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55 休みなら【黒髪中学生】

 

「危ないッ!」


 温かな風が薄紅色の雪を運ぶ季節。

 入学式へ臨むたくさんの中学生が桜並木の道を歩いて行きます。その中で私も新入生として歩いていました。


 必死な誰かの声が辺りに響いて、気付いた時には何かを踏んでいて——


「あの?」


「いっ……」


 後ろには倒れている女の子。

 ひらひらと舞う花びらと似た短髪を乱しています。


 スカートの中を覗き込みたい願望のある変態さんでしょうか? にしては大胆ですし女性のようですし、とても痛がっています。

 痛がっている理由を彼女の手を踏んでいるからだと至って、そっと足を退けました。


 立ち上がった彼女は同じ制服。真新しい制服は同じ新入生であることを示していました。

 それより目を惹くのが、鮮やかな赤紫の瞳。髪色といい珍しいものでした。染めたりカラーコンタクトだったりではない自然さです。これは校則で引っかからないのでしょうか。


 不良さんというより、春の精霊のよう——なんて幻想を抱いてしまいます。


 中性的な顔立ちはほぼ無表情で、あまり目を合わせようとはしません。

 守るように握り込んだ手の甲は赤く痛々しい。踵で思い切り踏んでしまえば当たり前ですね。



「ごめんね」



 こちらが声を発する前に、一言謝りさっさと走り出した女の子。


 あまりの早さに呆然と見送ってしまいました。


 彼女の後ろ姿が二人組の中学生で立ち止まり、あちらでも言葉少なに声を掛けています。何かを渡しているようでした。


 あれは……マスコットの付いたキーホルダー。


 落し物を拾ってあげたんですね。彼女は私が落し物を踏みそうなのを見て、慌てて守ったということでしょう。


 しかし、なぜ「危ない」となるんでしょうか?


 それに——善意の行動をした人は決まって喜びや誇らしさがあるはず。それは大なり小なりあるものです。

 彼女の横顔は、安心した中に苦さを感じているような複雑さをかたどっています。


 見た感じでは偽善のように思えませんが。


 違和感を覚えている内に、また彼女は足早に去っていきました。



 *



「今にして思えば納得できるんですけれど」


「桜はそっちでも色々やってんだな」


「最初はどんな方なのか存じ上げなかったので、ただただ不思議でしたね」


 休みの日。ロシェさんのお家の庭で魔法の特訓中です。


 ロシェさんは私の希望を快く聞いて下さり、魔法について教えて貰っています。最近は座学ばかりでしたが、こうやって外で実践することも多いです。


「志乃でも不思議に思うんだな……っと、つーかお前ホントに魔法使えなかったのか?」


「使えませんでしたよ」


「初めてでこれかよ。魔力量も構成も速度もコントロールも申し分ないどころか、そこらの魔法使いより強えぞ」


「お褒めに預かり光栄です」


 今日は無属性魔法の練習。

 無属性とは、“無”という属性ではなく“属性が無い”という意味だそうです。特出して属性の付かない、または付ける必要のない魔法ですね。


 魔法の分類を大別して、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、特殊魔法があります。

 属性によっては攻撃が得意であったり、回復が得意であったりするのですが……無属性魔法は全てをカバーできるのです。基本魔法とも呼ばれているみたいですよ。


 結界や探索、強化など。今は様々な特殊魔法を学んでおります。

 丸太に拘束魔法をかけているのですが、どうやら大丈夫のようでした。


 そんな中、ロシェさんが私と相田さんの出会いについて知りたがっていたのでお話ししていたのです。


 今更ですが今となっては何も不思議なことはなかったですね。


 相田さんはマスコットの声が聴こえていたから「危ない」と咄嗟に叫んだ。私に向かって言ったセリフでは無いのです。


 そして彼女は他人と関わることを避けています。

 恐らくは人形使いという能力の露呈を避ける為でもあり、誰かを巻き込みたくないという意思の現れでもあり……過去に何かがあったのでは、とも邪推しています。助けたいけれど目立ちたくはなかったのでしょう。


 残念ながら本人から聞いていないので予想でしかないのですが。


「出会った頃の相田さんは無口で、行動だけはアクティブな人でしたね」


「あいつ割と喋るけどな」


「ふふ、最初は大変でしたよ」


「そういえば今日は来てねぇなー」


 こんな話が出来るのは本人がいないからだと気付いて、彼女がいるはずのテラスを二人で眺めました。

 勉強になるからと、いつも様子を見に来てくれていたのですが。


「ナイトさんは森で修行してくると言って外出中ですし、相田さんはフィレナさんと二人きり……?」


「気になんのかよ」


「なりますよ」


 呆気に取られたような表情のロシェさん。

 ついムキになってしまいました。後悔先に立たず。彼女は次第に意地の悪い笑顔になってきます。


「へぇーやっぱ桜のこと大好きなんだな?」


「もちろん」


 好きであることを後悔するほどに。


 彼女は珍しいものを見るように紅蓮の瞳を細め、私はそれに気付かないフリをして丸太への拘束を強めました。



 *



 相田さんと出会ってから私の人生は変わってしまいました。


 そして相田さんの人生も、私の所為で変わってしまいました。

 異世界に来ても変わらず優しく、変わらず勇敢。


 でも。


「この世界では自殺行為です」


 彼女の優しさは彼女自身を殺してしまう。それはこの異世界で顕著になりました。

 誰かを助ける行為は、平和な日本では滅多に危険なことになりません。むしろ相田さんが王子様も真っ青なほど助けることで、有名になってしまうのが心配なほどで……。


「私が魔法を使えて相田さんを守れていれば、傷付くことも苦しむこともなかったんですよね」


 相田さんが聞いたら即否定されるでしょう。

 それが分かるからこそ本人に伝えられません。



 友達として全力で支える。



 だから魔法の練習や書類作成もやろうと思えました。もう無理をして欲しくないですからね。

 少しでも力になれるように、少しでも罪を償えるように。少しでも彼女に必要とされる人間であれるように。


 少しでも……側に居られるように。


 そこまで彼女自身に執着するようになったのはいつからでしょう。


 考えている内に相田さんの部屋にやって参りました。


 二人が外出をする話は聞いていません。場所に心当たりがないので部屋にいると思うのですが。


 ノックをしてみると許諾の声が聞こえ安心しながら入——




——思わず扉を閉めてしまいました。




 もう一度、恐る恐る扉から覗くと、フィレナさんが相田さんに組み敷かれている光景。

 笑顔でこちらに手を振る相田さん。うつ伏せのまま朱に染まり口を抑えるフィレナさん。


 なんでしょう。イラッとしてきました。

 それにとてつもない既視感です。


「どうしたの?」


 どうしたのか聞きたいのはこちらですよ。言葉を飲み込んで心を落ち着かせます。相田さんのことですから優しさの延長でしょう。きっとそうです。


「お二人の姿が見当たらなかったのでお声掛けしただけですよ。新しいマッサージでもされているんですか?」


 そうだったんだーと嬉しそうなのは、こちらも嬉しいのですが、違うんです。焦らさないでください。

 既視感があるのは先日のアレの影響でしょう。アレはアレでおしおき出来ましたし良かったのですが、今度は何をなさっているのか。


「これが新しいマッサージといえばそうなのかなあ?」


「ちっ違うわよ! これにはちゃんと理由があって仕方なくこうやって触らせているだけで」


「そんな否定しなくても。結構気持ち良さそうだったのに」


「なっ」


 変な触り方をするからでしょう!?

 あれぐらいしないと効果がないし。

 だからってあんなに激しく……!

 あ、お姫様ッサージって名前にしよっか。


 聞いていて頭が痛くなってきました。


 フィレナさんは私の欲しい位置にいながら、相田さんを嫌っている方です。いえ“嫌いだと思い込んでいる”が正しいでしょう。または“思い込もうとしている”と。

 自覚があるのか無いのか分かりませんが。


 感情というのは一言では表現できません。

 心の中は好きか嫌いかだけでは決められないのです。私もそうであるように。


 フィレナさんを見ていると前の私を見ているようで——もしかしたら、という可能性に至ってしまい、ざわついてしまう気持ち。

 もちろん顔には出しません。心配されるのは本望ではありませんし。



「伊藤さん?」



 しかし相田さんは何かに気付いたようで、いつの間にか覗き込まれていました。

 変なところで察しの良いことを忘れていました。


「お姫様、今日はこれくらいにしようか。時間取らせちゃってごめんね」


「はあ……まあいいけど……」


 怪訝そうなフィレナさんを置いて、押し出されるように部屋から出て手を引かれます。そのまま私の部屋に入りました。

 何を考えているのか分かりません。


 相田さんのことは何でも知ってます。

 人形使いであること。能力を隠したがっていること。人形助けと言いつつ人助けもする優しさや、その為なら自分の身や時間も削ること。学校では沈黙の王子様と呼ばれて人気者であること。それを本人は知らずにいること。耳が弱くて乗り物にも弱いこと。人肌に安心すること。頭を撫でると緩んだ表情になること。怒ると怖いこと。


 ナイトさんには敵わなくとも、彼女のことを知っている自信はあります。


 でも知っているから全てを理解できるわけではないのです。


 それに、それ以前の問題なのでしょう。


 こんな風に真剣な表情で見つめられるのは、最近では多いはずなのに、真意も簡単に推し量れるはずなのに、慣れたはずなのに、いつものようには考えられない。


 自分の感情が自分の物なのに知らない物のように膨れる感覚。


 珍しく速まる鼓動と熱く蕩ける思考。気付かれたくないのに気付かれたい気持ちに苛まれます。

 仮止めの笑みを浮かべ、冷静に乱れた意識を整えました。


 見てくれるだけで嬉しいなんて、私は子供ですか。


「ごめん。そんな顔させるなんて思ってなかったから。何かしちゃったかな?」


 相田さんは不安げに尋ねてきます。何かと葛藤するように考え込んだ後に、シュンと悲しそうな姿が子犬みたいで可愛いです。いえ可愛いとか思っている場合ではありませんでした。


「何でもないですよ。フィレナさんと仲が良くて安心していたんです」


 しかし何故か相田さんのほうは泣きそうな顔をしています。


「お姫様と仲良いのは伊藤さんのほうじゃん……」


 拗ねたようにそっぽを向く相田さん。


 ええ、可愛いです。


 違いました。何かを誤解されているような。


 話を聞いてみたら、何故か私とフィレナさんが超親友という認識になっていたらしく——何故です。

 相田さんは愛されている自覚がないんですか。


 なら、自覚するまで近くにいるだけ。


 まずは誤解を解かなければと、淡い色の柔らかい髪を梳きました。


 私はあなたと一緒にいたいんですよ。

 その想いが伝わるように。

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