46 円陣会議3
彼女が彼女自身で噛み砕いてほぼ間違いないと納得して出した答え。マーブルの様子、ウォッカの言動、現状と、私の勘。
私には正解だと思えた。
今すぐにでも情報局に向かうべきと信じてもらい対応しなければ、手遅れになってしまう。
だが全体はザワザワと統制を失い、真偽を疑う声や事態に焦る声、果ては情報局の体制を追及する声も上がる。
信じるどころか今は関係ないことまで口にするなんてウンザリだ。淀んだ空気。私にとって最も苦手な空気だった。
何がお偉いだよただうるさいだけの集団じゃないか、と苛立つ。
いやいやそんなことを思う前に考えろ。
伊藤さんが切り開いた道を無駄にしたくない。たぶん私を信じて託してくれた道なんだから。
右腕に再び温かさが戻る。
「相田さん、今なら引き返せますよ」
彼女は腕を絡め覗き込んできた。
ああなるほど、言葉を選んだね。
「逃げろって言うの?」
「戦略的撤退とも言います」
彼女は冗談で言っているわけではなかった。
まだ間に合う。全部を背負う必要はない。その気持ちが痛いほど伝わる。本当に優しい。私にはもったいない優しさだ。
「伊藤さん、もう一回言うね」
だからこそ私は思い出せる。
「私は完全無欠な英雄でも正義のヒーローでもない。でも目の前にある問題を解決しないまま置いて行くことは、出来ない」
だからこそ私は無茶をする。
「これは私のワガママなんだよ」
そうこれは、放置が大っ嫌いな私が私の為にするワガママだ。
本来なら伊藤さんまで巻き込まなくても良い状況なのに酷い人間だよね。守るどころか心配と迷惑ばかりかけさせて、こうやってまた自己中心的な宣言して。自分が飛んで火に入る夏の虫であるとわかってるからこそ、バカで救いようもない。
伊藤さんは驚いた様子もなく、あらあらとおっとり微笑んだ。あれ、なんだか嬉しそう?
「仕方ないですね」
「伊藤さん?」
「そう言うと思ってました。無理はして欲しくないのですが、そういう病気みたいですので諦めます」
「病気って」
勝手に病人扱いされた。うん、でもまあ、病気であることは否定しない。たぶん不治の病である。
「ふふ、でも相田さんのワガママに付き合えるのは友達である私の特権ですからね。楽しまなければ損というやつです」
友達という言葉にドキリとする。私はまだ慣れないらしい。万年ぼっちに友達だもの、慣れるほうが不思議かも。
本当に楽しんでいるのが伝わることが彼女の不思議なところだ。
……え、待って、今「楽しまなければ損」とか言いました?
くっ付けば誤魔化せると思っているのか、彼女は右腕に絡んだまま頭を肩に擦り付けてくる。
そして残念ながらチョロい私は誤魔化せる。ぐだぐだのデレデレ。
黒髪美少女にそんなことされれば、世の男性ならず世の女性でさえクラッとするに違いない。魔性の女である。恐ろしい。
「おいおい天才宇宙人を忘れるんじゃねーぞ。イチャイチャは全て片付いてからにしろい」
骨抜き桜さんの左側で呆れた声を放つのはロシェ。
「エセ宇宙人はどうでも良いとして、とりあえずマスターを邪魔する輩は私が斬ろう」
後ろから微かに鯉口を切る音が聴こえた。わーガチなやつだ。ナイトは先ほどの私の苛立ちに気が付いていたようで、とても気が立っていた。
当然、八つ当たりのようにどうでも良いと切り捨てられた宇宙人さんはムッとしている。
「んだとコラ、チビのくせに粋がってんじゃねーぞ?」
「ふっ動揺のあまり簡単に口を割る宇宙人より私のほうがマシだろう」
「あぁん? 吹っ飛ばすぞオラ」
「はっ! その前に斬り飛ばしてくれる」
二人ともその飛ばせるだけの能力があるので冗談に聞こえなかった。バチバチしてる。
「レイリーちゃんもトーゼン参加希望!」
「就職先が潰れるのも目覚めが悪いデスからね」
喧嘩の制止をする前にレイリーとルミネアもやって来た。
お馴染みの面々が揃ったところで、ロシェは気をとり直したように咳払い。その表情はなにやら自信満々だ。
「桜、お前はこの場にいる全員を納得させようとしてねーか?」
円陣会議のざわつきを眺める。
うん、そうだね。納得させなきゃ緊急事態をどうにも出来ないし、何より伊藤さんが嘘つきになってしまうのは嫌だった。
私の首肯にロシェはノーノーと指を振る。
「そんなの時間と労力の無駄。議会は話が煮詰まり切っても焦げて炭になるまであーだこーだ言ってるんだ。情報局壊滅まっしぐらだっつの」
「それは言い過ぎじゃないかな……。あーじゃあ女王様に協力をしてもらえれば良いんじゃないの?」
「女王も女王で何を考えているんだか様子見に徹してるんだよな。ま、説得だなんてするより有効な手段があるだろ?」
有効な手段がないから困ってるのになあ。
私たちの前に立つ彼女。なんて言うか、ニッと悪い顔をしていた。
聞く前から加担しないほうが良いのではと思うほどいやーな予感がする。
「ボクたちで情報局をサーッと確認してくりゃいーだろ」
「「「「「えぇーーーーッ!」」」」」
予感的中。さすがに全員の驚きがハモる。
彼女はつまり、ここで話の方向が決まる前に勝手に確認して来ちゃえと言っているのか。それもお偉いさんを無視して。
百聞は一見にしかず。確かに見て来るだけなら何の損もない。ここでベラベラとするよりは建設的だ。
意外と良い判断なのかも。
「情報局は本来、女王や議会の意向に沿うようにはしてるが完全に従う義理もねぇの」
あーそんなことも言ってたなあ。
他の四人も驚きを潜めて理解を示し始めていた。
「お前らはどのみち機密を知ってる。今さら情報局に行こうが関係ねえ。ボクの独断専行ってことにすりゃあ処刑なんてこた————無いだろ」
なんだ今の間は。
ロシェに疑惑の視線が突き刺さった。じー。
「と、とにかく大丈夫! 天才宇宙人のボクが付いているんだ。下手なことにはさせねーよ」
「しかしそれだとロシェさんが罰を受けてしまうのでは?」
伊藤さんの問いに、彼女は無邪気に紅い目を細め笑う。
「なーに言ってんだ。情報局が襲われる危機を解決すりゃあボクの軽率な行動も帳消しだろーよ」
「もし杞憂だったら……」
「それが一番だけどな。志乃の考えなら間違いねぇだろ。ならやることは決まってる」
さらっと信頼を口にするロシェ。なんてカッコイイ。伊藤さんはこの心配こそ杞憂でしたね、と安心したようだった。
うー私もこんな風にスマートな伝え方を出来れば良いんだけどね。ちょっと羨ましい。
「しかもここに駆け付けることが出来ただけで十分な手柄。その評価はお前らにもされてるだろーしな。だから心配するなよ」
彼女は力強く親指を立てる。
そんな真っ直ぐな笑顔で言われちゃったら、疑うのもバカらしくなるなあ。とか思ってるのはどうやら他メンバーも同じようだ。
私たちの中でロシェの提案を降りる者は一人もいない。
純粋な笑顔からイタズラな笑顔に顔を歪める彼女。自身の胸元に触れた。マントから見えるそれは紋章。確か情報局との契約の術式が施された魔道具だ。
「なんつーか危険だってわかると大概は怖気づくもんだけどな」
「もー何でもイーから早くいこー」
「ここから大図書館まで距離があります。簡易的に最短ルートを検索しましたが、時間は一秒でも惜しいデス」
方針はまとまった。次は情報局のある大図書館に最速で突撃しなければならない。また走るのだ。
ルミネアさんはナビ機能もあるのか。やはり一家に一人ほしい。
「……イトウは走れるのか」
「死んじゃうかもしれません」
「伊藤さんはここで待ってる?」
「悲しみで死んじゃうかもしれません」
「イトウは私が背負って走ろう」
「そうしよっか。ナイトお願いね」
「ちょーっと待てぇーい」
各々、出発だというタイミングで何故かロシェが止めてきた。なにごとだろうか。
「走らなくて大丈夫だ」
全員の頭にハテナが浮かぶ。
走らないと間に合わないんじゃ……。
彼女は紋章に触れてから私たちに指を振る。わかってないとばかりに。
「今から空間転移で情報局に突っ込む」
その一言に言葉を失う。
これ想像しているものなら、結構すっごいことな気がする。