48 甘く苦く
テルちゃんズを伊藤さんの護衛に付けてから、自分の身を守る方法を忘れていたことに気付く。
テルちゃんズは伊藤さんを守るのに集中して欲しい。
一体だけこっちに、とか別に動かしてしまうと、テルちゃんの作業効率が下がってしまう。四体で一つになっているらしいので、一まとめに伊藤さんを護衛したほうが良いのだ。
さて、私はどうしたものか。
なんと言っても一番使い物にならないのが私である。未だに床と抱き合い、軽くはなったものの吐き気と戦い、そして自力で立てたとしてもかなり弱い私自身。今の自分では何も出来ない。
それに……。
蜂男で懲りた。再確認した。自分の強さに対する自惚れと、弱さに対する無知の度合いを。
人形を使うことでしか誰かを守れない。なら喜んで使おう。そう思ってたのに、本当に今後も守れるのかな。今だって。
「貴女って本当に無様ね」
「お姫様?」
ネガティブな感情で支配されていたところに、冷水をぶっ掛けられたような冷徹な声。フィレナが居たことをすっかり忘れていた。金の瞳に射竦められる。
「そんな暗い顔でどうにか出来ると思うなら本当におめでたいわ」
そのまま私の前に出る不機嫌な彼女。抜き身の大剣を提げる後ろ姿に疑問を覚えた。
今の時点で私から離れないのも疑問だけど、そもそも一緒に来る理由はないはず。えっと、フィレナは何を考えているんだろう。
「不本意だけど貴女は私が守るわ。あの白い人形も、金髪の子も今のところ適材適所な配置。私は近接戦も遠距離戦も出来るから、ピンクと居たほうが効率的よ。分かったかしら。愚かな貴女に分かりやすく説明したけれど」
わかったけど、ちょっと意外でもある。自らそう言うなんて。
早口でまくし立てる彼女に反応するのは伊藤さん。なんか笑いを堪え切れない、みたいに口を両手で覆っている。
「つまりフィレナは私を守ってくれるんだね?」
「そ、守るわよ」
「ホントに?」
「クドイわね! 二言はないわ!」
怒られた。体勢的にもかなり無様であった。
振り返らない彼女の背中に、小さく「ありがとう」と伝える。伝わっていないかもしれないけど、これでいい。嫌がるだろうし。
暗い考えを吹っ飛ばしてくれて、守ると名乗り出てくれた彼女に感謝しないほうが難しいからね。一方通行でもいいから伝えたかった。ただの自己満足になってるけど。
「ほお、君たち可愛いな!」
そんな中、後ろから鼓膜を揺らす声。馬鹿でかい声である。なにごと。
言い争っていたロシェやレジスタンス代表までこちらを注視する始末。
後ろは情報局員側だし、危険じゃなさそうだし、大丈夫だと思うけど……振り向けても振り向きたくない感じがする。
「君は情報局の床を気に入ったのかな! それはそれは光栄!」
「ちょっと見解に相違があるようです……」
勘違いされている。けれど声の主は「お目が高いな! この床は強度の高い石を切り出しているんだ! はっはっは!」なんて言って話を聞いていない。耳が痛いくらい大声なので気分も悪くなるばかりだ。死んじゃう。
「って部長いたのかよ」
ロシェの間の抜けた声。
やっぱり情報局の人——え、部長?
「ロシェ坊の言葉遣いはどうにもならんらしいな!」
「部長の脱ぎ癖もどうにもならねぇらしいな。ついでに声量も」
え、なに部長さんはお脱ぎになっているの? ますます顔を上げたくない。
部長ってどのくらい偉いのかなあ。そもそもこの世界の部長とはなんだろう。謎だ。
「筋肉は見せてこそだろう! でで、客人が来ていると館長から連絡を受けたが、そちらさんか?」
「ああ。要約すると、こちらのレジスタンスは転移結晶が欲しくてやって来たらしい。聖法旅団とも契約してた。ポロポロ話しやがったよ」
「ほうほう大体の情報は耳にしていたが込み入ってるようだな」
「んなッ!」
見上げればレジスタンス代表は顔を真っ赤にしていた。爆発しそうな感じ。
それを察したのか部長は快活に笑う。
「ムダムダ。調査員ほど鍛えてはいないが、事務員も研究員も戦闘力はあるんだぞ? 聖法旅団が来たらマズかったかもしれん。だがしかーし素人に毛が生えたような集団に負けるほど弱くはない!」
その情報知りませんでした。なにそれカッコいい。惚れた。
しかし視界に入るロシェの表情はなぜかビックリ顔。
「そうなのかよっ!?」
あなたも知らなかったのですか。えー。
「まー調査員のほとんどは知らないだろうな! 不思議に思わなかったか。情報局を空っぽにしちまうなんて格好の的だろって」
そうだなぁと頷くロシェ。
直前まで調査員だけだと思っていた私にしたら目からウロコの情報である。なんだか助けに入るまでもなく安心じゃないのこれ。
「確かに不用心過ぎるので何かしらの対策はしていると思いましたけれど、結界とかではなく人員の強化とは思いませんでしたね」
「ほおー嬢ちゃん賢いな!」
いつの間にか考えていた伊藤さん。さすがはマイフレンドなマイブレイン……って考えるだけならタダだよね。うん。
レジスタンス御一行には動揺が走っていた。絶望の顔。殺気が嘘のようにヘナっていた。
このまま何もなければ————
と願いたかったけど。
なぜか寒気がする。
身体を起こして、とりあえず膝立ち。周りに敵はいないはずなのに不穏な予感が消えない。レジスタンスだって戦意を喪失しているのに。
激しく打つ鼓動。
「ピンク? 貴女なんで——」
光が遮られたことに気付き振り向
「…………っ」
「武の心得、ない。消耗してる。廃魔力者。普通なら、気配感じ取れないもの。お前、何者?」
首に冷たく食い込む感触。そこから身体の芯まで冷えてしまったように凍り付く。吐き気はどこかへ飛んでいってしまった。
いつから、そこに?
「興味、深い」
「貴方は聖法旅団の」
見えるのはフィレナやロシェの凍り付いた顔、レジスタンス御一行の驚いた顔。聞こえるのは誰かの息を飲む声や悲鳴。
また狙われてたワケか。どう来たのかわからないけど、蜂男みたいに返り討ちにするだけだ。
「テルちゃ……づぅっ」
「黙れ。次、手加減しない」
ピリッとした痛みに顔が引き攣る。刃が首の皮を切る感触。
本格的に恐怖で声が出なくなった。マズい。テルちゃんは私の声で指示を変更するしか行動出来ない。
今度ばかりは何も手がない状況に追い込まれている。
「お前ら動いたら、こいつの首、飛ぶ」
胸元が熱い何かで濡れていた。たぶん首筋から血が流れているんだろう。
両手は刺客により封じられた。少しでも動けば刃がさらに食い込む。膝が震えそうになっても、踏ん張るしかない。
早くどうにかしなきゃ……まだ諦めるわけにはいかないんだ。
「レジスタンスども。俺、聖法旅団の一人。今のうちに、転移結晶、奪え」
刺客こと聖法旅団の一人に指示されたレジスタンスたちは動き出す。黙って道を譲るロシェたち。
ダメだ、こんな、私一人に!
「待っ——!」
「お前、死にたい?」
「相田さん!」「マスター!」
人質になんかなってやるもんか。
暴れようと身をよじる。凶刃が首を抉ろうとも、鋭い熱さで狂わされようとも。
私の命でどうにか出来るなら!
「ほーでんカイシぃ!!」
誰か、いや、レイリーの明るい声が耳に届く。
同時に背後の気配が離れ、拘束されていた両手や首を襲う凶刃も離れた。
なに、が……?
誰かに支えられて、誰かに大丈夫か聞かれて、誰かに首を抑えられて。
誰かの怒号が響いて、誰かの足音と誰かの————
「だから貴女のことが嫌いなのよ」
耳朶を打つ、冷たいのに熱い声。
だめだよ。きれいな服もきれいな髪も汚れちゃう。ああ、きれいな顔もだいなしだ。
甘い匂いを最後に私の記憶は途切れた。
*
お母さんっ……お母さん……!
なんで、 なのよ。あなたなんて んだほうがマシよ。
いや、いやだよ、だって私にはお母さんしか!
あなたには や だっているでしょう? お人形だってね。本当に嫌になるわ。 なきゃ良かった。
どうして……わかってくれないの……?
いやぁっ! っ!
なんて、いってるの?
来ないで! 来るなァ!! バケモノ! バケモノぉおおおおっ!!
バケモノならバケモノらしく、ヒーロー様にやっつけられてれば良かったのに。
なんで、生きているんだろう。
なんで、こんなバケモノに生まれたんだろう。
なんで、誰も殺してくれなかったんだろう。
誰かを救えるならこんな命あげるのにな。こんな命にその価値さえないんだよね。こんな、こんな……。
「なーなー、こんな場所でなーにしてるん?」
「暗いね。悪くないけど良くもないってすっごく思う!」
だれ、だろう。
「面倒だけどイヤなところにいるより楽しい場所にいこーぜ」
「楽しい場所、オトナな女性は一つや二つ知っているものなのです!」
「誰がオトナの女性だっつの。ほら行くぜ」
「大丈夫大丈夫ー! 道案内なら任せて!」
知らない人が勝手に私の手を引いて——なんだろう、わからないけど、あたたかい。
また会えるかな?
「面倒なこと聞くなよ。そーいう時は信じてればいいんだぜ?」
「そんなこと言って は忘れやすいからねー? なんかは話聞いてないし、もうすっごくやんなるー」
「と、終点だ。じゃあな」
「えーもう終わりー? 、バイバーイ」
消える人影。
ぼんやり見送って、誰なのか記憶を漁る。バケモノに優しくするあの二人は誰? バケモノに出口を教えたのは、救ったのは、一体……。
また会えたらお礼を言わなくちゃな。
そしてどこからか声がこだまする。
音が反響して、近付いて、一つに収束していく。