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42 熱願冷諦


「ヒヒッマジでぶっ壊し甲斐のある廃魔娘だなァ! イイぜェお前のだぁい好きな女の前でメチャクチャに犯してやるよォ!」


 手を伸ばせば届く距離にやつがいた。

 もしかしたらまだ遠いのかな。

 ああ、伊藤さんの警戒が跳ね上がってるから近いんだろう。


「良かったなァ優しい俺と優しい廃魔ちゃんで?」


「————っ! あなたが下劣で最悪な人間だと理解は出来てますか?」


「実験に俺の人間性は必要ねえよ。ま、賢く大人しくしてるんだなァ」


「くっなんで、こんな!」


 悔しそうに俯く伊藤さん。蜂男の言う通り、そして私の言う通り、大人しく私を支える。それだけで嬉しくて十分すぎるほど助けになっていた。


 誰も助けに来れない。伊藤さんは戦えない。

 なら、私がこうするしか方法はないんだ。


 ねっとりとした空気感。無意識に鳥肌が立つ。

 顎に骨張った手が添えられ強制的に顔が上げられた。視界には蜂男のにやけ顔。


「泣き叫んでも終わらない快楽の絶頂に落としてやるよ。俺を満足させるくらい淫らに悶えろよォ? でないと、わかるよなァ?」


 数センチの距離。湿った息がかかって気持ち悪い。


「安心しろォ痛みも快感に変わるぜェ……」


 二の腕に蜂男の手が触れる。退けたい気持ちをねじ伏せ、覚悟を決めて腹の底に力を込めた。


 ワガママでも彼女を守ると決めた。だから逃げない。


 熱情が身体を焼く熱を抑えていた。抑えているように感じていたんだろう。勘違いでもいい。


 彼女が私の想いに応えてくれたんだから、私も応えよう。



守護人形(ガーディアン)照々坊主(テルちゃん)



「あァ? なん——ガッ!?」



 鈍い音とガチンと硬いものがぶつかる音。


 蜂男が上空を見上げて視界から消えた。


 ちょっと違うか。顎を上げて後ろに倒れた。受け身も取らず倒れる蜂男。気絶。

 私からは消えたように見えたし、というかもう立っていられなかった。熱が侵してゆく。


 限界、かも。


「きゃっ……相田さん?」


 力を使った疲労感と切り抜けた安心感で、激痛と不可思議な感覚が蘇る。へにゃっと腰砕け。伊藤さんに思いっきり寄りかかってしまった。けど優しく抱き止めてくれて、一緒に崩れ落ちる。

 肩に頭を置いて、重くないか心配になって、大丈夫の一言で力が抜けた。


「終わった、んですよね?」


「ん。……ありがと、伊藤さん」


 サラサラの黒髪から漂うシトラスの香り。この世界に来た時にも嗅いだ香りだった。前よりも濃く感じる。


「感想は後で聞きましょう。すぐにマゼルダさんが来てくれます。耐えられますか?」


 蜂男が倒れたから結界の魔法は切れたのかな。それならよかった。ちょっとこのまま放置はきつい。


「あっ、と、あまり……動かないで、くれると……嬉しいかな……」


 背中がじくじく鼓動する間を縫って、こそばゆいというか甘く疼く感覚が神経を支配していた。

 それは服との擦れや伊藤さんが触れる部分から流れる。動くと変になりそうだった。痛いよりマシだけど、くすぐったさで身をよじると傷が痛むのでその連鎖も避けたい。


「そういえば媚薬の側面が強いものでしたね。出来損ないでしたが」


 彼女は得心したのか、ため息に近い呟きを零した。


「ふあぁッ!? んぅ……い、とうさん、やめ……っ」


 不幸にも私の耳に息が吹き付けられる。ただでさえ耳は弱い。死ぬかと思——


「え、なんでそんなとろけた声なんですか?」


「……ひっんん! ぁ、だめ、みみはだめだってぇ! はあッ……おねがぁあっ!?」


「あっわっすみません!」


 私の懇願は腰を撫でる手に遮られた。燃えるような痛みに、さらにくすぐったい電流に苛まれる。思わずビクビク震える身体を抑えるため必死に抱き締めてやり過ごした。声にならない声が喉を迸って熱い吐息に変わる。

 からだ、ほんとにおかしい。これ長くたえられないよ。


「なんだか私までおかしくなりそうです……」


 彫像のように動かなくなった彼女の顔は見えない。ごめん、こんな手のかかるやつは呆れるしかないよね。



 それにわたしはまだ、いえていないことが——。



 伝えたい言葉は熱の波に掻き消えた。



 *



 駆け付けてくれたマゼルダさん。

 彼女の解毒魔法により鎮圧。解毒薬とか無くても良かったのが幸いだ。傷も治癒されて、かなり楽になりました。

 でもあくまで応急処置だから後で聖母ちゃんことロイエさんに診てもらったほうが良い、とのこと。毒は抜いても反動があるかもしれないのだ。


 彼女は「えへへー聖母ちゃんのほうが回復魔法は得意なんだけどね。マゼルダ的にはベリーハードだわー」なんて笑って話していた。途切れないマシンガントークは内容をほとんど覚えていない。

 すぐに気付かなかったけど、意識が朦朧としていた私に気を遣ったのだろう。


 しばらく休んで復帰出来たのは数分後。それでも身体はこの様にフラフラ。なんて軟弱な。


 うぅ……もうああいうタイプの敵とは戦いたくない……。


「そのホワイト浮遊物はなーに?」


 マゼルダさんは上空に浮かぶ白い物体に興味を示していた。


「魔法、かな?」


 恐る恐る近くで見つめる王子プラリネ。プラリネは魔力を感じられるほど魔法の才はない。日常的な魔法は使えるみたいだけどね。どちらかといえば剣が得意だそう。


「魔法ではありませんよ王子様」


 伊藤さんは私の隣で同じく見上げていた。万全じゃない私の代わりに経緯を説明してくれる。



 空中を漂うのは守護人形(ガーディアン)照々坊主(テルちゃん)



 時は巻き戻り、私たちがまだ魔法の檻に閉じ込められていた頃。

 レイリーたちが来るまでに、フィレナ部屋で伊藤さんと作っていた四体のてるてる坊主だ。


 丸い頭と白い姿。よく「晴れますように」とおまじないで吊るされる人形たち。

 ただ通常と違い、頭部にはクッション入りながら石など固いものが入っている。頭は重く攻撃力抜群だ。

 自衛の為だとフィレナを説得し、材料を提供してもらっただけあった。大活躍である。


 喜怒哀楽の表情を描かれたそれぞれのテルちゃんズ。今は私たちの周りを遊泳し、守護していた。当分は警護に気を割く必要はない。


 というのも守護人形(ガーディアン)はその名の通り戦闘特化型。害なす敵を自動カウンターしてしまう。能力上昇(パワーアップ)操り人形(マリオネット)などの合体技だ。こうやって空中に浮いているのもテルちゃんの個性だろう。


 これが蜂男が倒れた理由に繋がる。


 私の太もも——スカートの下に紐で括り付けて隠していたテルちゃんズ。走るの大変だったんだけど、それはまあ良いだろう。


 彼の顎に、真下からテルちゃんの頭突きをアッパーカットの要領で発動。完全に油断していた彼は、視界の外から迫る鈍器をモロに食らった。脳が揺れノックアウトである。蜂男が昏倒したのは雰囲気で読み取れた。

 こいつがリーダーのウォッカくらい体格が良かったら、気絶まではしなかったかもね。


 行動としては単純にそれだけ。


 伊藤さんはテルちゃんズの一体、蜂男に突撃した“怒りん坊テルちゃん”を撫でている。


 無形(からっぽ)の魂で作られた人形。ナイトやフィレナファミリーが上位人形と位置付けるなら、このテルちゃんズは下位人形とも言うべきだろうか。


 生き物のように、意志や記憶を持ち独自に動く上位人形。

 機械のように、機能だけ詰め込み私の命令に従う下位人形。


 道具のような感じがして、あまりやりたくはない能力の使い方だった。防衛手段だから仕方ないと割り切って作ったけどね。


 無形(からっぽ)の人形は空っぽのはずなのに、嬉しそうに撫でられている。んー不思議。


「私は上手く出来ましたか?」


 優しい眼差しをテルちゃんに注いだままの伊藤さん。


「上出来すぎて感動してる」


 その横顔には百点満点では足りないほどの点数を付けて答案用紙を返したい。


 彼女は私の表情を読み取ってくれる。その信頼は正しく機能した。

 私の意図に沿って最高の演技までしてくれたんだから。もう手が無くて、私が襲われるのを絶望して見ているだけの……フリ。


 伊藤さんが足掻き続けたり冷静になり過ぎたりすれば、蜂男は警戒して近付かなかったかもしれない。彼に油断してもらうのが目的だったから。まーそれも杞憂だったかな?


 と、何故か伊藤さんは膨れて私の袖を引く。


「気持ちは全部本物ですからね?」


 気持ち? なんの気持ちだろうか考えて言わなきゃいけないことを思い出す。そう気持ちだ。


 彼女の両肩を掴んで向き合う。ビクリと震えたのに気付いて手の力を緩めた。れ、冷静に冷静に。


「遅くなったけど聞いて」


 蜂男が介入する前のことを思い出した。彼女の言葉と表情が脳裏をよぎる。



『すみません気持ち悪いですよね……。こんなこと考えて、疑ってばかりで。素直にありのままを信じられないなんて本当に』



 蝕む熱は引いたのに、今度は心を焦がす熱に食われてしまいそうだった。

 伊藤さんの間違った考えに哀しくなって、そう考えられる弱さと強さに惹かれ、そんなことを言わせてしまった自分に怒りを覚える。


 でも本人は忘れているのか気にしていないのか、不思議な様子。

 少しだけイラッとした。こっちはずっとモヤモヤ考えてるのに不公平じゃないか。


「考えたり疑ったりするなんて普通じゃん。気持ち悪くなんてないよ」


 合点がいったようだ。おっとり微笑んで「そんなこと覚えてたんですね」と呟いた。“そんなこと”とは心外である。

 そして困った表情で首を横に振る。はっきりとした拒絶だった。


「私は相田さんを信じると言ったのに、それでも相田さんの考えを信じ切れずに疑っているんです」


 ああ、またそんな顔してる。


「ロシェさんもナイトさんも相田さんを信じているんですよ。しかし私は……」


 なんで頑なにそう思うのかわからないよ伊藤さん。


 綺麗なのに心を曇らせる表情。ちぐはぐな想いが私を惑わせる。

伊藤志乃のなんとか室


「最高ですねっ!」

「何がだよっ!」

「詳しく説明すると、私を守る為に身を呈して敵を倒すかっこいい相田さんとか、私の手で気持ち良くなってかわいい声を上げちゃう相田さんとか、真っ先に私の心配をしてくれて真剣な相田さんとかですよ?」

「聞かなかったことにしていたかったが……おいおいマジで大変だな桜。なんだ体の感度上げる毒って」

「どうせならちゃんとした媚薬をつくって欲しかったです」

「そこじゃねぇだろ」

「え、人類のロマンじゃないですか」

「そのロマンに振り回される桜が不憫でならねーよ」

「私がどうしたのロシェ?」

「マスター、関わらないほうが良いかと」

「って桜とナイトが戻って来ちまった」

「それはですね。相田さんが媚薬で悶え——」

「だぁーーーーっ! そうだ志乃! 熱願冷諦ってなんだ!」

「あ、私も知りたいな」

「……熱願冷諦とは、熱心に強く願うことと冷静に本質を見極めることですね。冷諦には落ち着いて考え諦めることの意味もあります。ところで相田さ——」

「どぉーーーーう! 尺がもうないってよ!」

「うるさいぞエセ宇宙人」

「尺とか言って良いのこれ……」

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