31 解決せよ3
次の問題は手強いものだった。
何故なら————
「そんな王女様なフィレナさんは何らかの作用で人形に変わってしまった」
その仕掛けに対処法が思い浮かばないからだ。
彼女が元々が人間だからなのか私の能力は無効。そんなことが出来るのは異世界トリック知識が貧弱なお陰で、絶望的にわからない。
「星ってやつを手に入れて三ヶ月前に人形化。誰が呼びかけても応えない、私が能力を施してもダメ。正直、全く手が負えないんじゃないかと思った」
口無し人形。
今もベッドに鎮座している彼女から言葉を発せられることはない。
「逆は、どうなんだろうね」
「逆?」
「こちらの呼びかけも通じてないんだと思う?」
これが引っかかっていた。
あちらは話さないけど、こちらの会話さえも断絶しているのかと。
私の能力が効かなかったことで双方の共有が不可能と断定してしまった。でも、もしこちらから話などをするのが可能であるなら、聞くことが出来るなら、あるいは彼女なりのアプローチの仕方があるなら。
「幽霊騒ぎの件だけど、幽霊の正体はフィレナさんだと思うんだよね」
ロシェと出会った初日に聞いた話で、マーブルたちからもレジスタンスに利用された噂であることも聞いた。
ただの面白半分の噂か、レジスタンスの仕掛けた噂か、本物の幽霊の噂か。そう考えていた。
「何故そう思う? 我々に見ている者はいないぞ」
ガナッシュの言葉にコクコクと頷くぬいぐるみ達。
「たぶん限定的なんだと思う」
その限定的な条件がわからないんだけど。
「えっと昨日、ロシェが話してたのは二ヶ月くらい前から幽霊が出ること、王様の妹さんの子どもの頃に似てることだったかな」
「ああ、そう話したな」
「時期的にもフィレナさんが人形になった時とあまり変わらないし、王族と似てるなんて本物の幽霊か血が通った王族さん以外にないかなーって」
幽霊なんて大層なものかと思ったら意外と違うものである。しかも幽霊さんなら何故今さら出てきたし! と思ってしまう。
「——幽霊の正体見たり枯れ尾花ですか」
伊藤さんがぽつりと零した。何かのことわざだろうか。
彼女はオカルト関連以外のことにも造詣が深い。それに学年トップの成績と聞いたことがある。スーパー中学生が仲間に加わっているのだ。何だか根拠はないけど無敵な気がしてきた。
「確証はないんだろ?」
おっと、また違うことを考えてしまった。
「ないよ。初めから言ってるじゃん。勘だって」
「あ、ああ……そうだよな……」
ロシェが何故か狼狽えている。視線がキョロキョロと泳いでいた。幽霊怖いのかな?
「全部推測なんだけどさ。条件が揃えばフィレナさんは人間に戻ることが可能なんじゃないかなと」
「具体的には?」
「わかったら苦労しないよ。でもロシェには協力して欲しいな」
「んん?」
何度でも言うが私には何も出来ないのだ。では私以外の力なら? 異世界能力であるところの魔法なら?
「ロシェはその人形に掛かってる仕掛けが何かわかる?」
「そういうことか。ちょっと待ってろ」
ロシェがオランジェットをガナッシュの背に置いて、フィレナに触れた。眉間にシワを寄せて険しい表情になっていく。
「んだこれ、複雑な術式が組み込まれてやがる」
その言葉に驚いたのは私だ。未知の領域であることは変わらないが、その片鱗を見せているのだ。
「ロシェ、私の能力だと“すり抜けた”。たぶんその力は魔法じゃないと干渉が難しいんだと思う。だから今、ロシェは干渉が出来てるのかも。どうにか出来る?」
彼女は正体がわかったのだ。
術式っていうと、さっき言ってた魔道具に使うという魔律で呪文を刻むアレだよね。アレ。ここはロシェにしか頼めない。
「どうにか、な。これたぶん魔道具系の何かが取り込まれちまってる。その術式を解いて……いやダメか、解除術式が無い。普通じゃねぇ」
何やら途中からブツブツと意味の理解出来ないことを呟き出した。
「魔道具を取り込んだ人間なんて珍しいわけじゃないが難しいに変わりねーな……もしかして魔力で……推測がホントなら」
ちょっとよくわからないのでロシェに近付いて手元のフィレナを改めて見てみる。人間になったらさぞ美少女なことだろう。
するとロシェは振り向いて私の肩をガッシリ掴んできた。
なっ、なにごと。
「桜の推測を信じての方法を試す。お前も協力しろよ。死ぬ気で」
「初めての共同作業だね! ケーキじゃないけど!」
ロシェは首を傾げていた。
あれ、ウェディングなケーキは一緒に切るものじゃないのかな。
*
私の能力は魔法と別物。
それは感覚的に、そして経験的にわかっていた。でもわかっていただけだった。
ナイトに言われた、ロシェとは“別の力”という表現。
レイリーに言われた、私に“魔力が無い”という表現。
つまり私の能力は魔法や魔術ではない区分だという証明だ。他の区分なのか、固有の能力なのか。それはわからない。
もしこの能力に名前を付けるなら、超能力や異能といった単語が当て嵌まるのかもしれない。
そこまで理解はしていても、性質は理解出来ていなかった。人形使いの能力が魔法とぶち当たるようなものではない為に、今まで気付けなかったのだ。
この能力が“魔法とは不干渉”だということに。
フィレナを人形たらしめている原因は魔道具。
だから魔法——魔術を施されたという魔道具には、“すり抜ける”ように“干渉出来ず”また“効果が無かった”のだ。
彼女が元は人間だから効果が無いわけではなく、魔法への干渉が出来ないから何も出来なかったというワケだ。
「いいか桜。ボクは今から隙をつくる。お前はその隙を縫って彼女の行動範囲を広げるんだ」
ロシェの話では、フィレナには何かの魔道具が取り込まれていて人形になったりと不可解な状態らしい。
「でも上手く行くかなあ」
その魔道具の効果を打ち切る方法として、魔力による術式の相殺が挙げられた。ロシェの魔力で魔道具に組み込まれた術式を妨害することで元に戻る……というもの。
魔法に関してはさっぱりなので、そういうことが出来るのかーぐらいで聞いていた。が、そうは問屋が卸さない。ロシェが出来るのは術式の妨害であって完全なる解除ではないのだ。
そこで私の能力の出番。
ロシェが魔道具を抑えている内に私の人形使いの力でフィレナを自由にする。魔法に干渉出来ないなら魔法は魔法で抑えてから乗っ取れば良いじゃないか。というもの。
もちろん、そんな理屈で出来るかは全くわからない。フィレナはそもそも人間なので魔法が解けたら私の能力が及ばない可能性もある。
効くのかわからない為に、かなりの賭け。しかし今の私たちにはそれくらいしか方法はなかった。
「不安なのか」
「そりゃそうでしょ……今までやったことないし、危険なことになっちゃうかもしれないし、爆弾処理班の気分」
「爆弾、処理?」
「赤のコードか青のコードか選べるだけ幸せだよねえ。手探り過ぎるよ」
自分の選択で傷付けるかもしれない恐怖はある程度吹っ切れた。でも怖くない訳じゃない。自身の能力を疎んでいたが信じ切ってもいた。能力が絶対ではないと改めて理解出来た今では、不安にならないほうが難しい。
フィレナの銀糸を集めたような輝く髪を右手で梳く。未だに瞼は閉じられたままで、安らかに眠っているようにも見える。
「志乃相手にカッコよく啖呵切ってたやつに思えねぇな」
すぐ隣に並ぶロシェ。私の肩に手を乗せてニカッと笑う。表情は初めて会った時の顔と似ていた。
んーこの表情にはなんて名前が付くんだろう。
「全く、少しは天才宇宙人に任せろよ」
「でも……」
「ダメだった時のことばかり考えてても仕方ねぇだろ。最善を尽くす。今は出来ねーこともいつかは出来るんだからよ」
彼女は左手でフィレナに触れた。胸元のピンク色の宝石部分だ。これでちょうど私たち二人はフィレナに触っていることになる。
ロシェは私の肩をポンと叩く。
「ボクを信じろ。ボクは桜を信じる。な?」
瞳にも空気にも、曇りがない。私の信じたロシェだった。胸に温かさが滲む。
「うん」
ロシェの左手から紅蓮の光が漏れ出す。
私も右手からフィレナへ力を送る。
こうして静かな戦いが幕を開けた。