53 報告書類
議論したわーみたいなスッキリした顔で解散するお偉い様たち。
私たちが訪れたのは聖母様の執務室。
情報局に入局することになった。その手続きをする為にやって来たわけだ。
ちなみにナイトは私の使い魔という立ち位置で、契約自体は不要。責任は私が一手に受ける。
「あなた達を引き抜くの大変だったのよ~リアンと何度も打ち合わせしてね~どうやら予想以上に気に入られてたみたい」
契約の準備中。ロイエさんはそこまで予想してなかったと苦笑していた。
会議の行方がもっと厳しく罰し排除する姿勢かと思いきや、むしろ引き入れる気満々。女王の政権前では考えられないという。
元々ロイエさんたち三幹部も私たちを引き込むつもりでいたらしい。全くもってそんな相談もされていないし、就職だなんて関係ないと思っていたし、なんだか騙された気分だ。
「はいこれ。みんな局員でいる間は必ず付けていてね。マーブルみたいに細工でもしない限り、外している間でも効果あるから気を付けて」
ナイト以外はロシェの付けている紋章と同じものが支給された。
契約術式の中でも誓約術式を施され、利用規約の同意まで話がとても長い。それもお互いが傷付かない為のルール。マーブルみたいな人を出さない為だもんね。
そして紋章にはもう一つの機能がある。
空間転移機能だ。
なんでも転移結晶を細かく砕いて紋章に封入した小規模な転移装置らしい。
もちろん悪用されないように対策がされている。誓約術式でカバーし、更には転移結晶を束ねる親玉結晶が存在し、簡単にご利用停止できるのだそう。
「あなた達は大丈夫そうだけれど、ルールだから」
他にも紋章は、職種ごとに分けて階級を付ける役割もあるのだそう。まだ私たちはルーキーなので真っさらである。
ともあれ契約の儀式が行われた。
正式に情報局の人間となる。
それは良かったのだが……。
「じゃあ制服はこれね。一つは館員の制服、もう一つは局員の制服よ~」
情報局員は大図書館員、通称館員を兼任する。
もちろん毎日ではなく、局員としての仕事によっては本当に表舞台に出ない人もいるとか。館員の中には一般国民も働いている為、大図書館の経営は成り立つそうだ。
「制服ですか……」
「学ランとセーラー服だ……」
「ちゃんと予備もあるわよ」
制服といってどこからか出された服たち。
ほぼ学ランとセーラー服といって良い形状の服は、色とりどりデザイン様々。確かに局員さんたちはそんな服装であった。
フォーマルな服装は黒と白らしい。
ロシェみたいにパンツスタイルが良いのだが、なぜか出されるのは可愛らしいスカートばかりである。
「私は着ないッ! ぜっっっったいに着ないぞ!」
「ナイトは大丈夫だから落ち着いてー無闇に刀を振り回さないでー」
ただでさえつり目がちな目が鋭さを増して、鬼気迫る形相と化していた。
そんなに制服がイヤなのか。
似合うと思うけど……使い魔扱いのナイトは着ることを強要されていない。お願いだから落ち着いて欲しい。
「まーあたしくらいのニンゲンだと? 存在がおっきすぎて? イフクさえもイフするっていうか?」
「素直にサイズがないと言えば良いでしょう」
「あーちっこいもんなお前」
「コラまて誰がちっこいってー!?」
和気あいあいと制服を選んだり、今後の方針を決めたり。
そういえば私たちは異世界人ということで、ロシェに色々とレクチャーを受けることになった。
しばらく生活するのもロシェ宅である。ロイエさんの剣幕に負けて彼女は渋々了承。チームとして行動することにもなった。
レイリーとルミネアは異世界人じゃない上に他国の大切なお客様である。別行動になるだろうとの話だった。
「機械コンビは後で詳しく話を詰めるとして……異世界コンビは少し話をよろしいかしら?」
異世界コンビ。伊藤さんと顔を見合わせてから、ロイエさんにゆっくり頷いた。
勝手にコンビ認定されているが、そこはまあ良いだろう。ちょいちょいっと招き寄せられたので素直に従う。
「文字の読み書きは出来るの?」
「この世界の文字は読めますが書くことは出来ませんね。読めるので練習すれば書けると思いますけれど」
「では、あなた達の世界の文字は、普通に読み書きが出来るのね?」
「出来ますよ。特に相田さんの字は綺麗です」
「その情報必要かな」
文字の読み書きといえば、昨日の朝や旅人の国に踏み入れた時にも話題になった。
私たちは異世界の文字が理解出来る。しかし異世界の人は、日本語や英語でも文字がチンプンカンプンだった。
「それなら良かったわ。場所が場所なだけに代書屋なんて雇ってないから。読み書き出来ない人は出来る人と組ませてるしね~不可能じゃないだけマシだわ」
代書屋さん。代筆してくれる業者か。
大図書館ならまだしも情報局の存在はバレたくないだろうし、専門に雇うとなればお金もかかるだろう。
「文書の作成も、その読み取りも必要だから」
「なぜ読み書きが出来るか聞くのでしょうか?」
「伊藤さん?」
あれ、会話のキャッチボールが成り立っていない。
ロイエさんが言ったことを聞いてなかったのだろうか?
不思議に伊藤さんを眺めていると、苦そうに私を見ていて……ロイエさんは「察しが良いわね~」と微笑む。
「私たちはロシェさんと組むんですよ。読み書きが可能であるかなんて、聞いている限り最優先事項ではないはず」
あ、そっか。ロシェが書けるじゃないか。すっかり忘れていた。
「ふふ、シノちゃんだったかしら。鋭いわ」
私たちの前に筒状の紙が渡された。
受け取り開いてゆく。手触りはザラザラで普通の紙より厚手だ。少し茶色っぽいし、俗に言う羊皮紙だろうか。
でもロシェにメモ書きで渡された紙は違かったなあ。羊皮紙の種類が違うってことかな。
「……読める?」
「新しい文字ですかね」
「これって文字?」
ミミズののたくったような字は、文字が読めるはずの私たちには理解不能。伊藤さんと揃って首を振る。
「それロシェが書いた報告書なのよ……」
「「え」」
なんとなく、だいたい、ロイエさんの言わんとしていることが分かってきた。
彼女の表情は少々疲弊の色を混じえている。
「ロシェが一人で活動するようになって問題が出たの。ソロは別に問題じゃないんだけれどね。読み書き出来ても字が下手過ぎて誰も読めないのよ」
「これ、今までどうしてたんですか?」
「私たちがロシェに直接聞いて、改めて報告書にまとめるようにしたわ。それでも彼女の仕事量に比例して書類が増えてくものだから、次第にカバーしきれなくて——」
「しきれなくて?」
無言で書類の束を渡された。ざっと数十枚はあるだろうか。
「ロシェ自身は自分の字が読めるみたいだから、清書する前のロシェ用メモがこれだけあるの。急ぎの書類以外なんだけれど。それでね」
「私たちに今後の報告書作成と、今までの報告書の清書をして欲しい。ということですね」
「いやぁ~本当に心苦しいのよ~」
心苦しそうっていうか、面倒ごとから解放されたとばかりに清々しい笑顔ですけれども。
ジト目の私にキラキラ上目遣いをする聖母様。
「ね、お願い。サクラちゃんの綺麗な字も見てみたいの!」
「ええ? 私が書くの確定なんですか? でも決まった字を書くならともかく報告書なんて難しいのは……」
「報告書のフォーマットはあるから、それに添えば大丈夫よ」
「私が文を構成して相田さんがそれを書けば問題ないのでは?」
それは悪くない話、かな?
これからはそうするとしても、この大量の書類はどうしたら良いものか。
激しく蛇行する線を眺めて、初仕事が文書の清書であることを嘆いた。…………。いや、なんて平和な仕事だろう。いえーい。
ふとロシェに振り向けば、明後日の方向を向いて頭を掻いていた。聞こえてたみたい。
こうして私たちは大図書館の人間として、情報局の人間として、働くことになった。
働きつつ世界を旅して、人形を救う手掛かりを見付けて、元の世界に戻って————普通の平凡な生活に戻るんだ。
その為のワガママを貫こう。
貫いた先に望む未来が待っていないことを、この時の私は知らない。