表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/81

50 入浴施設

 また明日、詳しく話し合われる。

 ご丁寧に私たちはお城に召集されたのだ。


 悪いようにはされないらしいが、らしいだけでどんな処分があるのか不透明なままである。褒賞があるだろうとも、逆に刑罰が下るのではとも。


 考えたら滅入って来た。


「さて、ここからは説教のお時間よ」


「せっ説教ぅぅ!?」


 手を叩いて聖母スマイル。

 説教されるのか私! 何かしたっけ!

 心当たりがあり過ぎて軽いパニックだ。


「あなたはワガママを貫き通した。勇敢で優しいワガママを。でもそれは、あなたの身を危険に晒してまでする行為なのかしら」


 静かな声音に恐る恐る顔を上げる。ロイエさんは真剣な目をしていた。感じ取った空気に混乱が収まる。

 私の身を危険にって、なんのことかな。


「サクラちゃん自身の安全はワガママにないの? 他人本位すぎるのよ。自分の為だと言って、誰かの為に自分を犠牲にして——残された人が幸せだと思える?」


「自分を犠牲にだなんて、してないですよ」


 落ち着いて聞いてみても身に覚えがない。多少の無理はしてる自信がある。でも犠牲というほどの何かはしていないだろう。


「無自覚だから自分で分かっていかなきゃ本当の意味では理解出来ないと思うわ」


 今日何度目かの呆れた表情と出会う。

 伊藤さんも似たようなこと言ってたな。


 自分を削ってるわけでも、死に急いでいるわけでも無い。ワガママを怒られると思っていた分、肩透かしである。


「傍観者でありたかったから、こんな説教は言わないでおこうと思ったのに。サクラちゃんは他人の調子を狂わせる才能でもあるのかしら」


 栗色の髪が、席を立つのに合わせて揺れた。


「あなたの上司でも母親でも無いのにね」


 呆けていたところに、何気ない一言で心臓が跳ねる。


 何に反応したんだろう。反応する要素はなかったはずなのに。……いや、自分まで誤魔化そうとしても無駄か。


 母親。


 最近まで忘れていたのに、こんなところで思い出すなんて。ドクドクと心臓の音がうるさい。黒い痛みが心を突き刺す。それも抉るように。

 同じ心臓が忙しくなる感覚でも、心地良いどきどきじゃない、緊張感のあるどきどきでもない。塗り潰されるような重たいどきどきだ。


「サクラちゃん?」


「いえ、なんでも無いですよ」


 ロイエさんが近くにいると気付いて、急激に意識が浮上する。人がいるのに取り乱すなんてどうしちゃったんだろ。今までこんなこと無かったのに。


 こちらを覗き込む彼女は何も言わずに私を抱き締めた。


「ぇ……?」


「今のところサクラちゃんの上司でも母親でも無いけど、話したくなったらいつでもいらっしゃい」


 そう囁いて、しばらく背中を撫でてくれて、少しだけこそばゆい。

 温かいな。こうされると眠たくなってしまう。


 母親に抱き締めてもらったこと、あったかな。ああ、顔も忘れかけているのに何を言っているんだろ。親不孝者にそんなこと考える資格ないのにね。


 お風呂に行きましょうと手招きするロイエさんに、黙って付いて行った。



 *



 大図書館の社員寮の隣には入浴施設がある。


 セブンルーク王国には銭湯みたいな施設がいくつかあり、ほとんどが国営だ。

 このような施設は、魔法的なシステムが組まれており一般人には設備管理が難しい。その為、国が管理していることが多いのだ。


 しかし社員寮の隣に位置する大衆浴場は、大図書館の管理下らしい。

 なぜわざわざ大図書館で管理するのか。


「私たちは国の番犬でもあるから、お国は資金援助してくれてる。でもあまり自由に使えないのよ。それで経理部がうるさく言うもんだから、独自に他の資金源を作ったの」


 国の裏方で国の一部分であり、国とは独立の体制を維持する大図書館と情報局。金欠にもなりやすい。資金調達の為に浴場を運営してるなんてね。

 そんな苦労の代わりに、営業時間外は大図書館の人だけ自由に出入りできる。だから血だらけの私でも安心して向かえるわけだ。


 短い道中、彼女はあまり話さない私によく話しかけてくれた。

 内容は「甘えることを覚えなさい」とか「不思議な能力だけど過信は禁物よ」とか、挙げ句の果てには「ロシェみたいに甘いものばかり食べてはいけないの」なんてことを教えてくれた。



 そうして、無事に到着したのだが。



「なんでまだ入ってないの?」



 入り口。休憩室と待合室になっているフロアではロシェを始めとする面々が揃っていた。その面々の中でも伊藤さんとナイトはまだ入っていなかったのだ。


「では揃いましたし参りましょうか」


「裸の付き合いは必要だ」


 二人の謎の結束力はそのままに、私は引きずられる。ズルズルと連行されていく。なんで入ってないのか答えて貰ってないんだけどな。


 次のフロアは脱衣所だった。もちろん脱衣する場所である。


「脱がさなくていいよ」


 私の体に気を使って、服に手を掛ける二人を制する。

 いくらなんでもそれは甘えだ。赤ちゃんじゃないんだから自分でやる。体は平気だもん。

 さっさと脱いでしまったら、伊藤さんとナイトは意外そうに目を見張った。それから各々脱ぎ始める。


 先に入ってもいいかな。


 浴室へ続くドアを開いて、温かい蒸気を浴びる。

 まさか異世界に来てお風呂に入れるなんて。冷静に考えたら異世界の文明によっては、こういうこともあり得るんだよね。

 それでもシャワーはないし、石鹸もあるにはあるが体と髪で使うのは一緒だし、まだ一歩足りない感じだ。


「ナイトの髪も洗ってあげなきゃな」


 元クマぐるみであるナイトは、あの金髪を上手く洗えるだろうか。ぬいぐるみから人形に進化した彼女は色々不自由かもしれない。

 半人形(ハーフドール)のフィレナとは違って、人形使いの能力の恩恵をちゃんと受けてはいるんだけどね。


「怪我は大丈夫なの貴女」


「ああ、お姫様も居たんだ」


 髪を洗い終えた私の前にはフィレナが。とっくに居ないと思ってた。

 体の大切な部分を手で隠すのは、もしかすると異世界マナーだろうか。んー申し訳ないが私は日本流のお風呂マナーで失礼しよう。


 彼女は居たら悪いかしら、と呟いて私の首元を覗き込んでいる。たぶん傷を見てるんだろう。


「ピンクはよく分からないわね。胸をくっ付けられたり下着を見たりしただけで赤くするのに、私の着替えを見てもここで裸でも平然としている」


 体を洗い始める。付着した血を落とさなきゃね。

 彼女は目だけ首を見ていて、手だけは落ち着きがない。


「それはおそらく……相田さんが気にする度合いによると思いますよ。お背中流しましょう」


「伊藤さん?」


 颯爽と後ろに陣取られて、にゅるっと背中を洗われる。ナイトもナチュラルに隣で洗い始めた。見事に人型に適応している。手伝わなくても大丈夫そうだ。


 そして私は異変に気付いた。


「相田さんは着替えやお風呂といった脱いで当たり前の場所で、見えるものに反応してないだけですよ」


「心の準備もないままに唐突に見せられて動揺した。それだけか」


「貴女たちはピンクの評論家か何かかしら」


 待って待って、勝手に言ってくれてるがそれどころではない! 背中に妙な柔らかい感触が上下して——と思ったら伊藤さんの胸で洗われてるよ! ナチュラル過ぎて気付かなかった!


「まあ純粋にフィレナさんを意識していないだけかもしれません」


「ハッ意識なんて、別にされようとされまいとどうでも良いわ。嫌いな人間になんて気にされたくないもの」


「そうですか。しかし嫌いな人間の傷をそこまで気にするものでしょうか?」


 なんで胸で洗うのかな。恥ずかしいんだけど。

 これだけでは良く洗えませんよねーなんて手のひらで背中を洗う彼女。時折、指先で撫でてくるので困る。くすぐったい。

 体を震わせながら悪戯に耐えた。けど声が出ちゃいそう。


「こ、これは、私が負わせた傷だから気にしてるだけよ。守れなかった責任があるもの」


 バッシャーとお湯で流される。

 やっと終わった。


「確かにそう思っている部分も強いみたいですね。では触りたがっているのも傷の具合を診るためですか」


「そう、よ」


 なんだか我慢している内に緊張感が漂う空間と化していた。


 二人が話していた内容を深く考える前に、伊藤さんが私の腰をホールド。


 いや、え、息が背中に!


「相田さん、私の姉に教わったおまじないをしてあげますね」


「お姉さんのおまじない? なんの?」


「怪我が早く治りますように、です」


 蜂男にぶっ刺された背中。首と合わせて自分からでは確認できない傷の場所だった。ロイエさんが言うには、傷口はとりあえず塞いだけどそこからは自己治癒力に任せるんだそう。治し過ぎは良くないんだって。


 で、その背中の傷は柔らかい感触が押し付けられていて……。


「いっ、いとうさん?」


「なにしてるのよ貴女はっ」


 なにされてるのか、数巡のうちに至ったのは赤面どころではない事態だった。たぶん、ちゅー、されてる? 私の背中に?

 思わず固まってしまう。後ろを向いて確かめたい気もするし、向いたら向いたで息が出来ない気もする。


 混乱していると、何故かこのタイミングでフィレナ姫は「石の中に戻っているわ」と立ち去る。

 ナイトはナイトで何事もなかったように湯船に向かった。



「私は本当に……穢れた醜い女ですね」



 掠れた声と背に感じる頭の感触。

 我に返って振り向こうとするが、腰に回った腕に力が入る。振り向くことを拒絶している。そう気付くのに時間はかからなかった。

伊藤志乃のなんとか室


「お菓子は持っていませんよ?」

「伊藤さんは唐突にどうしたのかな」

「ハロウィンではありませんか! お菓子を持っていないのでイタズラされるしか選択肢がないですね! さあ!」

「ハロウィンってのはお菓子がねーとイタズラされんのか」

「本来は秋の収穫祭なんだけどね」

「スルーだなんて、まさか、イタズラするよりされるほうが好みですと……?」

「10月15日は人形の日だったらしいよ」

「へー異世界は色んな記念日があるんだな」

「11月も楽しみだね」

「……相田さんに仮装させてイタズラできる世界線はどこでしょう……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ