54 休みなら【天才宇宙人】
ボクが桜たちと出会い、レジスタンスと聖法旅団による襲撃事件を解決して数日。
桜の療養とボクの休暇を兼ねて、しばらくの間はお休みになった。
まー当たり前だな。
異世界からやって来たばかりであるこいつらに、国の命運の片棒を担がせた。それだけじゃねえ。紆余曲折あり、桜たちはボクと同じ職場である情報局で働くことになってしまったんだ。
不本意だろうと思ったが本人たちは気にした様子はない。
「空間転移が使えますし普通に旅するよりも効率的ですよ?」
「ロシェに恩返しも出来てないから、むしろラッキーかな」
「給金を貰える上に住める場所もあるなら上等だろう」
ホントに変わり者どもだ。それに異世界人ってみんなそうなのかと思うほどに特殊。
魔法とは違う不思議な能力を使う桜。
頭脳と魔力量がとんでもねぇ志乃。
ぬいぐるみでありながら強えナイト。
こいつらは妙に察しが良くて、未だにボクのことを深く掘り下げようとはしない。
特殊なこいつらに目を付ける気持ちも分かるが——。
「最初に見つけたボクに相談もなしかよ」
それも当たり前か。一局員の下っぱ調査員に相談する話でもねぇし。
とりあえず大体の食事の準備が整った。
後は呼びに行くだけ。
いつものように桜の部屋に向かった。
*
「やぁっそれやだ……もっと優しく……!」
「ゆっくりのほうが好みですか? 物好きですねえ」
「ぁふっ……い、いじわる、しないでよ」
「ふふ、つい。でもあまり声を出していると勘違いされちゃいますよ?」
「こ、え? んっ……だってこれ……ぬるぬるしてピリピリで、変な……感じに」
「我慢出来ないんですか?」
「でき、ない……」
「では」
「紛らわしいわゴラァ!」
声が漏れるドアを思いっきり開く。他人の家でなーにいかがわしいやり取りしとるんじゃ!
広がる光景はやり取り以上にぬるぬるで肌色が目に痛い。
志乃が桜を押し倒していた。
嗜虐的な笑みを浮かべ体をまさぐっている志乃。涙目で息も絶え絶えに震えている桜。誰がどう見ても情事の最中にしか見えない。
初見だとマジでビビる。
今はもう慣れたが、慣れても看過できるもんじゃねえ。ボクには止めらんねーから、いつも通り人差し指でシーっと静かにするようにしか伝えないが。
「ほら静かにして下さいとロシェさんも言っていますよ」
「そ、そんなこと言われても」
「マスター、最初の頃より楽になったのでは?」
「そうだけど我慢できるものじゃないってば」
真っ赤になって弱々しく否定する彼女に味方をする者はいない。
そしていつも通り、桜の部屋に居るのは桜と志乃だけじゃない。
使い魔認定された桜のぬいぐるみことナイト。ま、ぬいぐるみって言いつつまんま人間なんだがな。
で、無言で現場を眺める銀髪の姫。セブンルーク王国王女であり、色々あって桜の奴隷になった勝ち気なお嬢様だ。
こちらは鋭く睨んでいる。んなツンケンしなくていーのにな。険しい表情なのは言うまでもなく、ボクが来るのもいつも通りだからか最近ではこちらに振り向くこともしない。
このように桜の部屋として宛てがわれた部屋は、みんなが一堂に会する場所でもあった。
「ロシェさんが来たということは、お食事が出来たんですよね」
「今日はお前らの言ってた“和食”ってやつにしたぞ」
「あら楽しみです。では早く終わらせてしまいましょう。せっかくのご飯が冷めてしまいますからね」
「やっまっ待って! 伊藤さん落ち着こう! 疲れたよね!? 後は自分でやるよ!」
ベッドの上、ワキワキと両手を動かす志乃に後ずさる桜。カタンと、ベッド脇に置かれた小瓶が揺れる。中に緑色の粘液が入った瓶は蓋が開いたまんまだ。
桜は先日の戦いで聖法旅団の一人に薬を盛られてしまった。
マジな毒薬より厄介な出来損ないの媚薬らしい。聖母の治療で何とかなったと聞いていたが……。
「隠してたことは何度でも謝るから!」
「まだ体の半分くらいしか塗れてないですよ。一回やっちゃえば一日楽になるんですから大人しくして下さい」
「わー聞いてくれない!」
毒の作用みたいで効果がぶり返したらしい。
桜はこっそり聖母に相談していた。
どうやったんだか、聖母は捕まってる聖法旅団に聞き出して鎮静薬を貰ってきた。数日中には治るからそれまでこれで収めるようにと。
方法は怖くて聞けなかったが、嘘はないと言われたらしい。
その鎮静薬が緑色の液体で満ちた小瓶。
けっして卑猥なことに使うものではない。
桜は塗り薬になっている鎮静薬を一人苦戦しながら身体に塗っていた。もちろんずっと一緒だったフィレナは知っていた上に、意外にも途中から手伝ってもいた。
ナイトも知らされていたがずっと沈黙。
この中で知らないのはボクと志乃だけ。
しかしまああんな声を上げるくらいじゃあバレるのは当たり前。
志乃はニコニコしていた。
それはもう良い笑顔で。
思わずゾッとしたボクの感覚は正しいらしく、みんな志乃のすることに横槍を入れない。刺激しちゃいけねーと本能で察したのだ。
それでも、だ。いかがわしい声を聞いている身にもなってくれ。
こんなに紛らわしい状況なのは、志乃のイタズラと桜の無意識の影響。最もタチが悪い。
ボクの家が変態屋敷と呼ばれてしまうだろうが。
*
桜が工作してくれた箸とやらは使い難くて、結局はフォークとスプーンを使っている。挟むよりぶっ刺して食うほうが早い。
対してナイトは嬉しそうに、それも器用に箸を使う。桜でさえも驚いていた。そりゃ元ぬいぐるみだもんな。
「これがオロチ米の飯。これは近くの川で採れた魚。んでこっちが卵焼きってやつ」
和食っつー食事のジャンルがあると聞かされてから、話を聞きつつ簡単なものから再現していた。みそ汁ってのは材料がねぇから無難な野菜スープにしたけど、不満そうな顔は一つもしていない。
「とても美味しいですね」
こいつらは本当に毎回美味しそうに食べている。作りがいがあるというか。こんな賑やかな食卓もいつ以来だろうか。
「うん。ロシェはいいお嫁さんになるよ」
思わず吹き出しそうになるのを堪え「天才宇宙人のスキルを甘く見るんじゃねーぞ」と胸を張ってみる。
茶化されるのは慣れているんだが、桜の場合は素で言っているのが分かる。なんつーか一番厄介なタイプだ。
焼き魚を見て、サシミやスシで食べてみるのも良いと会話する異世界組。どうやら生で魚を食べる風習があるらしい。その内「ショウユがないから美味しく食べられない」という結論に至って勝手に話が終了しちまった。
——少し気になる。
そのまま桜と志乃は報告書の進捗を話し合い始めた。食事中だってのに。
本来はボクの仕事なんだが……こほん。
志乃がボクから詳しく話を聞いてまとめた後に、桜が清書していた。休みなのに仕事熱心すぎる。後始末をさせておいてなんだが少しは休んでほしいもんだ。
志乃は桜と居られる理由になるからって楽しそうにしてるんだがな。桜も満更では無さそう。
このように、すんげー仲が良いこの異世界コンビ。
二人はカップルかよってほど仲が良い。
不思議なのはここに来る前はカップルどころか友達じゃなかったってことな。ホントに不思議だわ。
「そうだロシェ。前にくれた紙と報告書が違う紙質なんだけど、あれってどんな違いなの?」
「あーあれかー魔封紙っつう特殊な紙をお前に使わせたんだよ」
興味津々で聞いてくる桜は、時折ボクを先生のように頼ってくれる。
なんだか生徒というか、後輩というか、妹が出来たみたいで嬉しい。んなこと直接は言えねぇけど。
「これも魔道具の一種だな。主に秘密にしときたい内容をやり取りする為に使うんだ。記した内容は書いた本人と相手にしか分からないように」
「へぇ、でもなんで単なるメモ書きに使わせたの? そんな特別なものなら高いよね?」
「まあ高価だが、お前に魔力があるか見てたんだよ。魔封紙には魔封筆で書けて、魔力があれば魔封筆の柄の部分が光るんだ」
「光らなかったね」
「光らなかったな」
魔力が無いことを大して気にしていないのか反応が薄い。魔法を使う生活してないなら当たり前といえば当たり前だろうか。必要がねーから備わってねーんだもんな。
「この魔封書セットで面倒なのが魔力の組成を阻害しちまうことかな。魔力が勝手に流れちまうから魔法が上手く使えないんだ。最近のはコスパ良くて魔力阻害しねーやつもあるんだけど」
「最新に変えないの?」
「在庫があるし当分はこのまんまだな」
なんていうかまあ、聖母の言う通り知識不足と危機感の不足が見て取れる。だからこそ今のうちにボクがしっかり教えないといけない。
この世界のことを。魔力が無いことの意味を。
「ロシェ?」
「っと、お前らはまだ慣れてねぇんだから根を詰めすぎるなよ」
「う、うん。気をつけるね」
出来る限り教えたら、こいつらとはおさらばだ。
パーティーを解消し寮を使わせる。そして一切関わらない。それが休みの内に考えたことだった。
ボクは天才な宇宙人。
なら賢明にそうするべきだろってな。
ボクがボクで居るには一人で居るべきだって、決めたことを曲げられるほど甘ったれてねーんだよ。
こんな風に食卓を囲んでいられる日々を眩しく感じて、この時間のまま止められる魔法が使えないことを、ほんの少しだけ悔やんだ。
伊藤志乃のなんとか室
「来た! 宇宙人のボクが活躍する瞬間が!」
「ロシェさんより相田さんの状態のほうが衝撃的のような気がしますけれど」
「言うな、それ以上言うんじゃない……やっと本編のジャックが出来たっつーのに大してアピール出来なかったのはマジでショックなんだからよ!」
「私たちの濃厚な絡みでロシェさんの回をジャックして申し訳ございません」
「言うなっつってるやん!」
「相田さんの身体についてならいくらでも話せますよ。とても【よいこのみんなはみれないよ】でしたから」
「聞いてねぇよ! もういっそのこと全部規制してくれ……!」