43 聖法終戦
こんなにも真面目な話をしてるのに、綺麗だなとか思っちゃう自分を殴りたい。
えーつまりあれだ。
彼女は私の考えに疑問を抱いて、信じることが出来ていないと思っている。そして深く考えることや誰か疑うことを気持ち悪いのではないかと悩んでいる。
もしこれが正しいなら複雑な気持ちだ。
彼女を哀しませて、何も言えなくて苦しい。
打ち明けてくれて、共感出来る心情で嬉しい。
相反している。
自分が気持ち悪いと思うことばかりだから、彼女と近い気持ちを共有出来てるって思ってるのかな。
得体の知れない能力。捻じ曲がった性格。化け物みたいな淡い桃色髪と紫の瞳。
化け物みたいっていうか化け物なんだよね。後ろ指をさされるような怪物。
色素の薄い前髪を指で掬う。
この髪は本当に嫌いだったな。目も誰とも合わせないように努力なんかして。いつからか気にしなくなったけど。
それより伊藤さんが弱音を吐いてくれるなんて嬉し……って、なんで哀しんでる人に嬉しく思うんだよ。バカなのか。バカだ。うんやっぱり殴ろう。
右頬からの鈍い音と衝撃で、少々トリップ。拳もちょっと痛い。頬骨って痛いんだなあ。
気持ち新たにして呼吸を整えた。上手く言えるかわかんないけど言葉にしないと伝わらないもんね。
「信じるって一つだと思う?」
「……え、えっと」
伊藤さんは何かに動揺していた。
私が何も言わないとでも思ってたのかな。そこまで薄情なつもりなかったけど。
「たぶん人によって色々な形があると思うんだ。無償だったり、何かを預けたり、証明したり。伊藤さんが疑うのは信じたいからかもだし、信じてるから疑ってるのかもしれない。もしかしたら信じるとは別かも」
下手な話でも彼女なら言いたいことをわかってくれる。私はそう信じている。だから素直にまっすぐ伝えよう。
「でもこれだけは言える。疑ってくれるから私と伊藤さんでいられる。考えてくれるから私は伊藤さんに救われた」
「過大評価ですよ」
「んー上手く言えないけどさ、全部を信じなくて良いよ。もし不安なら私たちは私たちの信じる形を探せば良い。それに、さっきは私のこと信じてくれたでしょ?」
私が浮かべた表情を読み取り、何も言わず行動してくれた。それって一つの信頼の形ではないのかな。
「もう、本当に、相田さんは優し過ぎます。そんな本気で言われたら甘えたくなるじゃないですか」
言っていることは嘘偽りのない本音だ。そんなこと彼女にはわかっているはず。しばらく見つめ合って、伊藤さんはさらに近付いた。いつも通りの至近距離。
「でも、もう一声です」
「うっ」
きゅっと両手を封印された。わーすっごく爽やかな笑顔。
彼女にはわかっているからこそ、私が恥ずかしがって隠している気持ちもバレているんだろう。
笑顔の圧力に数秒も持たず屈した。勝てない。
「た、大切な……友達が、自分で気持ち悪いなんて言っちゃうのは哀しいって、そう思うから、その」
自分でもわかるほど顔が熱い。どもってるのも格好つかない。
これが本音の根幹だった。私が哀しくなるからやめろっていう、自分本位な考え方。
伝えたら怒られそうな内容だけど——
「ふふ、よく言えました」
何故かめちゃくちゃご機嫌になった伊藤さん。何故か頭を撫でてきた。犬じゃないんだけど……まあ、あんな顔されるくらいなら安いものか。
そういえば気にしなくなったのって————。
嬉しそうに私の髪を触れる彼女。
既視感を覚えて、全身を貫く電流に声が漏れた。
「やっぱり耳弱いですね」
「わざわざ触らないでよ……」
戦場でこんなことしてる場合じゃないんだけどね。
マゼルダさんと王子様に見られていたのは言うまでもなく、二人とも蚊帳の外だったのにキラキラした目だった。んー面白かった、のかな。
*
実は会話をしている間にほとんど片付いていた。白服で動いているのは、リーダーウォッカと四天王の二人くらいだ。あっさり終わりそう。
最後の一般白服を謎格闘で倒し終えたレイリー。こちらにピースしている。謎なのが彼女が触れただけで倒れるところなんだよね。
マゼルダさんは何か魔法を使った後、私たちを促してレイリーとルミネアに合流。聖法旅団トップと戦う三名と女王様集団に合流したフィレナ一行以外は集合だ。
真ん中では派手な魔法戦と肉弾戦が繰り広げられている。たった三組の凄惨な戦闘は、女王様側に向かうことを許されない状態だった。加勢も難しい。
マゼルダさんもどうしたものかと戦場を眺めている。
「踏み込みすぎると流れ弾がヒットしちゃいそうだしねー」
「女王様側はフィレナさんたちが居ますし、とりあえず大丈夫だと思いますよ」
テルちゃんズの四体は私たちの周りをフヨフヨ遊泳。レイリーとルミネアはチラリと確認しただけで、もう何も言って来なかった。まあ私が説明しようにも「こういうことが出来るんだ」の一言で終わってしまうので、話題に触れない選択は正解だろう。
「でもあたしたちが超ヒマじゃん。おーいサッサとそんなザコやっつけろー」
「レイリー、野次は飛ばさないであげて下さい。そもそも王子の護衛も大切デスからね」
「僕のことは気にしないでくれ。女性に守られているだけというのも、いささか心苦しいからね」
「…………? しかしあなたのスキャン結果では性別が——」
「「わーっ!」」
私と伊藤さんは慌ててルミネアの口を塞ぐ。
王子が女性でしたって話はここでしてしまうとややこしいことになる。
よし、話題の転換が必要だ。
「あーレイリーはどうやって戦ってたの?」
「あたしー?」
ルミネアの相棒である彼女に白羽の矢が立ちました。気になってもいたし一石二鳥。
目をまん丸にして自身を指差したレイリーは、次には得意げに小さい体で飛び跳ねた。嬉しそう。
「実はねービリビリーってしてるのー!」
「ビリビリ?」
「レイリーは雷の魔法使いなのデス」
結局、要領を得ないレイリーの代わりに復活したルミネアが答えることになった。
彼女は先ほどの私たちの誤魔化しも察したようで、それ以上に掘り下げることもなかった。空気の読める有能な人造人間さんだ。一家に一人は欲しい。
「ただ、レイリーは魔力があっても技術が足りずコントロールが出来ません。精霊魔法なら精霊にコントロールを任せれば良いのデスが」
雷の近代魔法かあ。ますます格闘してたの謎すぎる。
「あーサンダー系統はコントロールがハードな魔法よねー」
「え、そうなんですか? 全部同じもんかと思ってました」
「魔法って近代か精霊か、属性の相性でも扱いやすさが変わってくるの。ロシェちゃんみたいな例外を除いては」
マゼルダさんは交戦中のロシェを眺めて意味ありげに微笑む。
確かにロシェは魔導書に選ばれたエリート。そんな彼女が近くにいることで、魔法の概念が少し歪んで伝わっている感は否めない。何でもやるんだもん。
「電気というのは伝わりやすい物質とそうでない物質があります」
「電気伝導ですね!」
伊藤さんにスイッチが入りました。テンションがお高いです。
ルミネアが言うには、生み出した電気を通す媒介が不十分で雷が目的地まで届かないのだそう。普通なら魔法で構成する媒介は、今のレイリーの技術では難しい。それがコントロール不足だった。
電気って金属はよく通すけど、この城のような石材や木材、もっと言えば空気なんかは電気の伝導が悪い。
だから威力を保つ為には、彼女が直接触れて電気を流すか、金属片に電気を纏わせ投げて攻撃するしか出来ない。機械の国のように金属まみれなら何も問題なかったけど。
つまり彼女が白服を謎格闘で倒した理由は、触れて電気を流したからってこと。まさに歩くスタンガン。
「それか威力を強力に上げて雷を撃ち込む無茶なら出来ます」
「この城くらいは吹っ飛ぶカナー魔力も吹っ飛ぶけどー」
これにはさすがの王子様も苦笑い。二人が冗談で言ってるようにも見えない上に、魔女の称号を持つマゼルダさんも頷いている。実際に可能であるってことだ。
スタンガンより危険なので歩く稲妻と名付けよう。
「普通に魔法を習っていればそんなクレイジーな魔法使いにはならないはずだけど」
「レイリーは普通に習ってませんから」
ドッカーンとジャンプするレイリーをつまみ上げたルミネア。ジタバタしてるがお構い無しで会話を続けた。
「機械の国では魔法は異端なのデス。科学が優先されている国で魔法を学ぶカリキュラムはありません」
「機械の国……なるほどねーだからピストルなんか持っているのね」
「弾が残り二発だからもー非常用なのだー」
レイリーはルミネアにぶら下がったまま拳銃を指先でクルクル。
彼女が朝の襲撃で何もしなかったのも、何も出来なかったからというわけだ。そんな状態で戦おうだなんて無謀なのか勇敢なのか。とりあえず歩く稲妻の本領を発揮されなくてよかったと安心すべきかもしれない。
「ガールズトークに花を咲かせてる内に終わりそうね」
想像していたガールズトークとは随分と違うような。
ピタリと静止する戦場。
青の剣が巨漢の喉元を捉えていた。ウォッカは両手を挙げて降参のポーズ。決着だ。リーダーを抑えたらもう終わりだろう。
「ハッハッハッさすがは青剣の鬼姫様というわけか」
「貴殿もなかなかの腕だったぞ」
リアンさんの賛辞に笑顔を崩さないウォッカ。
彼を見ながら不意に思い出すマーブルのこと。もう逃げたのかな。
伊藤さんに振り向くと、指先を口元に添えてウォッカを眺めていた。その眼光は鋭い。
嫌な予感がする。
そういう予感って総じて当たるもので————