30 解決せよ2
「では、その勘というのは?」
話が進まないと踏んだのか、ガナッシュがそう尋ねた。
「ありえないかもしれないけど」
考えたことを話した。なんかもう未知の生物を見るような視線はやめて欲しい。
簡単に私が話したのは大きく三つ。
まず、フィレナは本物の姫様ということ。本物の姫様と言っても、セブンルーク王国の王家の血が流れる王女様である。
そしてフィレナは人形から人間に戻れるかもしれないこと。
最後に幽霊騒ぎの原因はフィレナであること。
なかなか信じることは出来ないだろう。私もこの結果に至るまでに正気を疑った。考えることは容易だが、切り捨てて当たり前の結論を出しているのだから。
実際、一度考えてみたのだ。ラノベ的流れならここで考えていたこと以上の異常事態が起こる。きっと波乱万丈なストーリーを紡ぐだろう。
でも残念。どんでん返しは食らわない。この話をする前は自信が四割ほどだった。今は七割。
跳ね上がった理由? 彼女がイイ笑顔をし始めたから、かな。
「どうしてそう思うんだ?」
私はロシェにそっと頷き、唇を潤す。
さて、説明が上手く出来るものか。
「まずフィレナさんが王女様だと思う理由から行こうかな」
「……この国に王族は女王と王子しかいないぞ?」
「うん。それがまあ盲点というか謎なんだけどね」
ロシェ以外はご清聴スタイルでいるらしい。室内の人口密度(人形含む)に対してとても静かな空間だ。
「フィレナさんは王城にあるこの部屋に軟禁されてる。しかも割と高待遇。家族と接触も出来た。更に閉じ込められている筈の国に、守られているから、家族のことがあるにしろ助けたいとまで言って勉学にも勤しんだ」
通常の精神だったかわからないが、そこまで出来る人は異世界人レベルでもいないのではないだろうか。異世界人が並みの精神力じゃないのかもだけど。
「剣や魔法の他にも政治の本もあったね。てことは政治的介入も出来るか政治を理解したかったかのどちらかになる」
本棚を見ていたが割と書物が充実していた。その背表紙にはおおよそ普通の女の子が読み込むような内容のものは少なかったのを覚えている。
政治系の蔵書は割とあった。しかし純粋に政治が好きにしては、難しくてわからないと日記に記していたことも覚えていた。
「なんで城に匿うのか。パターンはいくつかあるけど、あり得るのが腹の子の違いだと思うんだ。お母さん違うから世間様にお見せ出来ないけど、認知しちゃったからなーみたいな」
失礼な話だけど割とマジである。
だからガナッシュ様、睨まないで。
「そしてガナッシュが話したこと、特にお姉さんの話だね。短くて深い青の髪。同じ黄金の瞳。あまり似ない姉妹。……フィレナさんは人形の姿を見る限り銀髪。姉妹で髪色が違うなんてよくあるけど、あんまり似てないとまで言ったんだから可能性はあると思うんだ」
そう、似てない姉妹はどこにでもいる。ただ今回の場合はそこだけが問題ではない。
「お姉さんは王子様なんじゃないかな?」
その言葉にみんなが息を飲んだ。
特にロシェは目を見開いたあと、すぐにこめかみを押さえ悩んでいる。
「私も経験あるからなんだけど、髪が短いと場合によっては男の子に間違えられるんだよね」
あんまり女の子っぽい格好をしてないと、すぐに男の子に間違えられてしまっていた。
私が公園をふらついていた時。泣いてる子どもとその子のお母さんがいた。お母さんは私を指差して「お兄さんが見てますよー? いつまでも泣いてたら恥ずかしいねー?」と慰めていた。
誰が兄貴だオイって気持ちが伝わったのか訂正してくれたが、今でも忘れない。
「マーブルのことも思い出してありえるかなーって」
それにここまでの発想に至るにはマーブルの存在がいた。男かと思ったら女の子。マーブルの場合はわざとではないけど、発想に一役買っていたのは間違いない。
「フィレナさんの日記を読ませて貰った時には姉が尊敬出来る人であることが書いてあった。内容までは書いてなかったけど、腹違いの軟禁されてない姉に嫉妬より尊敬するってそれぐらいの人だと思うんだよ」
不思議なのは姉妹関係が良好なことにもあった。なんで囚われの姫が外を飛べる鳥に嫉妬もせずにいるのか、なぜそこまで尊敬出来るのか。
私でもこんな能力に縛られなければ友達も家族もいなくならなかったのにと、普通の人を羨んだことは数多くあった。
だからこそ不思議だ。彼女にそう思わせた理由。
洗脳の線もない訳ではないが、あまりそういった部分は見つからない。だとしたら純粋に、フィレナという存在が不思議で……同時に不安と憧れを抱いた。
「て、まあ狙って王子様である理由はわからないんだけどね。男である理由って定石通りなら優先的に王権握ることだけど、ご指名か何かでトップは女王様になったんでしょ? あんま意味ないように思えはするし、ここは私のご都合主義で保留かな」
私が一つ息を吐いて、話を締める。
この勘と想像の産物である予想に、少しでも虚偽があれば亀裂が生まれる。その可能性はとても高かった。
そんな私に待ったをかけたのはロシェ。
「それは間違いだな」
「え?」
やっぱり間違いはあったのかあ……。
探偵様ではないから考え事もお喋りも難しい。否定が出るのは予想済みだった。
「男であるのは意味がないことじゃねーよ。桜」
だが出たのは違う言葉の否定だった。
ニヤリと口の端を歪める彼女。
「どういうこと?」
「このセブンルーク王国では十年程前までは男尊女卑の色が濃かったんだ」
つまり、男が一番で次に女という社会だったのか。日本でもその色は残っているので馴染みのある話だ。特に昔の日本では女の子は強くない。
理屈はわかるけど理解はしたくない話だった。
「法が制定されてからはそんな感じもなくなったみたいだが、まだ根付いてる。昔は男性を上に置くことが絶対だったらしい」
「じゃあもしかして現王子が生まれる頃には唯一の王族の子どもだったから、反感を買わない為にも男の子に仕上げたって可能性もあるわけだ」
「だろうな。今でも女王の政権に反発する奴だっている。手腕が認められて、なりは潜めちゃいるが……それもひとえに王子という男性枠が存在するからでもあるだろーな」
ということは男である意味は割と大きい。そういえばマーブルも男だと思われていたほうが良いみたいなこと言っていたなあ。
そして女王であることが、レジスタンスの出来てしまう理由の一つなのかもしれない。
「たぶん居なかったら王座に着く前に降ろされてるか、最悪王族暗殺だろ。法律で決められる程だから王様も気にしてたのかね、女王様には男尊女卑の時代を塗り替える為の布石で王座に座って貰ったのかもな」
そうだとしたら、かなりややこしい事態に巻き込まれたのかお姉さんこと王子様は。
「なんにしても、ありえねー話ではない」
ロシェは真顔でそう言って私を見た。
軽く頷いて全体を見回す。
ここからが前提を踏襲しないと成立しない上に、最も勘とこじ付けとご都合主義な視点で補完した話である。