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34 姫は志す

 苦い思いを抱えつつ首を掻く。

 私さえしっかりしていれば、フィレナに嫌われることもロシェの手を煩わすことも伊藤さんに気を遣われることも無かったのだから。


「ごめんね。本当ならもっとスムーズに話が進んでたと思うんだけど……」


「そればかりは仕方ありません。相田さんは十分ベストを尽くしましたよ。ガナッシュさんが本来願ったことは『手掛かりでも良いから解決に手を貸して欲しい』という類いですから、約束は破ってませんし」


 はたと思い出して、姫様に隣に伏せているガナッシュを見つめた。察しの良い彼は顔を上げると瞼を閉じた。否定はしないが肯定もしない。

 そんな私とガナッシュのやり取りは全員気付いていたのだろう。ぬいぐるみ達とフィレナは動揺し、ロシェは決まったな、と呟いた。


「んじゃーその方向で」


 手を叩いてお話終了の合図。


「ちょっと待ちなさい!」


「ありがと。それで脱出方法なんだけど」


「待ちなさいって言っているでしょう!? このイカれピンク! 貴女はお人好しなのよね!? なんでその結果に満足してるのよ!」


 華麗に方向転換して話し合いを再開する矢先、遮るは銀髪の王女様フィレナである。

 柳眉を逆立てこちらに詰め寄ってくる。聞こえないふりをしていたが、シラを切り通すのは無理そうだ。

 話を先に進める為には丸め込まないと難しい。


「え、後で再開出来る危険度の低い事柄ならと思っただけだよ?」


「先ほど貴女は出来る出来ないの問題じゃないと……!」


 出来る出来ない? ああ、伊藤さんに伝えたセリフだ。彼女はこちらのやり取りを部屋に入った時から知っているんだった。

 しかし残念ながら、王女様のお言葉でも方針を変える気は無かった。


 これはもう私だけの問題じゃない。

 私のワガママだけで立ち止まる時間はない。

 さらに言ってしまえば、私のワガママはコレだけじゃないんだから。


「危険度だって言ってるじゃん。今は一刻を争う事態かもしれないんだよ。しかも——君のお姉さんである王子の危機」


「——っ!」


「君は今、お姉さんを救うの邪魔してるってことになるんだけど」


 こんなこと言っちゃうのは、ズルいけど事実だ。

 フィレナは言葉を失い身体を震わせる。


「そん……なこと……」


「お姫さんが居ることでボクたちは動けねぇのに等しい。あんたの願いは姉を救うこったろ? 救いたい気持ちがあるのか?」


 面倒そうに頭を掻いている彼女の言葉に、王女様はスカートを握り締めた。


「姫様……」


 心配する人形たちを見たフィレナはそれまでの険しい表情を緩めて、不意に私を見つめた。

 あれ、空気変わったかも。そう思った途端に声が発せられる。


「愚問ね!」


 憎いものを睨むように、鋭く金色を煌めかせた。


「私はそれしか考えてなかった! お姉様を守ってあげたかった! 救い出したかった! どんな形でも頑張ろうって決めていたわ……」


 やっぱりお姉さんが好きなんだなあ。

 あえて挑発気味に口角を上げてみる。


「そのままで良いの?」


「――愚問ね」


 息をふっと吐いた彼女は私を指差す。


「ピンクのことは絶対に全くこれっぽっちも好きにはなれないわ。むしろ大っ嫌いだわ。助けてくれたとしてもね。けどお姉様の為なら、こいつの奴隷にでも何でもなる」


 随分な言われようだ。少しはオブラートに包めないものか……。


「私を連れていきなさい。これは命令よ」


「とても心強い仲間の加入だね」


「勘違いしないで、あくまでお姉様の為よ。終わったら契約解除だから」


 ふんっと顔を背けられた。まあ嫌がるのもわかるけど対応に困るなあ。


 うん、とりあえず話がまとまりました。

 ロシェが無駄にバサっとマントを翻す。


「んじゃあ桜もそれで構わねーか?」


「うん。ロシェお願い」


「天才宇宙人に任せろ。特別セットでお届けしてやる」


 特別セットってなんだろ。

 こうして、フィレナ王女様が私の奴隷になる契約が行われたのであった。


 やっぱり彼女の不服そうな表情は変わらなかったけれど。



 *



 で、脱出方法である。


 フィレナもぬいぐるみ達も隠し扉はないと断言したので、八方塞がりなのだった。


「相田さん、脱出するにも全く手掛かりがありませんけれど」


 ロシェとフィレナたちが話している間に、伊藤さんがどうしましょうか? なんて問いかけてきた。


 私たちは魔法を詳しく知らないので蚊帳の外。対策なんて講じるのは難しい。

 しかし手掛かりがないというのは早計だと思う。それも伊藤さんの口から「全く」と出るなんて。


 ということは、つまり


「伊藤さんはもう内部協力者が誰かわかってるんじゃないの?」


 私を試しているのだろう。


 少し前から気になっていたことなので聞いてみることにした。

 意外な返答だったのか、予想通りだったのか。キョトンとしてから薄く微笑んだ。


「なぜそう思うのですか?」


「そんな気がしただけ、というか気付いてない?」


 すっとぼけてるつもりだこの人。

 少しは一緒に居たんだから一ミリくらいは知っている……つもりだ。相変わらず顔が近いけど、臆してたら話を逸らされてしまう。言おう。


「いつも伊藤さんは確証のないことは話さないし、もし話す時は前置きしてくれるよね」


 人形お助け活動の時に、彼女から話を聞いていたからわかる。

 情報提供はとても誠実なのだ。普段、からかわれることもあるけれど。そこだけは信用していた。


「本当は今回の謎の真相もあらかた解っていたのに確証がないから言わなかっただけでしょ? 私が確証も無しに話しただけで伊藤さんはある程度理解していた。というか笑ってた」


「それはどうでしょうね。仮にそうだとしても、私に内通者が誰かわかる理由なんてありませんよ」


「そんなこと言われても……この部屋に閉じ込められて内通者の話が出た瞬間に、伊藤さんははっきり言ってたじゃん」


 あくまですっとぼける気なのでちゃんと目を見て突き付ける。


「『ここに案内したのはマーブルさんです。怪しいと思います』って」


 あの時、彼女は言い切ったのだ。それは考えても仕方ないと、うやむやになってしまったけど。


「……ふふ、相田さんには敵いませんね」


 困ったように笑む彼女に確信を得る。


「確証あったんじゃないの?」


「確証といいますか、マーブルさんの表情を見てなんとなくですよ。それに相田さん気付きませんでした?」


「なにを?」


「扉の状態です」


 扉の状態。状態? この部屋の扉はお城らしく小綺麗で————



「あっ」



 二人の会話がフラッシュバックする。


『はあ……剣じゃダメだったんだろ?』

『ええ、鬼姫様に教わった剣術をもってしても駄目でした』


 その前にも大図書館でマーブルが言っていた言葉。


『扉を壊そうと剣を突き立てたのですが傷が付くだけで——』


 扉の状態は、小綺麗なだけで()()()()()()()()()。それこそ剣で付けたような傷なんて。


「矛盾が出てしまうんですよ。表情の隠し方はお上手でしたが辻褄の合わせ方は下手でしたね。恐らくロシェさんが居ることに不都合があり、急遽閉じ込めることにしたのでしょう」


「え、なんでロシェなの? 同僚だから? 仲間だから邪魔ってこと?」


「同僚、仲間、それもあるのでしょう。それ以外にも称号のあるとても強い魔導師。そんな人が攻略対象の助っ人に来たら、私なら邪魔ですね」


 私ならって。時々伊藤さんは怖いこと言うな。しかも笑顔……。


「ロシェさんとマーブルさんが対面した時。あの時だけはマーブルさんの表情が顕著でしたよ。一瞬でしたけれど」


 そっか、私には差し迫った空気しか感じられなかった。気付かないものである。


「その後、工作の為に急いで城に戻ったと仮定出来ますね。いえ、ほぼ確実ではないかと」


「伊藤さんはそこまでわかっていてなんで?」


「ごめんなさい……少し躊躇してしまいました……」


 何を躊躇したんだろ。伊藤さんならバサっと言い切っちゃうと思うんだけど。


「理由は聞いてもいい?」


「それは、その、相田さんのことが気になっていたのと……ロシェさんの表情を見ていたら最後まで言い切れませんでした」


「あーうんごめん」


 元凶その一でした。

 心配させてしまった申し訳なさと、私を見てくれていた気恥ずかしさで伊藤さんを直視出来ない。嬉しいけどやっぱり照れる。


「——なるほどな」


「ロシェ!?」


 と話していた伊藤さんと私の隣に、平然とロシェが立っていた。すっごくびっくりしたよ今。


「廃魔のマーブルに出来るわけねえと思っていたが、魔道具を使ったとなれば話は別だ。この魔法の鳥籠は魔道具。そしてあの紋章も魔道具(ダミー)ってことか」


 魔道具なら魔力がなくても使える。それならマーブルにも私たちを閉じ込める鳥籠が出来る。

 マーブルは完全に黒だった。


「紋章?」


「あーこれのことな。情報局の職員は特殊な誓約術式の施された紋章を着けるんだ。誓いの紋章である魔道具。誓約に背けば反応する。けど、なるほど。着け替えてりゃあ反応もクソもねーか」


 彼女が親指でトンと示したのは、胸元に光るエンブレム。それは情報局の人間である証。それを付け替えて騙していたのか。


「……あいつは、なんでこんなことやってんだか」


 ロシェの横顔に、纏う空気に、どう応えるのが正解か。

 言葉にならない。

 言葉を探してると、伊藤さんと目が合う。

 微かに首を横に振った彼女。微かに首を縦に振り返した。



 結局、私はどこかを見つめるロシェの側にいるしか出来なかった。

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