今日で終わりだ。


 今日は天秤の月十八日。


 こちらの異世界でも三百六十五日。

 違うのは名称と区切りくらいだろうか。きっかり三十日ずつを一月。十二ヶ月と残り五日間などを合わせて一年。残った日は“空白の月”として、各国ではお祭りやお祈りといった様々な催しがされる特別な月になる。

 曜日などはなく、十日ごとに一週間となるらしい。


 似ているようで少し違う世界の時の流れ。そして常識。

 休暇期間に伊藤さんと勉強しまくった。大図書館に通い、ロシェの書庫に入り浸り、今みたいに部屋に籠って。


「相田さん」


「ん」


 行動に制限があったとはいえ、もう慣れたものだ。

 字だって不自由しないくらい書けるようになった。


 今は勉強ではなく仕事中。伊藤さんから最後の書類を受け取り、手元の羊皮紙に書き出す。最初の頃は、羽根ペンの書き心地やインクを付け足す動作は苦手だった。

 いかに元の世界が便利な世の中だったのか、思い知る瞬間である。


 伊藤さんは手持ち無沙汰みたいで、いつの間にか手にしていた櫛で私の髪を梳き始めた。

 彼女から触れる行為は、学校にいた頃より増えた気がする。そりゃ、友だちだから、そうなるんだろうけど。戸惑うくらいのスキンシップも増えたような……。


「戻ったぞ」


 鈴の音を鳴らして現れた金髪ツインテールの少女ナイト。元クマのぬいぐるみである。


「本当に鈴は取らなくていいの?」


「無論」


 なぜかこの世界では人間化して、彼女に合わせた姿になっている。その中の鈴は、居場所を知らせているようで邪魔じゃないかと言ったんだけど——。「寧ろ必要なものだ」と言葉少なに否定し、頑なに外さなかった。


 そんなに大切なのかな?


 ナイトとは阿吽の呼吸で、深い繋がりだと自負があって、一番近い存在。けど何でもかんでも知っているわけではない。人形であっても独自のパーソナルを築く生命。わからないこともある。


「お前ら集まったかー? そろそろ街に出るぞ」


「……よし報告書も書き上がった、と。伊藤さん確認してくれる?」


「ふふ、やはり早いですね。お任せ下さい」


 この後は大図書館へ向かい街で買い物の予定だ。

 こうやってみんなで街に出るのは久しぶりである。休みの間はこっそり出店を覗いたりしていた。けどバレると大変なことになるので数回に留まっている。


 ようやく自由な外出が解禁。


 これはもう遊ばなきゃ損!


「私を置いて行ったらお仕置きですからね?」


…………。


 伊藤さんは魔法を使えるようになっていた。ロシェも驚くほどの上達ぶりで、実際に私も体験している。

 正直、もう私より強いので抗えない。心的にも抵抗するビジョンは浮かばなかった。なぜかフィレナには「カッコ悪い」と吐き捨てられたけど。


 ということで強敵には下手に出るべきだ。うん。元々大人しいけど、もっと大人しくしよう。


「じゃあとりあえず情報局のほうから行くぞ」


空間転移(テレポート)ですね。では相田さんを眠らせますね」


「お手柔らかにお願いします」


 わーまた転移装置(テレポーター)使うんだ。


 私のテレポ酔い対策として、いくつか案が挙げられた。毎回酔って立ち上がれないんじゃ迷惑だしね。

 結果的に私の状態をどうにかするしかない。問題は状態の対策なんだけど「転移後に回復」「転移中に固定」とか色々出た。出た対策を片っ端からやってみた。しかし一番手っ取り早く確実だったのが「意識を削いだ状態で転移」という……。魔法で睡眠状態にし解除するのが楽と。


 まさかそこまでしないと対策し切れないとは予想もしてなかった。


「気絶で良ければ私がやってもいいぞ」


「峰打ちは地味に後引くからやめよ?」


 実践済みである。

 良い子のみんなは峰打ちしないようにね。



 *



 情報局。大図書館の地下に広がるこの場所。


 内装はまんま洞窟なのでほとんど岩が剥き出し。唯一地面は石材でツルツルだ。天井や壁は木材を打ち付けているが、所々つららの様に岩がせり出ている。


 魔道具のお陰で室内は明るく、カウンターやテーブルがあることで洞窟内に出来たカフェのようだ。

 この広間では全体集会の他、仕事や各所入室の受付などが行われる所だった。ここで仕事をしている人もちらほら。

 研究室や保管室などは奥にあるらしいが、ここからは確認できない。


「ありがとう……。神よ。おお、ここに神がおられる……」


 無事に受付カウンターで報告書の提出。

 紙に頬擦りする彼に苦笑いするしかない。


「大げさですって」


「活躍したのは事実ですよ。相田さんが綺麗に速く書けるからこそです」


「それを言ったら伊藤さんがまとめてくれたからで」


 私たちのやり取りを笑って見ている彼は蟲人族。

 亜人の中でも異端とも言える種族。彼は人型でありながら顔が虫そのもの。カマキリのような顔をしているが、触角が出ているし色も黒い。


 どちらかと言えば——いえ何でもないです。


 シャツで隠れているが、おそらく身体も虫なのだろう。


 亜人族は人間と変わらない者から特徴が強く現れる者まで様々なので、一概には言えない。けれど蟲人族はその見た目から怖がられることが多く、人里離れた場所でひっそりと生活することも珍しくはないのだ。

 こんなに人畜無害な種族なのにねーとは彼の談である。


「君たちのお陰で仕事が進むよ。この間もここを守ってもらったし、本当に助かる」


 彼は総務部管理課と言っていた。

 調査員や研究員の報告書とか、様々な部門で上がる情報を統括管理するそうだ。


 情報局は調査部の他に、総務部、経理部、研究部が存在する。もちろん私たちは調査部である。


 そんなに感謝されるとは思わなくて結構照れくさい。


「あ、聖母様は午後に帰って来るそうだ。それまで街を観てきたらどうだい?」


「そうなんですね。ではロシェさんとナイトさんと合流してから——」


「こっちも終わったぞー」


 奥からやって来た二人。仕事があると連絡をくれた鬼姫さんことリアンさん。ロシェとナイトは私たちと別行動で、直に話を聞いてきたのだ。

 聖母さんことロイエさんからも仕事の話があるらしい。


 幹部から直接依頼があるのは珍しいみたいで噂になっている。

 この前のこともあり注目度はハンパない。

 私たちが情報局に踏み入れた途端に空気が変わったから、すぐにわかった。落ち着かないような、こちらの様子を窺うような妙な空気。心なしか道を空けてくれている気もする。


 うーん浮いてるなー。


 近付くのは、用のある人か全く気にしてない人だけだった。


 今に近付く上半身裸の男は“全く気にしない人”だろうか。


 えーと色々気にしてほしい。


「やーやーロシェ坊に愉快な仲間たちよ! 街に行くなら届けて欲しいものがあるんだ! はっはっは!」


 調査部部長。彼は素面のはずだけど豪快に笑い、隆々とした筋肉を晒していた。差し出される小包。どうやら“用のある人”でもあるらしい。


「どこに届けんだ?」


「これから街案内するんだろう? 酒場のマスターに届けて貰いたいんだ」


「げっ……よりによって酒場かよ……」


 顔を歪ませる彼女。そういえば前も話が出たら嫌がってたなあ。嫌なことでもあったんだろうか。


「はっはっ俺が行くと目立つからな。それにっななんとっあまりっ暇じゃないんだ!」


 謎のマッスルポーズを見せ付けて、じゃあよろしくなーと立ち去る部長。


 笑い声がどこまでも響いている。


 ナイトの鈴より簡単に居場所がわかるなあ。


「自慢じゃないが変人が多いんだ。気にせず馴染んでくれ、新人のお嬢さん方」


「馴染んだ瞬間に終わりじゃね?」


 ロシェのツッコミに蟲人の彼はただ笑うだけだった。

 遠回しに「君もその変人の一人なんだけどね」と聞こえそうな雰囲気であるのは、本人に言わないほうが良いかもしれない。

伊藤志乃のなんとか室


「あけましておめでとうございました。今年もよろしくお願い致します」

「なんか久しぶりに私のターンがやってきた気がするよ」

「やってきた途端に血だらけではありませんでした?」

「気のせいであってほしいね」

「そうですね。私たちの新婚生活が始まるって時に……」

「異世界生活の間違いかな」

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