56 休みなら【銀髪お姫様】
セブンルーク城。
今日はお母様とお姉様に改めて話をしていた。内容は私の忌々しい契約について。
しかし「サクラちゃんの隣だと生き生きしているわ」「フィレナにとって悪い話ではないだろう?」なんて取り合ってはくれない。
確かに状況としては悪くない選択。納得できないのは「生き生きしている」と何を見て判断したのかよ。
仕方ないので部屋の整理をして——ピンクと合流する予定。
私はあの魔道具とあまり距離を取れないから、あいつに来てもらうしかなかった。といっても城内をうろつくとか言って別行動だったのだけど。
一緒に説得する意思がないことに腹を立てれば良いのか、一緒にいるストレスが軽減されたと喜べば良いのか。
階段に差し掛かって、絵画をボーっと眺める少女の姿が目に入る。
私を悩ませる、今までで一番、嫌いな人間。
「なに見てるのよ」
「王様の肖像画」
ああ居たんだ。そんな感じで横目で確認されるだけなのが無性にムカつく。睨んでも肩を竦めるだけ。もう距離感に慣れたような、勝手に完結しているような、諦めの態度だった。
「そんなのわかっているわ。なんで見てるかってこと。私のお父様が珍しいわけ?」
「んーん別に何でもないよ。気分悪くしたならごめん」
「ハッなにヘコヘコしてるのかしら? 低姿勢なら優しくなるとでも思っているの?」
「そうかも」
気の無い返事が癪に触る。こっちすら見ない。
「……両親が居ないからって同情でもしたの」
「いや考えてなかった」
彼女の指先が二の腕を弾く。
その指を見て思い出すこいつの身体と、触られた時の——。
いや何を思い出してるのよ。
あんなの仕方なくだし、やましいことがあるわけじゃない。
ピンクの身体に触れたのも薬を塗るため。焦れったいから仕方なくよ。こいつが変な声を上げるから状況がややこしくなった。あの時は修羅場になるかと思ったわ。
ピンクが私に触ったのも、半人形で身体が上手く合わないから調整しただけ。お姫様ッサージにしようって笑ってたわね。
私は変な声を出さなかった。変な気分にも、ええ、ならなかった。全く何もない。
連想するようにピンクの傷跡にしたことや、見つかった時に撫でられたことを思い出してしまう。
私もこいつも何してんのよ。
城の中が暑く感じる。
「両親は優しかった?」
「普通よ」
「そっか」
指から意識を逸らした私に問われたのは他愛のない話。
そんなこと聞くのは話題がないから?
世間話なんてしてる場合?
こっちは契約を解消しようと必死だっていうのに、こいつは呑気に散歩してたし、今も話し合いの結果を聞いて来ない。
嫌じゃないの? 嫌ってると分かってる人と四六時中一緒だなんて。
「良いわねお気楽で。貴女の親も貴女みたいにぼやぼやお気楽マイペースなんでしょ。想像付くわ」
「…………そうかも」
またそっけない返事。
こうやってイラつかせるの得意技かしら。
「なぜ何も聞かないの。さっきまで私は契約のことで話をしてきたのよ」
「聞かなくても想像付くからだよ」
即答されて思わず言葉に詰まる。
私より年下で、私より弱いくせに、どこか達観した大人の部分を見せる。
生意気な紫の瞳。やっと私へ向けられた視線なのに、まともに受け止めることは出来なかった。
*
「わたしは英雄様とけっこんするの!」
私が憧れたのはカッコいい英雄譚。
颯爽と現れ、弱きを助け悪を挫く正義の味方。無敵で誰にも好かれる存在。バカみたいだけれど、子どもの頃はそんな英雄がいるんだと信じていた。
「私が英雄になる!」
ピンチに助けてくれる存在なんて居ないと気付いた後は、自分がそうなれば良いと必死に鍛えた。剣を覚え魔法を覚え知識を蓄え——強さを追い求めた。私が英雄であると根拠のない自信を胸に。
「英雄なんて存在がいるわけ無いじゃない」
そんな幻想は半人形と化すにつれて霧散。日記では助けを求め、人形として時を過ごす間も諦めばかりが心を支配した。不安が心を切り裂いた。
もう、無理なんじゃないか。
真っ暗な世界で挫けそうな時。やって来た人はへらへら笑っている能なし。
どうせ無理よ。誰も解決できなかったことなんだから。お姉様も、お母様が呼んだ高名な魔法使いやAランク級の魔術師でもダメだったのに。
「確かに私は完全無欠な英雄でも正義のヒーローでもない」
頼りなく笑うこいつに期待するなんてバカよ。
「出来るとか出来ないとかの問題じゃ無いんだよ」
綺麗事を並び立てるやつなんかに絶対任せられない。
「私のワガママなんだよ」
他人を不安にさせ泣かせる者が、自分を理解できない愚か者が、非力で口だけの偽善者が、どうにか出来るわけない。
そう思っていた。
英雄じゃないと口にしたピンク色の少女。袋小路だった問題を解決した。ワガママという名の正義を貫き人を助けた。挙げ句の果てには、身を呈してまで悪党と対峙した。迷いのない瞳で。
私は約束さえ守ることが出来なかったのに。
諦めかけていた存在。それに近い人が現れたら嫉妬もする。
もう認めているわ。自分の気持ちが分からないほどバカじゃない。憧れてやまない場所に居るこいつを妬んで、嫌なところばかり見て、勝手に嫌いな人間と断定している。
分かっているわよ。そんなこと。
それでも嫌いであり続けなきゃいけない。
こいつは“近い”だけで完璧じゃないんだから。
*
石の中では外の様子がよく分かった。
ピンクの胸元にぶら下がっているのは不満だけれど、他人からは見えないし話すことが出来る。魔導師様のお陰でそこら辺は楽ね。
でもその所為か、こいつから私の存在を忘れられていることが多い。
こっちはムシャクシャと考えるばかりなのに、何とも思われていないのはムカつく。忘れられてると大変なことになるし……。
今のうちに存在を主張しておくべきね。
「帰りはこっちじゃないわよ」
「たまには良いじゃん」
たまにじゃないから言っているんだけれど。
あの三人に怒られるだろう寄り道。なのに商店街のほうへ歩いていた。
この愚か者に何を言っても無駄と理解したのはつい最近。真面目だと思っていたけれど意外と自由なのよね。
クネクネと入り組む小道を迷わず進む姿は常習犯のソレ。
おばさんが窓から手を振ってくるのも、広場で遊ぶ子どもたちが纏わり付いてくるのも、屋台のお兄さんが串焼きを差し出すのも、全部こいつが常習的に入り浸っている証だった。
「このお肉って何?」
「ルークワニの肉ね。国の近くに流れる川で生息してるワニ。繁殖力の強い種類だから、冒険者ギルドで定期的に募集かけて狩るのよ」
「へぇー地産地消ってやつだねー。食べる?」
「貴女がもらったものでしょう?」
食べるにしても目立つから簡単に外へ出るわけにいかない。
それに、こんな身体になってからはあまり食欲が無い。
食べなくても生きていられるのは半分が人形であるからで、ピンクの能力が動力源だから。癪だけど、事実として人間の面は機能しているのか分からない。
するとピンクは、串焼きを石へ押し付けて勝手に収納してしまった。私の元へ串焼きがやってきてしまい慌ててキャッチ。
あ、危なかったわ。
この魔道具の性能の一つが特殊な収納術式だったと思い出したのも束の間、いきなり走り出したピンク。
今度はなによ……!?
商店街の中央通りは混雑が激しい。繁華街とも呼ばれる通り。人波を縫ってひたすら走る。
視線の先では、駆け去る誰かの背中に店主が怒っている光景。
あー盗まれたのね。
「おじさん! これ代金!」
合点が行くのと同時に、こいつは果物屋の店主に金貨を一枚投げ渡す。速度を落とさず通過。
って、フルーツが盗まれただけで金貨一枚とかバカなの!?
銅貨一枚でも足りるだろうに、平然と一月分以上の生活費を渡されたら怒ってる場合じゃないわよね。さっきまでの怒声が今は全く聞こえてこない。
どういうつもりなのよ。
「アホなの? 代金に金貨を渡すなんて……」
「やっぱり多かった?」
「まさか“貨幣の価値が分からなかった”とか言うんじゃないでしょうね」
「そのまさかなんだなぁ」
持ってるの金貨だけだったし、と笑うピンクに呆れてしまう。異世界人の一人であるシノでも金貨が高価なものだと知っていた。少しは理解があると勘違いしてたわ。
バカね。金貨を出すのも泥棒の代わりに払うのもバカよ。
「そこの君ー止まってー!」
泥棒が角を曲がって路地裏へ入って行く。
「出番だよっ守護人形・照々坊主!」
三体の純白人形が飛び出して泥棒を追う。しかし相手の逃げ足のほうが上手だった。あれは、獣人かしら。しなやかな動きで人形の追撃を器用に避ける。
「最大出力」
ピンクの背後に控えていた一体が真っ白な弾丸となった。
泥棒を追い抜き進路上の荷物に追突、積み上がっていた樽が倒れる。転がってきた樽につんのめ倒れた泥棒。立ち上がろうとするそいつの膝裏に、白い人形が手加減なしの頭突きして……ガックンと崩れ落ちた。
「ふぅー走るの苦手なんだから走らせないでよ。でも止まってくれて良かった」
「それ“無理やり止めた”の間違いよね」
人通りが無いのを確認して外に出る。
息を切らしているピンクと「褒めてー」とばかりにユラユラする笑顔の人形。そして果物を握る泥棒と取り囲む三体の人形。
ああ、これ表通りじゃなくて良かったわ。
「憲兵に引き渡すんですよね……」
ゴロンと大の字に倒れた泥棒は獣人。猫人族だった。
亜人。中でも獣人には幅があって、獣寄りか人間寄りかがある。この少女は人間寄り。猫の耳と尻尾で判別できるだけだった。
身なりからは貧民街の出であることが窺える。女に優しくない風潮が残る国では風当たりが厳しい。
就職先は無いに等しいわね。
盗みに走るのは当たり前とも言え、想像に難くない。
ピンクは浮遊する人形を撫でながら少女に近付いた。
「確かにお金を払わず無断で取っちゃうのはいけないね」
諦めたように空を見上げる少女に、人間ですらない私には何もできない。
「奇跡的に支払いは済んでるからその果物は君のだけど、果物屋のおじさんには謝らないと」
憧れた英雄に“近い”こいつ。遥かに“遠い”私。
そりゃ、こいつが興味を持つどころか見てくれるわけないじゃない。迷惑を被っているのも呆れているのも、こいつ。
バカは私よ。勝手な逆恨みを許容されていただけなのに——
「お姫様?」
な、なんで私を見てるのよ。適当に返事をして、誤魔化すように手にしていたワニ肉の串焼きをかじる。……美味しいわね。
ちらっと確認すると、間違いなく紫の瞳が私を捉えている。なぜか悪戯っぽい顔。
「お姫様は、国民が困っているのを見過ごせるの?」
何もかも見透かしたような瞳で試すような問い。
「愚問ね」
答えた後には、なぜか優しげな瞳で見られていた。また言葉に詰まる。
なんでそんな瞳なのか、なんで言葉が出ないのか。それを疑問に思っている間は、こいつの後ろにいるだけなのよね。
本当はこいつを超えたら憧れに近付けることを知っている。
知っていて逃げる無様な真似は、絶対にしたくない。分かったわよ。まずは隣に並ぶ為の一歩を踏み出そうじゃない。
「私にそんなことを聞くなんて愚かよ、サクラ」
意外そうな顔になるのを小気味良く思って、提案するのだった。
伊藤志乃のなんとか室
「二人が仲良くてとても嬉しいです」
「誰と誰が仲良いのよ」
「ふふふふふ……」
「ねえ、貴女もしかして、もの凄く怒ってるかしら?」
「いいえ。いくら相田さんとフィレナさんが逢瀬を重ねていても怒ったりしませんよ?」
「そんなもの重ねてないわよっ!」
「んーそうですね。少しだけ相田さんにイタズラをしてしまうかもしれません」
「やっぱり怒ってるじゃない……私に被害がなくて良いけど」
「それはどうでしょうか?」
「…………」