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40 炎熱姫君

 王女フィレナは黄金の獅子ガナッシュに跨り疾駆する。

 憧れるなあライオンに乗って戦うとか。ぬいぐるみだけど。


 なんとまあ、ずるいことにお相手の鳥男は自分の翼で空に居座っていた。ずるいっていうか、彼の戦闘スタイルであって鳥人は得てしてこうなのだろう。茶色の翼がバッサバッサしてる。


 え、名前? なんたら四天王のなんとかのなんとかさんだ。忘れてなんかないぞ。


 とにかく、これは苦戦しそうだ。

 その苦悩が力の揺れとして伝わったのか。


 槍……形状的に銛かな。空中から突き出す銛は絶えずお姫様を襲っていた。

 能力上昇(パワーアップ)されたガナッシュ持ち前の機動力で回避、フィレナの大剣を盾にした防御でなんとかなっていた。


 だが攻勢には出れていない。

 決め手がない状態だ。


 騎馬ではなく騎獅子で、扱うのは動きにくい剣。明らかに戦闘スタイルから不利そう。まあ本人たちはものともしてないので、それは些細な問題なんだろう。

 ただ単に相手が悪い。


 そんな防戦一方でお姫様は小さく詠唱し始めた。

 あ、魔法も使えるんだっけ。


「空から降りなさい、ファイアーウォール!」


 空中に炎の雲がかかる。熱そう。

 身を翻した鳥男。低空で飛行するが地に落ちる様子はなかった。


「魔法剣士か。実にオールマイティなお嬢さんだ」


 炎の雲は長く続かない。再び彼は翼を広げ宙を舞う。距離はまた開いた。

 フィレナはファイアーボールと叫び火の玉をいくつも見舞った。放たれた火球はひらひらと躱される。


 何度か接近戦となるが決定打にはならない。

 彼女の大振りな剣が鳥男を捉えることはなかった。逆に鳥男の銛が彼女を突き刺すこともなかった。フィレナとガナッシュは隙を作らず背を向けないよう動きを牽制しているのだ。


 空中戦で消耗戦。優勢なのは鳥男。


 彼もわかっている。わざわざ地上で戦う必要はないと。上空に居座り、彼女の魔力が尽き体力が尽きるのを待てば良い。


「その選択は悪くないわ」


 フィレナの剣が火花を散らす。大剣が灼熱の炎を纏っていた。


「でも」


 ガナッシュが大きく跳躍。飛翔する鳥男と肉薄する。


 火の粉が舞い、銀髪が踊る。

 金の瞳が空を制する翼を捉えた。

 振りかぶる炎の大剣。


「私たちの前では愚策よ」


 高温の刃とは対照的な低温の表情。

 剣が軌道を描く。烈火の残滓が散っていく。


 しかし——


「そんな大振りでは当たらないよお嬢さん」


 彼女の火炎が斬り裂いたのは空気。

 大きく振り切ったフィレナはガラ空きだった。ガナッシュも宙では自由に動くことが出来ない。


 好機を見逃すほど甘い鳥男ではなかった。銛を突き込もうと腕を引いて狙い定めた。



「「やっほーい!」」



 と、フィレナの背中から元気よく飛び出す影。

 濃いピンクと薄いピンクの双子ウサギなぬいぐるみ。



「あわわわわ飛んでるのでありますーっ!?」



 その二匹の間で手を引かれたメタルフィギュアの人形。

 ぶら下がった構図が「捕まった宇宙人」みたいである。

 飛び出したのは、お姫様の背中に隠れていたフィレナファミリー中の三匹だ。


 いきなり目の前に現れた三匹に鳥男は動きを止めた。驚愕している。そりゃぬいぐるみがフライハイしてたらビビるよね。

 双子ウサギが能力上昇(パワーアップ)で引き上がった跳躍力を見せ付ける。


 鳥男の顔面に激突。


 主に、真ん中にぶら下がっていたメタルフィギュアことオランジェットが。


 激突というか、鳥男が驚きで開いていたクチバシの中に入ってしまった。わー食べられちゃった。美味しくないだろうに。



 ってオランジェットおおおおおお!?



 双子のウサギはそれぞれ鳥男の両肩に華麗な着地。


「がっ……ぐががぶあ!?」


 鳥男は口に入った異物に大混乱。

 ウサギ二匹は慌てる鳥人にも上手く貼り付いていた。


「ありゃ~着地ミスっちゃった~オランジェットちゃんごめ~ん」


「オランジェット、君のことは忘れないよ」


「勝手に殺すんじゃない! のであります!」


 よく見ると鳥男のクチバシを小さい体でこじ開けるオランジェット。彼の能力上昇(パワーアップ)は怪力とかだったかな。


 無理やり開かれたクチバシに混乱を深める鳥男。手から銛が滑り落ちる。武器を取り落すなんてよっぽどだろう。



「ファイアーアロー」



 好機を見逃すほど甘いお姫様ではなかった。地に立つ彼女が唱えた火の矢。



()()()と言ったでしょう。よそ見してると火傷するわよ」



 熱気をはらんで三条の矢が鳥男を射る。

 両翼と片足に突き刺さった。

 その攻撃に耐えられるはずもなく落下。ドシャッと痛そうな音がこちらにも聴こえてきた。


「「いぇーい!」」


「空の旅はこりごりであります……」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる色違いのウサぐるみ。無事にクチバシから這い出たオランジェット。ガナッシュから降りた銀髪の姫が労っていた。


 ヒッキー姫様と動き出したばかりの人形たちの戦果としては高評価だろう。四天王撃墜は最速だし。

 フィレナは人形の特性を理解した上で、戦いの中で鳥男のパターンを模索し、あのフェイクと連携攻撃を見せた。


 ああこれ、たぶん苦悩の揺れじゃない。

 戦闘での昂ぶりや思考を巡らせた結果の揺れなんだ。


 何でもない顔で玉座の方向を見据えるお姫様。

 四天王の一人との対戦。難敵との初戦を勝利で飾ったのに、冷静に先を見ている。

 彼女にとってこれは通過点。目的は女王を守ることにあると背中が示していた。


 あまり心配して観戦する必要なかったなあ。


「心配しなくても良かったって顔ですね」


 伊藤さんも同じ光景を眺めていたのか、はたまた私の表情を観察していたのか、隣で悪戯に微笑む。

……当たりである。


「そんなにわかりやすい?」


「前よりは」


 前よりって。口を開きかけてチャック。やぶ蛇になりそうなので細かく触れるのは止めた。


 軽く周りを眺め戦況を確認。

 フィレナたちは早い決着だった。

 しかし全体としては膠着状態。


 ナイトも戦いが続いていた。

 危険な状況ではないから心配はしていない。むしろ楽しそうなのが悩みの種だ。ファイティングベアー過ぎる。


 どちらにしろ私は動かない。下手に動いたら標的にされて足を引っ張るからね。

 戦力外の私に出来ることは、みんなを信じて待つ。伊藤さんを守る。人形に影響が出ないよう自分も守る。それだけだ。


 聖法旅団とツギハギだらけの私たち。

 大広間では絶えず剣戟と叫びが溢れる。


「そういえば相田さん」


「ん?」


「少し不思議に思っていることがあるんです」


 珍しい。伊藤さんに疑問があるなんて。

 彼女は唇に指を添えて目を伏せる。考え事や話す時によく見る仕草だった。


「マーブルさんが内通者と判明しましたが、なぜ彼女はあの様なややこしいことをしたのでしょう?」


 マーブル。調査員でありながら裏切っていた彼女。少年のような表情と金髪を思い出して、この戦場で見てないことも思い出す。白服に紛れてるのかな。


 えっと、ややこしいこと、てなんだろ。


「王子様たちを閉じ込めた後、わざわざ彼女は大図書館まで報告にきました。おそらく女王様たちにも。しかしそうするメリットがありません」


 確かに、ややこしいことだ。

 マーブルひいては聖法旅団は女王と議会を粛清やらするのに、邪魔だったらしい王子と幹部を魔法の檻に入れた。

 その後は、ロイエさんに報告して私たちが救出に乗り出した。報告しなければ私たちを閉じ込める必要もなかっただろうに。

 女王側にも同様の報告がされていたなら、そちらでも何らかの対策を講じていただろう。


「マーブル自身が疑われない為じゃないの? マーブルだけはバレないように行動は調査員であるようにした。それか混乱させる為かな」


 これが私の持論。今後も自然に潜むことが出来る対策。城内をパニックにさせる一手。

 何となくそう思っていたから気にしていなかった。盲点である。言われなかったら考えもしないだろう。


「潜伏継続と撹乱、ですか」


 伊藤さんは白い指で艶のある唇を撫でる。それから虚空を見つめて、はっと顔を上げた。黒の中に私が映り込む。何だか泣き出しそうな色。


「すみません気持ち悪いですよね……。こんなこと考えて、疑ってばかりで。素直にありのままを信じられないなんて本当に」


 意外な弱気発言だった。不安そうに揺れる瞳に、伝染して揺れる私。


 また表情を曇らせた苦しさに目を逸らして、ひとつひとつ言葉を探る。私まで不安になってる場合じゃない。

 ここは誤魔化さず素直に伝えるべきだ。不安なんかならないくらい、まっすぐに。


「気持ち悪くなんか————」


 そこで気付いた。


 鋭く射るような殺気。

 どす黒い粘着質な気配。

 彼女の肩越しに小さく光るもの。



 考えるより、想うより、速く身体が動く。



 反射に近い動きで伊藤さんを抱いて反転。私と彼女の位置が交換される。自分の身体全体で強く覆う。


 間を置かずに背中から響く鈍い音。そして軽い衝撃。

 何が起きたのか。考えようと思考を巡らせた瞬間に、鮮烈な痛みと熱さが駆け巡った。思わず顔をしかめる。喉から漏れるのは苦悶の呼吸。



 かなり、痛い。



「あちゃーそっちに当たっちゃったかァー」



 背後から響いた誰かの声に応えることも出来ず、伊藤さんを抱き締める。


「あい、ださん……?」


 何がなんだかわからなくなる。

 押し寄せる波のように痛覚が仕事をした。


「どっちか当たればよかったしィ、イイんだけどな? でも廃魔の小娘より魔力タンクを攻撃するに決まってるじゃん? なァ?」


 痛み抑えて、いまピンチだから。敵がいるから。身体、ちゃんと動いて。

 歯を食いしばって身体を離す。伊藤さんの隣に立ち、不躾な訪問者と対面する。


 そいつはガリガリの男だった。


「よォ、廃魔にしてはイイ動きじゃん? お前みたいな無力無策無駄の三拍子揃ったヤツのガンバリって嫌いじゃないぜェ?」


 下卑た笑みに悪寒が走る。


「ぶっ壊し甲斐があるってもんだァ」

伊藤志乃のなんとか室


「夏休み終わっちゃいましたねえ」

「終わっちゃったねー」

「水着回も浴衣回もなかったですねえ」

「海も夏祭りも行ってないもんねー異世界関係ないし」

「サービスカットが無しだなんて」

「サービスカットて……。あ、伊藤さんって宿題はいつ終わらせる派なの?」

「学校が終わる前にですね」

「え?」

「え、だから学校が終わる前にですよ。貰ったその日から片付ければ大体終わりますよね?」

「よねって、うーん、大抵の人は最後らへんまで取っとくと思うんだけど……」

「どうしてですか? そんな風習ありましたっけ。そういう相田さんは?」

「私は夏休み中にのんびり片付けるかな。夏休みなんて予定ないし」

「そんな寂しそうに……。でも予定は作るものです。ということで」

「ということで?」

「花火持ってきました! 夏の終わりに思い出作りです! 皆さんも呼びましょう!」

「おおーいつの間に!」

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