36 ダッシュ
私たちはレイリーとルミネアに助けられて部屋から脱出することが出来た。
ほ、本当に助かったぁ……。
お手製の特製編みぐるみをレイリーに預けたのは正解だった。
でも私の能力が魔法に囚われないと初めから分かっていたら、もうちょっと早く何とか出来たかもなあ。
ともかく幸運だった。
レイリーは逃げてばっかーと言っていたが、二人の姿はボロボロ。別れた後も戦っていたのが窺い知れる。きっとここに来るのも命懸けだったかもしれない。なんでも無い風に装っていたけど。
しかし今は再会の喜びを共有する間も無く、みんなで仲良くダッシュしている。
本来の目的である王子と幹部の救出。
なにせ時間がかかり過ぎた。手遅れかもしれない。
無人の城内を疾走する六人と人形たち。
兵士すらいない廊下は不気味なほど静かだった。足音さえ耳に痛いくらい響く。
ガナッシュが実物大ライオンのぬいぐるみとあって、走りはテレビで観た本物のライオンみたい。彼の背中に乗る人形たちはとても楽しそうだ。ガックンガックンしてるのに。
人形たちは付いていくと言って聞かなかったので、私の近くから離れないことを約束して一緒にいる。
面倒だから、人形が話す・動く・個々の特性強化などが出来る力を安直に“能力上昇”と名付けとこう。
名前付けなくても何となくやってたことだから忘れそうなんだけど、普通じゃないんだよね。
その能力上昇はどんなに離れても効力は切れないし、強くも弱くもならない。
逆に私から離れると何が問題って、強くも弱くもならないこと。離れれば離れるほど人形使い能力は効きづらくなる。
仮に、能力上昇済みの人形が悪行を働くのを止めるには近付かないとダメ。人形がピンチの時に強くするのも近付かないとダメ。
つまり人形自身や周りの人を守るには私の近くにいて貰ったほうが安心ってことだ。
人形の体が欠損してもすぐ死んじゃうとかはないけど……。死には近付く。器が魂に耐えられなくなっちゃうというか。個体差があるから一概に言えないんだけどね。
人形たち——フィレナファミリー(仮)に与えた能力上昇は必要最低限。
余計に与え過ぎて暴走される訳にもいかず、いつでも力を与えられる範囲にいて貰う。
窮屈かもだけど、慎重に出来るならそれに越したことはない。自分でも得体の知れない力でもあるんだから。
それに魔法と不干渉である影響がどう出るか、まだわからないもんね……。
とまあ、人形から離れると能力は効きづらくなると表現したが一部だけ例外が存在する。
レイリーに渡した特製編みぐるみのことだ。
何が特製か。お手製だから何か。
——実は、私の髪の毛が入っている。
あっ違うよ! 呪っちゃう系のやつじゃないからね! 重い感じじゃないよ!?
こほん。長年(?)の独自の研究で明らかになった。
私の身体の一部。つまり私の髪の毛が人形に入っていると、いくら離れていても能力を簡単に使えるのだ。すっごいでしょ。
つまり私が直接触れるのと変わらない状態の人形になる。
だから髪の毛封入の特製編みぐるみは通信機みたいに出来た。
でも大きさは手のひらサイズ以下とか私のコントロールが必須とか、制限が結構あるんだよね。無形の魂でなければ通信とかは出来ないし、ちょっと面倒。
今回は役に立ったから良かったんだけど。
人形使いの特性を理解し切れてないのはちょっと怖いよなあ。
*
現在、ロシェとナイトが先陣を切って駆けている。
ナイトには私を守るより優先して身を守るように伝えた。かなーり嫌がられたんだけど、心配し過ぎじゃないかなあ。
私はといえば、顔を青白くしている伊藤さんの手を引いて走っていた。荒い呼吸でわき腹を押さえてるから苦しいんだろう。私も乱れた息が続いている。
もちろん乱れているのは私と伊藤さんだけだ。
当たり前だけど、日本という平和な国の生まれの義務教育中の未熟な中学生に体力なんてものはない。
マラソンとか、私と伊藤さんに至っては下から数えたほうが早いくらいだ。
後ろにはレイリーとルミネアが付いてきている。
二人は私の能力に興味津々で、「人形術師とは違うようデスね」とか「他にはナニできるのーっ!?」とか滅茶苦茶に絡まれた。
どうやらこの世界に人形使い的なのはいるらしい。
魔術師のカテゴリーで、“人形使い”より“人形術師”や“傀儡師”などの魔術師として連想しやすい呼び名が多いのだそう。地域によるとも言ってたけど、その数はやっぱり少ないとのこと。
まあ、魔法じゃないから人形術師とかでは無いんだけど。
なんてことをボーっと考えていたら、ロシェがある部屋に特攻をかけていた。
フィレナから聞いていた王子の部屋だ。
「魔道具なんてしゃらくせぇええええええッ!」
なんて叫んで片手をかざす。
ロシェの手から光が迸ったと思ったら左の隣室へ飛び込んで姿が消える。間髪入れずに部屋から閃光と轟音と煙。ドガンッとマンガみたいな効果音に冷や汗が流れた。
唖然として立ち止まる一行にも伝わるほどの振動が響いたのだ。
何したのレジェンドさん!?
さっきは魔導書で落ち着いた開錠だったのに!
「ほんっと、とんでもない悪魔だなー」
「高度な魔法を一瞬で無詠唱構築。さらにそれを並列させている、といったところデスか」
レイリーとルミネアが呟く。
二人にロシェが何をしてるのか改めて聞いてみたら、どうやらとんでもないことだった。
探索系の魔法で部屋の周りにあるはずの魔道具を探知。
私たちの時とは違い、壁の中に埋め込まれたとわかったロシェは攻撃系の魔法で壁を粉砕。
で、平和に魔道具をオフった。らしい。
魔法の精度が高度で、並みの魔法使いは探知の時点でもっと時間を食う。魔道具まで攻撃せず壁だけ撃ち抜くのも難しい。さらにそれらを複数並行して無詠唱で、というのは最高位の魔法使いにしか出来ない。
むやみに魔導書を使わず、確実に根源を絶つ。それをあっさり一人でやっちゃった。
ロシェって……ホントすっごいんだね……。
何事もなかったかのように、開いたぞーなんて出てきた彼女は塵の一つも付いていない。
ルミネアはその様子を見て「障壁系の魔法も使っていたんデスね……」と頭を押さえていた。
規格外であると全員が理解した瞬間だった。
*
部屋の前。
ロシェが注意深くドアを開いて声を掛けた。
さっき閉じ込められたので当然の警戒だった。
しばらくして女性の声が聴こえてくる。
現れたのは三人。
「これはこれは可憐なレディばかりだ」
一人は青年。真っ白で金の装飾が目立つ軍服っぽい服装。藍色の短髪と黄金の瞳で、王子だとすぐにわかった。
そうでなくても、高貴な者であると歩き方や所作から窺える。そしてこの温かさで。
人の良さそうな笑顔で近付く彼——彼女に、フィレナの姉なのか怪しく思えてきた。色々な意味で。
「殿下、私から離れないで下さい」
そんな王子の後方に立つ女性は、ラフにシャツとスラックスのみで腰に帯剣していた。
ダークブラウンに一部だけ青くメッシュが入り粗雑にアップされた髪。凛々しい顔立ちと長身。
一目見ただけでもカッコ良かった。うん、モテそうな人だ。
「やっーと解放されたんだからプリンスの好きにさせたらいいじゃない」
そのカッコ良い女性の隣には、ちょっとヤバそうな女性。
いやあ、ビキニアーマーにマントって装備はヤバいと思うの。もちろん溢れんばかりの肉感である。これって俗に言う変態ってヤツでは?
頭部に一束の簡単な編み込みがされ、腰まで伸ばされた赤毛はやや浅黒い肌とマッチしていた。
艶のある弧を描いた口元にキケンな香りを感じる。
————助けに間に合った。
ああ、セーフだ……良かったあ……。
肩の荷が降りたというか。安堵で身体の強張りが解けていた。
三名は私たちと同じように値踏みする視線を送っていた。
王子は数瞬で理解に及んだようだが、背後の女性二人は警戒を緩めない。
舐め回すような視線は居心地が悪いけど、怪しい者じゃないとわかってもらうには必要な行為。味方であって敵ではありませんよーと。
——に、しては舐め回し過ぎな視線の気もするんだけど。
「ロシェちゃんはソロからパーティープレイに転向するの?」
「おーロシェはやっと集団行動するのか」
「なんで聖母と同じこと言うんだよッ!」
ロシェは王子以外の二人、つまりは三幹部の二人であろう魔女様と鬼姫様に、ボクへの第一声がそれかよ! なんてツッコミを入れていた。
ガッシガッシ頭を掻いて不調そうに眉根を寄せる。ロシェって幹部の人は苦手なんだな。
「こいつらは臨時パーティー。聖母様の依頼で救出任務だ」
ロシェは幹部と王子にこれまでの経緯を説明。
この城で、何かマズイことが起こっていると。しかもマーブルまで共犯。
ついでに私たちも紹介された。もちろんある程度の話はカットして。
隔離された王子と幹部。その救出を頼まれたこと。
マーブルに騙され閉じ込められた私たちと、襲われて応戦したレイリーたち。
レジスタンスなのか、女王の陰謀か、はたまた第三者の策略か。動き出している“何か”。
三人は神妙な表情だった。
でも心当たりは無さそうである。