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05 白い約束

 真っ白に染め上げられた世界が再び色付いて行く。




『やめてぇーーーーっ!』




 彼女の声。悲痛な叫び。

 聴覚が生き返ってからは、我先にと他の感覚も戻って来た。薄く瞼を開けば赤い女が目に入る。


 ああ、まだ生きてたんだ……。


 死なないとか豪語したのにまだ死んでいなくて他人事みたいに驚いた。

 さっきは五感の全てが持っていかれて意識が朦朧としていたのに、今は体が不安定に束縛され気分はスッキリしない。これが生きてるってことだろうか。


「なんだい、何か不満かい?」


 変わらない位置。私を殺しかけたであろう女は、不機嫌そうに女の子に応じる。


『桜さんには何もしないで下さい! 何も、何も悪くは無いんですっ』


「そうだねえ」


 考える素振りを見せる女。僅かに茶髪が揺れた。


「悪い悪くないは置いとくとして、殺したら後始末が大変なんだよねぇ。でも放っては置けないし——」


 私をじっと見据えて目の前で不穏なことを呟く。その瞳に改めて意識が覚醒した。


 ぎらりと、猛獣を思わせる女の目。

 紅を引いた唇が不意に持ち上がる。




「そーいやあ……ここって異界と通じてるんだっけ?」




 異界? そんなものがあるのか?


 女は目線を宙に投げた。何も知らない者が見たら惚れてしまう程の美しい笑顔で、何の脈絡も無さそうなことを言う。


 でも私にはわかる。あれは危険な笑顔だと、非常に危ない表情だと、短時間で身に沁みた。

 ハスキーな声音は続ける。


「死刑じゃなくて、流刑にするか」


「りゅうけい」


 流刑って確か、遠くに追いやってしまうあれではないか…………?


 即座に殺されるよりじわじわ殺される方が苦しいだろう。痛みが伴うより痛みになる前に殺された方がよっぽどマシ。私はそう思う。

 女はただ殺すより、楽しんで殺す選択をしたみたい。というか純粋に死体の処理に困っているだけのようにも見えてしまうのが複雑だ。


 どっちにしろ今の状態じゃろくに戦えない。

 私の本来の目的は人形にあった。対人戦など頭にはない。まさか能力者が絡んでいたなんて、迂闊だった。今更過ぎるけれど。


 命の危機。最悪な展開。


「いい趣味してるね……」


「ふ、まあ精々死なないようにねぇ~」


 楽しげに笑う女。


 知らない世界に放り出されたら、生きて帰れるかなんてわからない。それこそファンタジー小説やゲームのような異世界の旅などは、物語の中であるから良いのであって現実にあってはならないものだ。


 正直、私が能力持ちだとしても死ぬ可能性が高い。即死するよりマシな状況だけど。


 っていうかホントに異界ってのはあるの? 物語だけのものかと思ったけどそうでもないのだろうか?


『異界の門を開くのですか』


「ああ……早くして」


 異界の門とやらを開けるのは彼女が出来るらしい。なんて高スペック。だからこそのリーダーなのかな。


 しかし彼女とこの悪魔はどういう関係なのか。仲が良い、というわけではないだろう。人形の少女は異世界に飛ばせるだけの力がある。ではそんな彼女を高圧的に支配しているこの女は一体何者なのか。


 そもそも何故この女は、人形使いである私にしか聴こえない人形の声が聴こえる?


 不可解が支配する思考が、少女の強張った声で掻き消された。


『危険ですよ? 本来なら最適な手順が存在するので、片割れが……』


「あー面倒面倒。じゃあ、殺すよ?」


 明確な殺意を私に向ける女。

 んー怖いなさすがに。

 その視線だけで射殺すことが出来るだろう。いや、もう既に何回か殺されていさえする。


 彼女は怯んだかのように黙った。






『————扉よ』






 魔方陣みたいなのが私の足下に浮かぶ。


 おそらくこれが


「異界の門?」


 光る魔方陣らしきもの。それが異世界へと続く扉なのだろう。


「くくっまた会えたら遊ぼうねぇ? さくらちゃーん?」


「首を洗って待っていて下さいね?」


 そういえば名前を聞いていない。

 尋ねようと口を開きかけた時。



『マスター!』



 ナイトが私の元へ飛び込んできた。足に引っ付いている。


「あっちょ……ナイトまで来たら!?」


 一緒に飛ばされてしまう。知らない世界に。


『マスターに付いて行く』


「帰れないかもしれないんだよ!?」


『共にあるならば本望だ。最後までマスターの鞘でありたい』


 即答するナイトに迷いはなかった。必死に足にしがみつき離さんとしている。



「…………」



 そんなナイトに何も言えなかった。



 魔方陣らしきものは一層の輝きを持ちはじめる。



 いよいよか。



 動かない体。

 人形に囲まれる私。

 神社で起こる非常識。


 予想以上の悪化を見せた出来事は、なぜか、世界を飛び越える事態に発展していた。


 ゆっくり目を閉じる。


 まばゆい光が閉じた目にも射るように差し込む。








「————っ」


 たったった……


 人の気配が背後から近寄る。軽く走るその気配は私のすぐ後ろに止まった。


「あ……だれ……?」


 人がいるなんて思わなかった。ゆっくり瞼を開くが確認出来ない。私は女の仲間かと思った。


 だが当の女は固まったような表情に変わっていた。驚愕という言葉が相応しい。



「えっと、相田さんごめんね?」



 この声には聞き覚えがあった。体から一気に血の気が引く。



「教えなければよかったですね……」



 澄んだ綺麗な声で。話すときは丁寧な口調で。優等生で、美人で。


 後ろにいる声の主は、


 おそらく、



「い、伊藤、さん……?」



 オカルトな噂を聞かせてくれるクラスメイト、伊藤志乃。


 今回この神社に来たきっかけはその噂話のひとつだった。信じられない気持ちでいっぱいになる。なんで、どうして、どうやって……。


「なんでここに!?」


「つけてきたんです」


 うふふ、と穏やかに笑う伊藤さん。おっとりとした雰囲気に思わず私も微笑みそうになった……が、顔を引き締めて言いたかった言葉を吐き出す。


「ここにいたら危険だよっ!!」


 そうだ、危険なんだ。異界とやらに飛ばされてしまう。

 依然として後ろにいる伊藤さんは緊張感がないのか、変わらずおっとりと喋る。


「面白そうなので、ご一緒します」


 危機感の欠片もなく、今から遠足みたいなテンションだ。


「バカなこと言わないでっ! 早く私から離れないと取り返しが」


「責任を取らないと、ね?」


 静かにそう言って私の腕を絡め取る。表情は窺えないし、何を考えているかなんてもっとわからない。


「逃げてよ」


「や、です」


「危険なんだよ?」


「そうなの? じゃあ守って貰わなきゃ」


「ここじゃないどこかに行くんだよ」


「あら、じゃあ旅行なのですね」


「……馬鹿にしてる?」


「……してるように見えます?」


 絡められた腕を一瞥して、ため息をつく。魔方陣っぽいのは輝きを増す。


「楽しそうだね?」


「楽しいですよ?」


「理解不能」


「理解されたら、困ります」


 堂々巡りだった。突き飛ばすには身動きが取れず、説得するにも彼女には敵わない。私には何の力も無い。出過ぎた能力は疎んだが、まさか無力であることを疎む日が来るなんて思わなかった。



『異界の門が開きます』



 女の子の声が響き、緊張が走る。



「ま、旅は道連れ世は情けだよ桜ちゃん?」


 女はさっきまでの余裕のない表情から薄ら笑いに変わっていた。


「丁度良いしね」


 最後は小さな呟きだった。


 足にナイト、腕に伊藤さん。

 足下……床には魔方陣っぽいなにか。


 周りの人形たちはざわざわとしている。真っ赤な女はクスクスと笑う。




 一際、魔方陣の光が目が眩むほどの光量となる。




 私は観念したように頭を垂れた。死を目前とした時よりも絶望を近くに感じてしまった。取り返しのつかない、過ちだと。











 そして全てが真っ白になった。











『桜さん、方法は一つだけ』



 方法とはたぶん人形たちを救う方法。



『異界の門を越えた先に私達の繋がられている何かがある筈、もしくはその理由が』



 この先に?



『私達は越えることが出来ない。この異界の門を……いえ』



 息を飲む彼女の声。



『巻き込んでしまったことごめんなさい。無事に帰ってきてください!』



 ああ、彼女は私が守れない約束を無理にしたと思っている。さっき軽はずみな約束をして破りかけたからなあ。信じるに足りないよ……ね。



 ゆっくり

 彼女の小指に私の小指を絡ませる。



 少し震えている。

 どちらのものかはわからない。



 私は声が出せなかったけど、これで充分だと自負している。




 約束する。


 救い出してやる。


 何がなんでも。


 もう、破り捨てたりしないから。




 顔のはっきり見えない彼女は、そっと唇で微笑んだ。

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