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51 夜は散歩

 夜。

 この世界の光源は三つの星。太陽のように輝く星は、夜になれば月のように淡く輝く。異世界である象徴は、何事もなく時を刻んでいた。


 澄んだ空気を吸い込む。冷たさが身体中に染み込むようだ。


 長い一日が終わった。


 身体を休めなくちゃいけないのは知っているけど、外の空気を吸いたくて少しだけ森を散歩。

 ロシェ曰く「ボクの庭だから魔物なんぞ近くにいねぇよ」とのこと。近くに結界もしているし、ロシェの強い魔力には魔物は近寄らないそうだ。


 まーだからといって、危険であることは変わらないと注意はされた。こっそり出て来たのがナイトにバレたら確実に説教だ。というかもうバレてそう。


「テルちゃんも一緒だから見逃してくれたのかな」


 フヨフヨと私の周りを泳ぐてるてる坊主。

 明かりに照らされて白さが闇に映える。


 心強いボディーガードの一体、“泣き虫テルちゃん”が私に寄り添ってくれた。何を想っているのか、人形使いの私でも推し測れない。


 あー推し測れない、か。


 思い出すのはお風呂の時。

 伊藤さんは不自然だった。何かを憂う感じでもあり、何かを警戒する感じでもあり、とにかくいつもより不安定で不機嫌。私でもそれくらいはわかる。


「“穢れた醜い女”ってなんだろう」


 結局は、くすぐり倒されて話が流れちゃったけど。

 フィレナもナイトも何を考えているのか検討付かないし。どうしたものか。



 足音に紛れて葉の擦れる音が響いた。



 テルちゃんズが警戒に震え、私も身構える。


 茂みから出て来たのは————


「グルル……」


 犬、じゃない。狼だ。


 それにこの獣は普通の狼ではない。漆黒の毛並み、までは良かった。大きいのだ。ライオンぬいぐるみのガナッシュよりも一回り、いや二回りは大きいだろう。


 これはきっと。


 魔物だ。


「グゥゥッ!」


 鋭い歯を剥き出しに唸る魔物に、テルちゃんズが前線で守りを固める。緊張に張り詰める狼とテルちゃんズ。

 魔物は全くいないわけじゃなかったんだね。


「大丈夫、君に危害は加えないよ」


 魔物だって好きで私と遭遇したわけじゃないだろう。

 静かに踵を返す。背後を襲うようならテルちゃんが迎撃するから、とりあえず大丈夫かな。


 一歩、二歩、十歩。狼は追いかけることも、襲おうとすることも無い。しばらく進んで足を止め振り向いてみた。黒い狼の姿は見えない。


 本当は私って貴重な食料だったのではと考えたが、考えなかったことにした。偶然出会っただけだ。うん。


「お気楽ね」


 胸元の石からフィレナの声。そういえば一緒だったの忘れてた。

 輝いて、目の前に現れるゴスロリ姫様。


「ピンクは分かっていたでしょう? あれは魔物よ。そこらの野生の獣より遥かに強いってことくらい、異世界の住人でも分からない?」


「私が異世界の人間だってこと言ったっけ?」


「シノに詳しく教えて貰ったのよ。それよりあの魔物、かなり強い個体だったわ。襲われてたらただでは済まないのに貴女は——」


 ハーフアップにした銀髪が夜風に揺れて、キラキラと光を乱反射。綺麗だなあと眺めて不意に思う。


 シノって伊藤さんのことじゃ?

 さらっと何言ってるの?


 お姫様は伊藤さんをシノと呼び捨て、私をピンクと呼んでいる。さらに伊藤さんはお姫様をフィレナさんと呼んで、私を相田さんと呼んでいる。私は……。


…………。


 もう深く考えないことにした。


「また魔物に会うのは避けたいし帰ろっか」


「ちょっと人の話を聞いているの?」


 明日のこともある。早く帰って寝よう。それにいつもは眠りが浅いタイプだが、今夜はよく眠れそうだ。

 伊藤さんとフィレナが思ったより仲良しな件は、良いことだし気にし、ない。


 森を抜ける手前。腕を引かれた。


 力強く二の腕を握られる。彼女の顔が思いのほか近かった。なぜか怖い目で睨み上げていて、さらに近付いたと思ったら首筋に温かい空気が当たる。

 こんなほぼ密着状態で何されるのか。動けない。


 そのまま数秒くらいは静止していただろうか。


「えっと?」


「——本当はおまじないとか迷信だと思っているのよ。貴女なんかにするなんて汚らわしいとも思っている。だけどその傷が私の落ち度なのは事実。だから、仕方なく、仕方なく不本意ながらこうするしかないのよ」


 早口でまくし立てるフィレナ。

 首の傷跡を指先で撫で上げられ、意に反して身体がピクリと跳ねてしまう。壊れ物に触れるかのような手つきが語調の強さとは違っていて、意外な思いで流れる銀色を眺めた。


「不本意なら、何もしなくて良いんじゃないの?」


 最初は何を言っているのかわからなかったが、たぶんさっきのことだろう。わざわざ伊藤さんの話を真に受けなくとも良いのに。

 傷はほとんど治っている。嫌なら無理にすることでもない。というか、私が恥ずかしいのであの“おまじない”はしないで欲しい。

 このお姫様が何を考えているのか全くわからない。


「んっ……」


 逃がさないように押さえられて、そっと首筋にキスを落とされる。唇の感触が傷をなぞるように。変な感じが足の先まで駆け巡った。


「たかがキスでしょう。貴女だって魔導師様にしていたし、シノにだってされていたじゃない」


「そういうことじゃ、どうしてお姫様は私のことが嫌いなのにこんな……」


 に、二回も誰かに変な所をちゅーされるなんて、信じられない。

 暗いから顔色なんてわからないだろうけど絶対に真っ赤だ。顔だってまともに見れない。


「嫌いだからこそ、かしらね」


「え?」


「石に戻るわ」


 勝手にピンクの宝石の中に引っ込まれた。

 やるだけやっておいて説明もなしって。


 まあ明日で契約は解かれるし謎は謎のままでもいいのかな。本来、フィレナとは女王と王子を救うまでの関係なのだから。



 *



「えーと、いま、何と?」


「私も良く聞き取れませんでした。間違いで無ければ、私たちが情報局員として雇われ、フィレナさんが奴隷契約続行という話だったような」


「良く聞き取れてるみたいだよ」


 王城の会議室では、女王様や王子様のみならず、議会の面々や知らないお偉いさんなどで卓を囲んでいた。


 もちろん私たちの今後を左右する会議の最中。と言っても内容はほとんどお偉い同士で決め切っているみたい。


 悪党を捕まえた報奨金が貰える。だけど私たちは国家機密を知ってしまったので、罰というか情報規制の為にある程度の拘束はやむ終えないそう。

 その拘束っていうのが国で働くことなんだけど。


「ぜひ騎士団にいらっしゃらないか? その騎士道精神があれば僕らは歓迎するよ」


「はっ、ほざけ。騎士団から裏切り者が出たばかりで何を言う。どうだ君たち、軍隊なら幅広くその能力を活かせるぞ?」


「いやいやここは国家特別顧問としてお迎えしよう。あの知性と戦闘力そして勇敢さは国の大役を任せるに相応しい」


「いやいやいやいや! 命懸けで戦う精神は感動した! 養子に迎える準備は出来ておるぞ!」


 騎士団、軍部、国の重役、貴族様の養子……様々なところからオファーを受けた。それにより会議が白熱。今日一番の盛り上がりを見せた。


 しかし、私の本来の目的である“人形を解放する為の旅”が出来なくなるのは嫌だった。どれも国に居ることが前提。旅人だの冒険者だのであれば良かったのに、とポロっと呟いてしまった。


「それなら情報局が打って付けだな。世界を簡単に旅ができ、国で働くのと同義。見付けたのも調査員であるロシェだ。問題ないだろう?」


 反応したリアンさんの言葉に会議室は静まり返ったのだった。


「では彼女にフィレナを同行させましょう」


 ついでとばかりに発言した女王様に固まるのはフィレナだけではない。


「確か、フィレナは今の契約を解いてしまうと元に戻ってしまうのよね?」


「え、ええ、そうよ」


「自由に動けて、念願の外の世界を見ることが出来て、恩人であるサクラさんを守りながら術者を探せる。まあ! 素敵な話ではありませんか!」


「え、ええー?」


 聞き間違いではなかった。


 でも理にかなってはいるのか、な?

 それだったらロシェに肩代わりしてもらいたい。


「ボクじゃ都合が悪いっつってるだろ」


 ダメでした。


 半ば強制的に情報局の就職とフィレナの奴隷続投が決まり、もう話すことは無いかに思われた。


「次は国家間の問題になってくるんだけどね」


 が、女王様はニッコニコと続ける。

 なぜかレイリーがぷるぷると震えていた。

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