38 聖法旅団
セブンルーク城。大広間への廊下。
言わずもがな、緊張の最高潮である。
「ロシェは前方に集中して魔法障壁、マゼルダは突入後に強化魔法を掛け続けろ」
「へーいりょーかい」
「イエース喜んで!」
リアンさんの指示に、ロシェは片手を前に突き出した。マゼルダさんは王子を背後に庇い速度を上げる。
アーチを描いて吹き抜けになっている大広間入り口。
もう目の前というところで、
「……神聖なる法の下に粛清を開始するッ! 光の砲弾よ、貫け!」
地から響くような、しわがれた男性の声。
聴こえた次には視界が真っ白に染まる。強烈な光量で走る先が眩んだ。
しかし奪ったのは視覚情報のみで他はなんともない。
「んなヘナチョコ魔法で天才宇宙人を抜けるわけねーだろ」
それもロシェの展開した魔法障壁で霧散させたからだ。
赤のような緑のような光の残像。結構な不自由だな。
視界の隅でロシェの姿が踊る。得意げに吐き捨てた彼女は、お留守番していたもう片手を拳銃の形で指差した。指先には薄く紫がかった光球。バァンなんて声と共に勢いよく放たれる。マントと束ねられた黒い髪が強風に踊った。
放たれた光球の軌道は私の目では追えない。
「あまり剣を握りたくなかったんだが——」
ロシェの隣を駆けるリアンさんは、鞘から剣を振り抜き一閃。鮮やかな青い両刃の剣。それがリアンさんの握る剣だった。
いつの間にか放たれていた何かを斬り伏せたらしい。私たちの周りにドッシャリ落下。何だろうこれ、土、かな。石? 視界が元に戻ってもそれが何かよくわからなかった。
「ガードアーップ! スピードアーップ! アタックアーップ! とりあえずアップアップアーップ!」
マゼルダさんは赤毛を揺らし指をクルクル振る。なんとも適当そうな呪文を唱えていた。強化魔法とやらだろう。適当そうなのに実際に力がみなぎって足も速くなっているのが不思議である。
広大な空間に突入した一行。
大広間の中央では白い制服に身を包んだ一団がこちらを向いていた。ざっと三十、四十人はいるだろうか? もっとかも……。
その奥、赤い絨毯が上る階段。小高い場所には鉄の鎧に身を包んだ数人と仕立てが良さげな服装の数人。固まったあの一団が女王様やトップな議会メンバーとやら、かな。
てことは、あの白い軍団がレジスタンス?
私たちは速度を落とす。
出し抜けに攻撃はされたが、話し合いでの解決が望ましい。
何も内容がわからないままでは、ただの殺し合い泥沼戦になってしまう。相手の目的を知れば余計な戦いをしなくても済むかもしれないのだ。
青の剣を下げたリアンさんが一歩前へ踏み出した。
「手厚い過激な挨拶で驚いているよ」
「楽しんでいただけたかな?」
応えるように巨漢が前へ出て来る。
スキンヘッドの大きい男。マッチョで両手には鋼の籠手。体を覆う純白のマント。いかにもボスの様相を呈していた。それに、しわがれた声で最初に攻撃した相手だとわかる。
「いやあワシは招待状なんて出した覚えはないのだがね」
「パーティーは人が多いほど楽しいじゃないか。貴殿はそこまで狭量ではないだろう?」
「ハハッそれもそうだ!」
スキンヘッド大男は快活に笑う。
しかし彼からの隠しもしない獰猛な空気感が和やかな空気にはしてくれない。
それは彼女も同じだった。ただリアンさんの場合は、苛立ちが滲んでいても攻撃をする意思を見せなかった。大人の対応といえる。
「聖法旅団のリーダーともあろうお方がこんなところで何を?」
せいほうりょだん。初耳ワードだ。
低く問いかけたリアンさんに臆さず、彼は肩を竦めた。
「神聖なる法の下に粛清をしているだけだ」
「粛清の具体的な目的は?」
「女王様と議会の方々に正義の鉄槌を下す最高のパーティーを始めるところだ」
彼に浮かんだのは獰猛な笑み。溢れる殺気。
暴力的な黒い雰囲気は、マトモな人間の放つモノじゃなかった。これは私が太鼓判を押して言える。
「今回の騒動がレジスタンスじゃなくて聖法旅団のほうとはね。大人しくお帰り願うことは出来ないか?」
「そちらこそ、元の動物ケージに戻っていただけないかな?」
「あの小さなケージでは少々窮屈でな」
「さすがは青剣の鬼姫様。あれでは小さ過ぎましたか」
二人の静かに続く対話。
マゼルダさんはイヤそうにため息を吐き出した。そして私たちに振り向く。飽き飽きした表情である。
「聖法旅団について何も知らないと思うから説明するわ」
あくびをして伸びまでする姿はピリピリムードの空間では少々……いやかなり異質だった。
彼女が言うには、彼ら聖法旅団は「神聖なる法の下に粛清する」という大義名分で気に入らない人たちを殺害する犯罪集団。各国に疎まれる殺人集団だった。
もちろん神聖なる法は彼ら独自の法だ。
最も厄介なのが、自分達が正義と思って悪いことをしている意識がない。正しいと思い込んだ宗教染みた精神なのだ。
そして次に厄介なのがその強さ。
リアンさんと話しているリーダーの巨漢ウォッカは、強さを冒険者ランクで評価すればSランク級。他にも“聖宝なる四天王”とか痛い最強部下がいて、Aランク級の実力らしい。
さらっと聞いてしまったけど、冒険者ってやっぱりあるんだな……。
つまり、せいほーなんたらは、とても強くてとても狂っていてとても危険ということだった。
犯罪集団と和解は不可能で、むしろかける義理なんて無い。各国で指名手配されてるので倒して捕まえれば報奨金たんまりで一攫千金! レッツエンジョーイ金持ちライフ! らしい。
「そんなエロティシズムな性法旅団は数十人いるんだけど、トップ五人はファニーなお名前でねー」
エロ……? マゼルダさんはノリノリで解説し始めた。幹部さんってこういう人ばっかなんだね。ロシェに同情してしまう。
彼女がビシィッと指差したのはスキンヘッド大男。
「まずはーリーダー、性砲のウォッカ! 立派でエキサイティングな砲弾らしいわ」
「オイ」
仁王像のような顔で怒りに紅潮したスキンヘッド大男ことウォッカ。
しかしマゼルダさんは全く気にしていない。このウォッカとやらがリアンさんとの会話を止めて介入した理由についても、同様に気にしていないだろう。
「ネクストー鳥人な四天王、性鵬のカルヴァドス! ファンタスティックな淫獣と噂よ」
「まっ待て」
ウォッカの隣。頭が鳥で人型の男。羽根をビクつかせて青ざめていた。青ざめているのは雰囲気である。鳥顔の表情はわからない。
「でー土魔法使いな四天王、性峰のアイリッシュ! 色欲を掻き立てる双丘ね」
「ちょっ」
反応したのはウォッカの隣……鳥人とは反対側に立つ女性。確かにけしからん大きさの山岳だった。気にしてるのか彼女は両腕で隠す。
「えー剣客な四天王、性鋒のジン! スーパー強力な剣を持ってるわ」
「…………」
えーと興味無さげに短めの剣をジャグリングする彼だろうか?
「ラストー毒を扱う四天王、性蜂のミード! メロメロにハッピーな媚薬を開発中」
「「「あ、それは正しい」」」
「正しいのかよッ!」
ハモる白い軍団の声。思わずツッコむロシェ。
どうやら最後の情報だけは公認の事実らしい。
ガリガリ男が、俺だ俺! なんて自己主張している。一番相手にしたくないタイプだ。てか媚薬とか何を求めたの。いやうん知りたくない……。
「てか性じゃない聖! 神聖の聖! 聖法であるぞ!」
「そして赤雪の魔女、正しい情報の中に嘘を紛れ込ますな! ややこしいだろ!」
「こっちはかなり気にしてるのよ!? いつもエッチ旅団って言われる身にもなりなさいよ!」
聖法旅団が悲痛な叫びで訴えるのは諦めにも似た主張だった。
いつも呼ばれてるのね……。
つまり問題の元凶は女王反対派なレジスタンスではなく、犯罪集団の性——聖法旅団。
今から彼らは女王様たちを襲うところで、引く気は全くない。
リアンさんとウォッカの話は半ば強制的に決裂。
頭を押さえるリアンさん。この展開を大方想定していたのか、怒るより呆れていた。
「責任取れ、マゼルダ」
「えへへー楽しいパーティーの始まりね」
わざわざ彼らを着火する意味はあったのか。
聖法旅団がこちらに殺意を持って相対する。武器を構え、今にも飛びかからんばかりだ。まずリーダーの彼がとんでもなく怒りに震えてる。
交渉は完全な決裂。
修復は不可能。
ということは、そうだ。
「ミッションは、あの白い軍団を倒してクイーンズの安全確保。オーケー?」
人数で劣勢なこちらがそんなこと出来るのか。
やるしかない。なんとか、するしかない。
首肯する一行。
では早速。
私はナイトたちの能力上昇効果をマックスにする。頑張ってもらうぞ。
と、胸の熱さが最高に達した。輝きに思わず瞼を閉じる。射るような光の奔流。めっちゃまぶしい。
閉じられた瞼の裏は赤かった。