37 次の依頼
状況を理解したのか、一つ頷いた王子。
こちらに向き直り一礼した。
「助けていただきありがとうございます。僕はプラムリネッド・ヴィサリオン・セブンルークと申します。長いので適当にプラリネとお呼び下さい」
いきなりのプリンスお辞儀に面食らっていれば、王子はそう自己紹介して一歩近付く。
プラムやリネッドとも呼ばれますのでそちらでも、と二歩目を踏み出し破顔した。とても爽やか。
雰囲気は……なんだろこれ、王子の纏うものは複雑タイプだ。
ん、複雑じゃなくて、まっすぐ過ぎて読めない? もしかして私の知らない何か?
困惑して思わず半歩後ずさった。同時に隣の伊藤さんがこちらを不思議そうに横目で見ていることに気付く。いきなり下がったらそりゃ不思議だよね。
「救って下さった英雄が素敵なお嬢さん方でとても驚いているよ。花のような美しさに、遥かな知性と卓越した武力も持ち合わせているとは。感服したよ」
キラッキラの空気感。歯の浮くようなセリフ。
プラリネさんは一番近くにいるロシェの手を取った。握手かと思ったら手の甲にキスを落とす。リアルプリンスキッス。
「僕は幸運だ。こんな女神たちに出会えるなんて」
低音で囁かれる殺し文句。溶けそうなほど熱い視線。
わぁーお。だ、ダメだ。キラッキラ過ぎて近付けない。全身がむず痒い。これって社交辞令なの? てか本当に女性なの? ぱっと見は女性に見えない。
やや華奢だが声と仕草は男性に思える。女って知らなかったら普通に王子様。
「身に余る光栄です。まさか殿下からそのようなお言葉を頂けるとは思えませんでした」
ロシェは珍しく丁寧な敬語を使い、姿勢を正していた。
キッスに恥ずかしがる様子もなく返答する様子は別人のように思える。どんな顔してるのかはわからないけど。
あ、でも手の甲のキスって敬愛とか尊敬とかの意味だっけ。だから平気そうなのか。
そんなやり取りを見届け、カッコいい長身女性が苦い笑いを浮かべる。
「一国の王子が口説き魔だと思われてはいけないと思いますよ」
「本気ならよろしいでしょう?」
「殿下の本気が広範囲すぎるのですがね」
呆れたような表情で長身女性は短い息を吐いた。
「ロイエと面識があり依頼までしているなら、ある程度の事情は知っているのだろう。私は情報局三幹部の一人、リアンだ。青剣の鬼姫とも呼ばれている。この度はご助力、感謝する」
この人が鬼姫さんことリアンさん。まともそうだ。とても。
隣のビキニアーマー女性も出番とばかりに身を乗り出してきた。
「同じく幹部の赤雪の魔女マゼルダよ。えへへー今回ばかりはピンチでどうしようかと思っていたのーサンキュー女神たち」
冗談めかして投げキッスを飛ばすマゼルダさん。溢れ出す色気が軽いノリで中和されるようだ。意外かも。
それを隣のリアンさんが睨んでいるの気になるけど。
「ロシェ、適性はどうだ?」
リアンさんは短く問う。そのまま彼女はくしゃりとダークブラウンの前髪を掻き上げた。晒された表情はやや険しい。
しかし問われたロシェは黙っていた。
不意に流れた沈黙。
リアンさんは先ほどの険しさを消して意外そうに目を開いた。マゼルダさんは好奇の眼差し。
「切り捨てないか。気に入ったようだな」
「ちが……」
「前のロシェちゃんなら即アウトーって感じだったのに?」
「それは、その時は論外だったからで」
こちらからではロシェの表情は窺えない。でも幹部の二人の言葉に動揺しているのは確かだった。
えっと、何の適性で何を気に入ったんだろ。
ロシェはまた黙り込んでしまった。
さっきから別人を見ているような心地がする。
「ロシェが気に入って、ロイエが認めた。マゼルダはどう思う?」
「えへへーマゼルダに聞かなくてもアンサー出てるでしょー?」
「マゼルダの意見を聞いている」
「鬼姫ちゃんこわーい! ……んーポテンシャルは秘めてるけど、秘めてるだけ、もし何かあってもノープロブレム。マゼルダ的に二人が認めたなら面白いから良いと思うなー」
「私も概ね賛成だ。いくらなんでも私たちだけでは難しいからな」
リアンさんとマゼルダさんの話が進むにつれて、ロシェの身体が強張っていくように見える。伊藤さんは珍しいくらい分かりやすい諦めの色。
その意味を考えかけて、リアンさんが私たちを鋭く見据えた。
「君達を見込んで頼みたいことがある」
「この鬼姫ちゃんと魔女について来て、ヘルプしてくれない?」
救出依頼を遂行した私たち。本来ならもう関係ない。
新しい依頼ってことかあ。
もし求めるなら応えてしまうのは私の性分らしい。
チラっと目配せする。
伊藤さんは無理しないでくださいねと小声で呟き、ナイトは無言で肩を竦めた。レイリーは元気にやるやるーっ! なんて叫んで、ルミネアは特に何も口出しをしなかった。
黒髪を揺らし振り向いたロシェ。マントをきつく握り締めて紅い瞳がまん丸だ。ありえないって顔。
「もちろんウルトラにデンジャーよ?」
マゼルダさんは猟奇的に口の端を上げる。遊びではない、と普通なら恐怖さえ感じさせる表情だ。少しあの赤スーツ女の表情に似ていた。
「どうせ乗りかかった船だ」
「相田さんが居るなら危険なんて構いません」
ナイトの好戦的な碧眼と伊藤さんの揺るがない微笑。
「あたしは悔しーからブッ放すよー?」
「レイリーにこのまま引くという選択肢は九十九パーセントありえません。……私にもデス」
レイリーはガッツポーズしてルミネアはゴーグルをかけ直した。
「お、おい、意味わかってんのか? いま降りねぇと!」
「ロシェは気に入ってくれたんでしょ?」
「……っ! 気に入ってなんて、いない」
「そっか。でも、ごめんね」
彼女が私たちの身を案じてくれる気持ちを無下にしちゃいけない。
でもね。ここまで来て止まる理由はないんだ。この胸の熱に応える為にも。
私のワガママはこれだけじゃないんだから。
「私が私の為にしたいことなんだ」
このまま素直に終わるほど、カッコ悪いことはない。必ず後悔する。そんなの嫌だ。
私はロシェの目の前に足を踏み出す。一歩分の距離。
静かにひざまずいて、マントを固く握る手を解いた。指先は白くなっている。
握り締め過ぎでしょ。思わず笑いが漏れそうになって押し留めた。本人は真剣なんだから笑っちゃ失礼だ。
そっとロシェの手の甲に唇を触れさせる。
王子様ほど綺麗にも自然にも出来ないけど、そこはご愛嬌。
少し恥ずかしい。でも思うだけじゃなく行動で示さないとわかってくれないから。わかってもらうために、今の自分が出来る全力で、敬愛の気持ちを表す。
「私を信じて。私はロシェを信じる。ね?」
彼女が私にくれた言葉。口にして、まっすぐ見上げた。
大丈夫だから迷わず行こう。気持ちは伝わるはず。
ロシェは紅い瞳を丸くしたまま、手を見て、私を見た。小さく緩慢で単純な動作。
「~~~~っ!?」
次の瞬間、彼女はボンッと顔を真っ赤に染め上げた。
え、あれ、なんで。
赤くなる理由と自分のしている行為を照らし合わせて考える。
雰囲気はパニックな感じでゴチャゴチャだ。声にならないのか、口はパクパクとお魚さんみたい。
あーこれって、もしかしたら王族専用の行為だったのかも……やらかしたなあ。怒ってるのかな。いや違う……? 恥ずかしいのかな。王子との挨拶は普通だったのに?
「よくわかんないけど、何かしちゃった?」
こういう時は素直に聞こう。
立ち上がって顔を覗き込む。涙目? 泣いてるの? 痛いとか? 本当に何が……。
彼女は呻いてから俯いてしまった。
助けを求めて周りに目を向けるが、呆れてたり、爆笑してたり、興味深そうだったり。手助けしてくれそうにはなかった。
んむーロシェ先生に聞きたいことが増えてゆく……。
困り果てた私は、何も言わず正気に戻るのを待つことにした。
*
向かうは女王の下。
動き出した何かを探り、何かが害をなすモノならどうにかする為に再び走る。今日は走ってばかりだ。
大広間。玉座のあるここがまず一番に向かう場所だった。
まあ案の定、近付けば近付くほどヤバそうな空気を感じる。
表皮がひり付き汗が止まらない。
どうやら伊藤さんは異変に気付いたようで、手汗が滲んだ私の手を強く握り締めた。
あ、汗、気持ち悪いよね。申し訳なく思って手を解こうとしたが、何を思ったのか、指を絡ませてきた。おいおい何してるの。指の間とか最も汗が……。違う意味で汗かいてきた。
離さないでくださいと手を繋ぎ続ける。逆らう理由もないのでそのまま。彼女なりの理由があるのかもしれないし、さっきから不機嫌そうなので断れないのもある。
幹部と王子が加わった大所帯で向かっていた。
リアンさんとマゼルダさんは王子を護衛しつつ先頭に立つ。
そんなリアンさんも何かを感じ取ったようで、警戒しろと注意を促した。
不穏なほど静かな城内。
やがて聴こえる複数の声と音。
「ロシェとマゼルダで中の様子を——」
剣の柄に手を添えたリアンさんはそう伝えかけて黙り込んでしまった。
どうしたのかな。
小さな舌打ち。
「どうやら相手は待ってくれるほど優しくはないらしい」
「えへへーイージーモードじゃないの久しぶりー」
「ここで気付くのか、ヤバくねぇか?」
「……突っ込むぞ」
二人の幹部と正気に戻ったロシェの会話で察する。
イージーモードであって欲しかったなあ。
願いは虚しく砕け散った。
伊藤志乃のなんとか室
「えっと、ついに王子様と幹部様にご対面したね!」
「そうですね」
「謎を突き止める為に新たなスタートを切ったって感じがね? ね!」
「そうですね」
「(回を追うごとに伊藤さんの機嫌が悪くなっていくような)……わーそれにしても走ってばかりで疲れちゃうねー」
「相田さん」
「ひゃい! な、なんでしょうか!」
「私もわかってはいたんです。誰にでもああいうことしてしまう人だとは。ええ」
「ああいうこと?」
「実際に学校でも王子様でしたからね。あれが様になるのは知っていました。ナチュラルにやってしまうことも、意味を理解してやってしまうことも、わかっていたんです。どんな思いでロシェさんにしたのかもわかっていました」
「えーと酔ってるの? いつもより元気すぎじゃ」
「けど!」
「はい!」
「あまり軽率に唇を差し出さないで下さい」
「ええと……」
「将来が心配です」
「そのーはい善処します」