52 国家機密
えーと国家間の問題と言っただろうか。
そんな大事に発展していたようには思えなかったのに。
震えるレイリーの隣にはルミネアはもちろんだが、反対側には知らない男の人がいる。
高級そうな幾何学模様の白衣を羽織った彼は、モノクルがよく似合っていた。白衣なら白衣で良いと思ったが、一応礼節を弁えた結果が高級品質の白衣なのだろう。
髪はボサボサできっちりセットされていないところから、普段身なりを気にしないタイプだと見受けられる。
「お初にお目にかかります。私は機械の国で総合研究機関の責任者を務めている科学者サンダーバードと申します」
こちらにも丁寧に頭を下げられた。
機械の国といえばレイリーたちの故郷である。
コソッとロシェに教えて貰った情報だと、かなり政治的な影響も強い高官らしい。技術者の集まりである国。その中でも科学者は貴重な存在で、さらに科学者のトップが彼だった。
国家間の問題って機械の国と旅人の国の話で、たぶんレイリーが情報局で働くことを止めに来たのかもしれない。
予想通り、難しい顔でレイリーとルミネアを見つめるサンダーバードさん。
「全く……レイリーのみならずルミネアまで加担しているとは」
「でっでも、あたしのケイカクに狂いは無かったしー?」
「どうせ『機械の国の技術を世界に広めればさいっこーにハッピーじゃん』とか言うつもりだろ」
「なんでわかったの!? まさかチョー最先端技術であたしの思考を読み取ったの!?」
「相変わらずのようだな」
サンダーバードさんは手で顔を覆い、盛大にため息を吐き出した。何を言っても無駄だと雰囲気が語っている。
「君たちがレイリーの暴走に巻き込まれた子たちだね?」
私たちに視線を送る彼に一も二もなく頷く。
暴走という表現は間違っていなかった。襲撃から始まり、仲間として行動する中での破天荒さ。そして不自然さ。助けられた手前そんなこと言えないんだけど。
「君たちの話は聞いている。ドアホな我が娘と居てくれてありがとう」
娘? レイリーさんはサンダーバードさんの娘?
つまり機械の国のお偉いさんのお子さんというわけで、いや、それならなんでお金に困って違法商売に手を染めたのか。
色々と矛盾が出てくる。
「レイリーは国内でも度々問題を起こしていてね。その行動原理が『機械の国の最新技術を世界に広めること』だった。私たちの国は情報規制が厳しくてね。冷たい目で見られていたよ」
ああ、違法商売っていうのはこれと関係しているのだろう。
「しかも今は亡きメカニックによって復活を遂げたオーパーツ……それも国家機密を連れ回した。その挙句、貴国には迷惑をかけるなんて、どうお詫び申し上げれば良いのか」
「まあまあ気にすることではありませんよ。私たちは迷惑どころか救われたのですから」
オーパーツと言われたルミネアに視線が集まる。
オーパーツ。大昔の遺産。
高度な技術は現代で再現は難しいと言われている。その一つが、精巧に作られた人造人間であるルミネア。
メカニックさんによって復活を遂げたが、オーバーなテクノロジーであることに変わりはない。
大切に管理され、厳重に情報規制され、常に監視の目がある。そんな状態で近くにいたのはレイリーだった。
ルミネアの維持費が尋常でないのは嘘ではない。国から連れ出したことでレイリーだけでは賄えなくなった。いくらお金持ちの子どもでも手に負えないのだ。
そして国の技術を広めつつお金を稼ぐ方法として、違法となる技術販売をした。その場面をロシェに見つかり、逆恨みと商売のパイプを作る為に旅人の国に来た。
国家機密を晒し歩きながら。
それが侵入者であり、仲間として行動を共にしたレイリーたちの真実。
「上手く行くと思ってたのにナー」
「レイリー、“地人と森人は相容れない”のデス。過ぎた技術を他国に流せばお互いを破滅に追い込むことになります」
「でもそれじゃあルミネアは部屋で閉じ込められた生活しか出来ないじゃん」
「何度も言ったではありませんか。それが当然であると」
ルミネアは少し複雑な表情で、おそらく何度目かのセリフを吐いた。レイリーはレイリーで納得出来ないのか頬を膨らませていた。
二人のやり取りを静かに眺めていた女王様は、サンダーバードさんに微笑む。
「しかしこちらの国家機密も露呈に露呈を重ねてますものねえ。どう折り合いを付けましょうか?」
旅人の国の国家機密。つまりは転移結晶という代物の話だ。
空間転移が可能となる特殊な結晶が旅人の国の領土で採れる。結晶の活用や保管を主に行っているのが大図書館を隠れ蓑に活動する情報局。
そんな情報が一部とはいえ、私たちのみならず機械の国の人にまで流れた。
機械の国にとっても状況は同じ。お互い苦い顔をするのは当然と言えた。
「お互い痛み分けとなったが、これはこれで同盟強化の足掛かりともなると考えておりますよ。女王陛下」
「あらまあ、それは何故でしょうかサンダーバード様?」
「両国間で圧力をかけるでしょうから、両国の秘密は守られる。しかしそれだけでは険悪になるばかり。ならば新たな交換条件を付随すれば良いのではと」
興味津々の女王と、ポーカーフェイスを崩さないサンダーバードさん。不意に二人が爽やかな笑顔を溢す。
「こちらはレイリーとルミネアの情報局での勤務を認めましょう。もちろん対策はしていると思いますが、スパイ行為をするつもりはございません」
「まあ、よろしいのですか? こちらは構いませんけれど」
「代わりと言ってはなんですが、そちらのサクラ君を実験体……ではなく研究対象としてお借りすることが交換条件でいかがでしょう?」
いきなりの名指しに、ボーッとテルちゃんズを弄って遊んでいた手が止まった。別に興味ないとか大人同士のムツカシイ話に飽きていたとかでは、ない。
というかサンダーバード氏は“実験体”と言っただろうか。
慌てて女王に目を向け、拒絶の意思を見せる。なんで私なのかわからないが、モルモットになるなんて怖すぎるじゃないか。
私に気付きニコニコと相槌を打ってくれたので安心して——
「ええ喜んで」
「ちょっ」
まったく伝わってないぃ!
「では一応、契約書にサインを」
「親書もしたためませんとね」
しかも勝手に話が進んでるぅ!
「大丈夫だサクラ。さすがに国を救った英雄に解剖だのはしないと思う。恐らく国賓級の待遇を受けるだろう」
リアンさんはフォローしてくれるがフォローになっていない。その、“と思う”や“恐らく”とか“だろう”が一番怖いのですが……。
青褪める私に対して、レイリーとルミネアは歓喜に沸いていた。
「いいの!? ホントにいいのパパ!?」
「私の独断で決めて良いとお許しが出ていたからね。悪いほうに転がらなければ問題ないそうだ」
「しかし私は秘匿の存在デス」
「どうせバレたんだ。両国間の信頼の証として役立ってくれれば十分。メンテは必要だから定期的にエンジニアを送らねばならないけどね」
「ま、待ってください、研究対象ってなんです?」
「また追って連絡しよう。急ぐことでもないからね」
わーい全然取り合ってもらえないー!
でもレイリーの嬉しそうな顔を見ていると、この交換条件は悪いことでは無いのかもしれない。たぶん。
「と、サクラ君にはレイリーが特にお世話になったと聞いている。ぜひともお礼がしたいのだが、後日時間をよろしいか?」
「お礼?」
「よろしーってさ!」
答えに窮していると、レイリーが勝手に返事をしてしまう。君はサクラではないでしょう……。
お礼って、お礼をするべきなのはこっちなんだけどな。特にお世話した覚えもないし。
そのまま議会側とも詳しく議論され、大人同士のムツカシイ話が再展開されたのであった。
伊藤志乃のなんとか室
「わっはっはー! ついにあったしのデバンだぁー!」
「呼んでませんけれど」
「わー冷たすぎる……」
「せっかく、いい夫婦の日が近いですねーとかボジョレーヌーボー解禁しましたねーとかポッキーゲームしませんか? とか話題に尽きない時に限ってゲストだなんて」
「で、レイリーとルミネアはVIPな待遇受けてたはずだけどどうしてここに?」
「抜け出してきたー」
「レイリーが例の暴走をしただけデス。気が済んだら持って帰りますので、安心して下さい」
「レイリーちゃんのジャックタイムだい!」
「あ、もう時間がないみたいです」
「容赦ないね伊藤さん」